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よいしょ(自選詩)

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記事一覧

詩| 衣替え

詩| 衣替え

厚着明けは首周りが心許なくて、忘れ物の予感と似ていたから、振り返れば春だった。
建設現場のフェンスから漏れ出すノスタルジア。愛しい轍は霞んでいく。
スカーレットの鈍行列車。秘色の膝の裏。おやすみのベルガマスク。
質量を失くしても背負い続けて、土踏まずを凹ませた。
あれから何も出来ないままで、湿っぽくなった風が吹く。

トーキョータワーのアンテナが、脳漿に放つ微弱な電流。目まぐるしいこの街で、立って

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詩| 日傘

詩| 日傘

くよくよくよと鳴る言葉を、毎日いくつも飲み込んで、アセトアルデヒドは乱痴気。今日を終わるのが苦手みたい。

直線道路を一人ゆく、あの人はまだ日傘を差している。

叫んでしまえば簡単に世界は壊れる。そんな緊張感でコンクリートは地球に根を張る。冷ややかな輪郭に、触れようとは誰も思わない。

遮る物は無くなって、日傘は吸い切れない光を浴びる。

蟠りに覆われた都市、メランコリック・ワンダーランド。抜け穴

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詩| 惑星交信

詩| 惑星交信

もしもし
幸せを捨てちゃって、悲しみを拾ってきたような人。
あなたが捨てた幸せを拾った、幸運な人もいるようです。
感謝も同情もされないあなたが、ラブソングを口遊む時、
太陽系第九惑星の、核で蠢くものがあります。

もしもし
四畳半の窪みに嵌って、5ミリの雨を聞いていた人。
部屋の隅にはホコリと一緒に、アジアの戦塵が煌めきます。
ゴミ捨ても支払いもこなすあなたが、白い目で見られるのであれば、
私は紫

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詩| 空け

詩| 空け

   浮雲ひとつ
 さびしい片足が      空中に蹲る   
破れた靴下みたく     今にも千切れそう
死ぬ間際だけお前を   もう忘れるから
 お前は死ぬ間際だけぼくを思い出してくれ
浮雲ひとつ漂っている
やがて一碧
二匹

詩| 待ち惚け

詩| 待ち惚け

待ち合わせたランドマークに
ぬるい水たまりがあったら
それは私のつま先から
溢れた歓喜のオアシスです。

帰り着いた最寄駅のホームを
一陣の風が通り過ぎたら
それは私のご機嫌な
口笛が引き連れた鳥です。

鳴らないはずの目覚まし時計が
夢現の鼓膜を揺らしたなら
それは私が目を遣った花が
散る間際のお便りです。

残された私には
罪と涙があるだけです。
それらを拾い集めたあなたに
私は逢いたかったの

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詩| とうきょう

詩| とうきょう

こんなに人がいる、こんなにも。

誰の今日も、大きな目で見れば、何の意味もない。そんな目で見る必要はないけれど。でもだからこそ、せめてもっと、他人に優しくなれたらよかった。僕もあんたも。目を閉じれば忘れてしまうこと。

開いた口は正義かもしれない。吐かれた思想は大抵間違ってる。そもそも正解なんてないよ。口無しだって受け容れてくれよ。大切なこと大切な人に伝えられたら死んだっていい。叶わないから僕たち

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詩| 冷たい雨が降っていて

詩| 冷たい雨が降っていて

さよならの途中で土砂降りになって中断した夜は、万華鏡みたく変幻し、なにひとつ確かなものがない。首都高速に川が流れて、古都の桜を狂い咲かせた。
あの道をまっすぐ行って、赤信号をそそくさ渡ったところに、かつて螺旋階段が聳えていた。一段飛ばしで駆け上がった。穴の空いた靴下を早く脱ぎたかった。
極彩色のその靴下は、いつかの街の光をすべて内包していた。綻びから零れる光が眩しいうちに風に預けた。今その片足がタ

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詩| 郷愁

詩| 郷愁

駅に降り立つ。
甲斐性なしを宥める匂いが膜となってへばりつく。
おかえりと鳴く湿風も気のせいなのに。

歩道橋を駆け上がる。
純然たる筋肉が己の所在を叫んでいる。
導べを務めたランドセルも気のせいなのに。

茂みをかき分ける。
一度潜ったトンネルは跨いで越えねばならぬ。
凱歌を唱えるリンリン虫も気のせいなのに。

ただいまなどは気のせいだ。
気のせいではない道程だ。
いってきますの原動力は、
さよ

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詩| 晴天の休日にこそ

詩| 晴天の休日にこそ

晴天の休日にこそ、人けのない日陰を探す。
文化ホールの裏道や、休業中の店先や。
私は一人だけれども、
漏れ聞こえてくる喧騒は幸福の鐘声で、
それが独りを許すのだから。

晴天の休日にこそ、知らない路地で立ち止まる。
干上がった赤い灰皿や、公園近くの廃屋や。
私は一人だけれども、
坂の上に立つ陽炎は祝福の予感で、
それが独りを満たすのだから。

街は辛うじてのんびりしていて、
私の帰属を曖昧にする。

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詩| 熱狂

詩| 熱狂

熱狂の外側にいたい。傍観と干渉の狭間で、私の炎が保てる位置で。箱入り娘の私の炎、天色に燃える私の心。
私の愛する映画を観ても「良かった」なんて言わないで欲しい。ブルーなハートのピエロなら「なるほどね」とだけ残して去るの。
我が町にサーカス。夜更けのテントに、火の輪くぐりの虎を見た。秘密の興行、クライマックスは、天色に燃えさかる虎が、私の名前を叫んで散った。スタンディングオベーションだって、私だけな

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詩| 青春

詩| 青春

早朝の3番線ホームは空に浮かんだ孤島みたいだ。しんとした空気に凍える指で、信号機の赤を長押しする。企みが失敗すれば始発電車がやってくる。世界の一時停止を願う天空の使者、もとい選ばれざる私は、こうして世界に一人だけのとき、昨日までより幸福である。
連日の雨で早くも桜は靴底色に塗れてしまった。寒さに晒された分だけ力一杯咲く花を、理不尽に散らす雨などは、絶対悪だと言ってやる。青空だけがあればいいのに。膿

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詩| 夏のくに

詩| 夏のくに

バス通りを走る風は下り坂。
凪いだ日陰には、幼気なナイショ話がしんと佇む。
取り出せるはずと信じたガラス玉。少ないほどにきらめくビー玉。透かして見たら歪む水平線。
焼けたうなじに潮の移り香。

黄昏は最もゆったり流れる時間。
行き交う気怠い猫らは、ご自慢の尻尾で太陽をピカピカに磨いた帰り道。
17時のチャイムが鳴ったら帰る。夕日に背中を押されて帰る。また明日ねって泥んこの手を振る。
陽炎に紛れたか

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詩| 氷点下の耳たぶ

詩| 氷点下の耳たぶ

冷めていく、なにもかも。
サイフォンで淹れたコーヒーも、スクリーンに吸わせた興奮も、湿った髪で汗ばんだ腕も。
猫舌だからと言い訳をして、冷ました愛を啜った者には、触れられなかった耳たぶ。気まぐれに焦がれようとも、冷めていく、ただ冷めていく。
死んだら冷たくなるという。どうせ燃やすのに冷めていく。保ち続けた体温を、最期くらいは昂らせたっていいだろう?
一つ命が果てた時、一世一代の大爆発を。骨まで木っ

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詩| 余談

詩| 余談

楽しんだもん勝ちという言葉が辞書に載ることはありません。
人生を取り巻くのは、規範と倫理と人、人。
憂いに添って耐えている人を優しいと言うのだし、優しい人が大多数のここは憂いで溢れて当然でしょう。要らない優しさがあるのではなく、憂う理由がありすぎるのです。
心理学で括っても掬いきれない思いがあります。
生物学で括っても私とあなたは同時に眠りません。
善意が裏目に出ることは相応しい勲章なのかもしれな

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