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読書熊録

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素敵な本に出会って得た学び、喜びを文章にまとめています
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2024年1月の記事一覧

既に存在した共生社会ーミニ読書感想『みんなが手話で話した島』(ノーラ・エレン・グロースさん)

既に存在した共生社会ーミニ読書感想『みんなが手話で話した島』(ノーラ・エレン・グロースさん)

文化医療人類学者ノーラ・エレン・グロースさんの『みんなが手話で話した島』(ハヤカワ文庫NF、2022年10月4日初版発行、佐野正信さん訳)が学びになりました。タイトル通り、聴覚障害があるか、健聴者かに関わらず、発声と手話を併用する島の話。あるべき目標に掲げられる「共生社会」が、既に実現していたという話です。

ただ、本書は「こうすれば共生社会が実現できる」という教本ではない。舞台となる米国のヴィン

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弾ける言葉と封殺される言葉ーミニ読書感想『東京都同情塔』(九段理江さん)

弾ける言葉と封殺される言葉ーミニ読書感想『東京都同情塔』(九段理江さん)

芥川賞受賞の九段理江さん『東京都同情塔』(新潮社、2024年1月15日初版発行)が面白かったです。新しい才能に出会えて嬉しい。タイトルがそうであるように、読んで楽しい弾ける言葉が魅力。その一方で、さまざまな配慮でがんじがらめになっていく言葉への憂いがミックスされていました。

トーキョートドージョートー。早口言葉のようなタイトルは遊び心がある。それでいて意味が込められている。東京都同情塔。東京の、

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「可能世界」を束ねた傑作連作短編集ーミニ読書感想『君が手にするはずだった黄金について』(小川哲さん)

「可能世界」を束ねた傑作連作短編集ーミニ読書感想『君が手にするはずだった黄金について』(小川哲さん)

小川哲さんの連作短編集『君が手にするはずだった黄金について』(新潮社、2023年10月20日)が超絶に面白かったです。この作品についてずっと語っていたくなる。ここから書くことは全て仮説で、間違っているかもしれないけれど、それでも語りたいので書き残します。

本書は、「現代の承認欲求を描いた」という触れ込みをネットで見たことがあります。たしかに。メインテーマは、SNSの炎上や、才能、あるいは本物と偽

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「分からないままでいる」という愛ーミニ読書感想『歌われなかった海賊へ』(逢坂冬馬さん)

「分からないままでいる」という愛ーミニ読書感想『歌われなかった海賊へ』(逢坂冬馬さん)

逢坂冬馬さんの第二作長編『歌われなかった海賊へ』(早川書房、2023年10月18日初版発行)がこれまた傑作でした。第一長編『同志少女よ、敵を撃て』に比肩します。敗戦間際の1944年、ナチス統治下のドイツ。危ういながらもなお圧倒的な支配者に抗った少年少女グループ「エーデルヴァイス海賊団」が主人公です。それは、単色に塗りつぶされることに抗った若き命の輝きの物語です。

エーデルヴァイス海賊団というのは

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言葉は私の中の他者ーミニ読書感想『レトリック認識』(佐藤信夫さん)

言葉は私の中の他者ーミニ読書感想『レトリック認識』(佐藤信夫さん)

佐藤信夫さんの『レトリック認識』(講談社学術文庫、1992年9月4日初版発行)が知的刺激に溢れていました。前作『レトリック感覚』に続くシリーズ。古来から伝わってきたレトリック(修辞法)は、現代ではてんで顧みられなくなった。そこに光を当て、レトリックの奥深さを伝えてくれる。

目から鱗がたくさんです。たとえば、下記の小説の文章には「諷喩」というレトリックが使われている。

心の開き具合を扉に例えて、

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正しい問いに向かうーミニ読書感想『THINK BIGGER』(シーナ・アイエンガーさん)

正しい問いに向かうーミニ読書感想『THINK BIGGER』(シーナ・アイエンガーさん)

『選択の科学』で一世を風靡したシーナ・アイエンガーさんの最新邦訳『THINK BIGGER』(NewsPicksパブリッシング、櫻井祐子さん訳、2023年11月20日初版)が面白かったです。知的興奮に溢れている。そして勇気が湧く本です。ビジネスにおけるイノベーションの技法、いわば「イノベーションのイノベーション法」を提示していますが、発達障害の子を育てる親として学ぶことがたくさんありました。

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私は誰かの善意でできている―ミニ読書感想『水車小屋のネネ』(津村記久子さん)

私は誰かの善意でできている―ミニ読書感想『水車小屋のネネ』(津村記久子さん)

津村記久子さん『水車小屋のネネ』(毎日新聞出版、2023年3月5日初版発行)がすんごい小説でした。むっっっちゃ面白い。1981年から2021年までの40年間、ある姉妹の人生を丹念に描く大作。本物の大河ドラマ。『本の雑誌』さんが「2023年度ベストワン(だけど谷崎潤一郎賞を取ったので別格扱い)」と推すのも納得の一冊でした。

なんでこんなに胸を揺さぶられるかと言えば、これが善意の物語だからです。タイ

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自分本位を抜け出すーミニ読書感想『再婚生活 私のうつ闘病日記』(山本文緒さん)

自分本位を抜け出すーミニ読書感想『再婚生活 私のうつ闘病日記』(山本文緒さん)

山本文緒さん『再婚生活 私のうつ闘病日記』(角川文庫、2009年10月25日初版発行)を興味深く読みました。タイトルにもある通り、小説家の山本さんがうつ病真っ只中だった頃の日記。回復の過程がリアルに、だけど「山本節」のユーモラスさで描かれています。

日記は大きく前編・後編に分かれていて、その違いにびっくりします。前編は、うつ病の入院治療を終えて退院した直後や、なんやかんや辛さはあり再入院した時期

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水を描かず水を描く―ミニ読書感想『存在のすべてを』(塩田武士さん)

水を描かず水を描く―ミニ読書感想『存在のすべてを』(塩田武士さん)

『本の雑誌』で2023年度ベスト1に挙げられていた塩田武士さんの『存在のすべてを』(朝日新聞出版、23年9月30日初版発行)が、たしかにすさまじい物語でした。特に後半は読む手が止まらず、気付けば50ページ、100ページと進んでいきました。これは何の小説なのか?ミステリーなのか、事件小説なのか、はたまた。幻影のように揺らぎ、姿を変えるのに、骨太。不思議で力強い一冊でした。

キーワードになるのは、絵

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ヴァナキュラーな言葉をーミニ読書感想『シャドウ・ワーク』(イリイチ氏)

ヴァナキュラーな言葉をーミニ読書感想『シャドウ・ワーク』(イリイチ氏)

イリイチ氏『シャドウ・ワーク』(岩波文庫、2023年11月15日初版発行)が学びになりました。難解なところも多々あるけれども。『コンヴィヴィアリティのための道具』でファンになったイリイチ氏の他の著作が読めてとても嬉しかったです。

イリイチ氏の論考の基盤となるのは、消費社会への批判です。あらゆるサービスが普及し、便利になった社会。しかしそれは、消費することを半ば義務付けられた社会とも言える。もはや

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美でさえ200~300年の概念―ミニ読書感想『近代美学入門』(井奥陽子さん)

美でさえ200~300年の概念―ミニ読書感想『近代美学入門』(井奥陽子さん)

美学・思想史研究者、井奥陽子さんの『近代美学入門』(ちくま新書、2023年10月10日初版発行)が勉強になりました。14世紀(1300年代)から19世紀(1800年代)の西洋美術史を紐解き、西洋における美の概念、美術の概念の起こりや展開を整理する本書。一見普遍的に見える「美しい」という概念でさえ、確立してから200~300年程度の「新しい哲学」だというのが一番の驚きでした。

象徴的で面白かった話

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「9割9分分からない」を楽しむ―ミニ読書感想『初めて語られた科学と生命と言語の秘密』(松岡正剛さん・津田一郎さん)

「9割9分分からない」を楽しむ―ミニ読書感想『初めて語られた科学と生命と言語の秘密』(松岡正剛さん・津田一郎さん)

編集工学を探究する松岡正剛さんと、数学・物理学者の津田一郎さんの対談本『初めて語られた科学と生命と言語の秘密』(文春新書、2023年10月20日初版発行)が面白かったです。難解で、話しの9割9分は分からなかった自信はあるけれど、それでも、いや、だからこそ面白かったです。

生命を駆動させる「カルノー・サイクル」だとか、「デーモンとゴースト」だとか、出てくる単語、出てくる単語が分からない。津田さんの

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2024年最初に読んだ本

2024年最初に読んだ本

2024年最初に読み終えた本は、酉島伝法さん『金星の蟲』(ハヤカワ文庫JA、23年10月18日初版発行)でした。単行本『オクトローグ』を改題。身体から謎の寄生虫を産んでしまう表題作や、落下を続ける塔の話、巨大なブロッコリーを探査する話など、まったく正月らしくない奇想小説でした。

表題作は、印刷工場で働く主人公がお腹の調子が悪く、尻から出血していくブラック労働小説かと思いきや、ある日、大便かと思っ

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