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哲学メモ

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哲学っていうとなんですが、考え事をただ書いていきます。
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記事一覧

「創造的想像力」

 以前、潜在的なものは、全て抑圧されたものである、と書いたと思う。私は存在論的な領野に、精神分析における抑圧を敷衍して使いたいのだ。スーフィズムでは神の慈愛の息吹が、潜在的なものを顕現する働きを持つ。世界の可能性、可能態として存在しているものを創造する時、それは世界に抑圧されていた存在を呼び起こすことなのだが、そこには慈愛が必要なのである。私たちが今必要としている存在は、きっと今まで無視され、忘却

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「宇宙の意味」

 井筒の意識の構造モデルを、そのまま太陽とその惑星と地球に準えることが出来る。つまり、意識のゼロポイントに太陽が在り、そこから熱が放出され、煮え滾るお湯のような阿頼耶識を作り出す。そのエネルギーが元型を作り出す。この元型が惑星である。この惑星からの働きが地球との相互作用で、独特のイマージュ群を作り出す。ここが中間領域になる。そして表層意識がそのまま地球である。

 井筒の意識の構造モデルは、そのま

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「直感と意味―哲学という一者の多化―」

 世界が示されているのは、世界を遡及しいていった時に、無内包のものに至るからである。無内包というのは、それ以上遡及することが不可能なものである。例えば、仏教のように色即是空というのも、西田のように絶対無において、あらゆるものが在るというのも、この無内包の遡及不可能性において、世界のあらゆる意味が示されているからである。

 この無内包の遡及不可能性が、揺るぎないものであり、絶対的なものであるからこ

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「朝昼夕夜と春夏秋冬の関係」

 朝昼夕夜と春夏秋冬は照応関係にある。歴史的に考えると、地球が生まれてから、予めあったのは、一日、一日であり、朝昼夕夜が始めにあったと言えるだろう。朝昼夕夜、この四つを歴史的に反復することで、春夏秋冬へと、大きなスケールで凝り固まっていき、そのまま気候へと移っていったのだろう。

 朝昼夕夜も、春夏秋冬も、空の事情だ。私はここで直感的に気分のことを思い出した。天候は気分の象徴であるのだが、天候と春

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カバラ「弁証法的に発展するセフィロトツリー」

或る人達に向けて書いたのですが、重要だと思ったので載せます。

前に弁証法的にカバラのセフィロトが成り立っている、と言ったことなんですが、少し書いてみます。実は井筒の『意識と本質』のp.261から読めば明らかなんですが、それを参照しながら。

第一の「ケテル」意味は「王冠」存在流出の究極的始原で、絶対無や意識のゼロポイントのようなところ。

そこから第二の「ホクマー」「叡智」

第三の「ビーナー」

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「形相と質料の統一」

 形相に形相を重ねることにより、質料が生成される。形相は雰囲気となって現れるので、形相は表現された瞬間、気化するのだが、この気というのはいわゆるプネウマのことである。事物も呼吸をしている、と言わなければならない。事物のプネウマが事物の雰囲気なのである。私たちの認識というのも、呼吸から考えなければならない。私たちが事物を直接に経験するというのは、その事物において呼吸をするということである。呼吸の中心

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「物の形相、その夢と幻想」

 私たちはいつも夢中をいる。夢中というのは私たちの形相、すなわちエイドスのことである。人間は夢の中から起こすことが出来る。つまり人間は形相の内から起つことが出来る。

 形相というのは、イデアから批判を経て生まれたものなので、観念的である。しかし形相というのは、人間だけが持つものではない。人間より前から形相は在る。元々、椅子には椅子の、机には机の形相というものが考えられるように出来ていた。むしろ物

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「テクストを紡ぐ」

 テクストを紡ぐ、という。紡ぐのは糸であるが、糸というのは超弦理論でいう、弦や紐と呼ばれるものだろう。世界を構成する最小単位、究極の単位は糸なのである。この糸というのは ~ こう表すことが出来、これは揺らぎであり、気分の形相を持つ。この情動を私たちは紡ぎ、織りなし、布を作る。布は衣になる。或いは布団になるし、或いはカーテンになる。これらに共通する述語は、包むということである。衣も布団も身を包み、カ

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「直感の再考」

 直感というのは、働きをそのまま知るということである。それはエネルギーを感じることでもあるし、換言すれば気を感じることでもある。~の気がする、というのは全て、直感的認識に基づいている。例えば赤色の花は私たちに何事かを表現している。青い空も私たちに何事かを表現していると言えるだろう。何かが私たちに表現しているということは、私たちにそう働きかけているということである。この働きかけは述語的なものである。

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「意味の形成過程」

 意味の形態には、物質の形態と同様、三つの形態があると前述した。三つの形態は、気体、液体、固体に照応する。それはマクロな観点でいくと、空、海、大地に照応する。さらにこれは、井筒の意識の構造モデルと照応する。阿頼耶識は空、中間領域は海、表層意識は大地である。しかし、これをもっと厳密に考えれば、阿頼耶識は空ではなく、宙である。宇宙的な場からエネルギーが出て、そのエネルギーが海に移り、それはやがて泡沫に

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「形ないものと形あるものの関係性」

 エネルギーは意味の形相だと言って良い。
物質の取り得る形態、気体、液体、個体、これらがマクロな領域で顕現したもの、それが空、海、大地である。空と海と大地は、物質の取り得る三つの形態の象徴的なものと言って良い。

 物質というのは、エネルギーの一形態であるのだが、エネルギーの一形態であるが故、エネルギーが物質に転化したとしても、エネルギーが消えるわけではない。エネルギーはいわば潜在的に存在している

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「イデアの探究―空と海を渡って―」

 Discordで知り合った、すっぺらこっぺらさんというHNの方の考えを参考にしたのだが、意味の可能態の世界と、その現実態の世界とを、沸々と煮え滾るお湯に喩えられるかもしれない。沸々と煮え滾るお湯は、その中に揺らぎを持っていて、それが意味の可能態になる。そしてお湯の泡沫が現実態である。この比喩は正しく、可能態の揺らぎを作っているのは、熱によるエネルギーなのだ。そしてそのエネルギーが上昇し終えた時、

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「重々無尽な世界」

 この世界が象徴的に出来ている、と考える時、私には意味作用というものを考えられずにはいられない。物質は作用・反作用の法則を持つ。それを意味の領域にも敷衍して考えるのである。例えば火山の石が黒々として、ゴツゴツとして、厳めしく、いかにも火山の石らしくなる。これをただ物質的な作用だけに限って考えることは出来ない。物質的な作用と共に、意味が変容しているのである。前著で考えた、うつる、という現象がある。こ

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『心の研究』要約

 拙著『心の研究』ですが、今のところ出ている情報が目次しかないので、
要約を書いてみようと思います。『表』と『裏』の内、ほとんど『表』についての要約です。宣伝になりますが、『心の研究』 井上 こん でググると出てきます。始めに本の紹介文を載せます。その下が要約になり、最後に目次を載せます。

紹介文

 始めに、心と物の関係から考え、現代的な物心、心脳の捉え方を見直し、世界に潜在する心に目を向ける

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