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アンナ・カレーニナの冒頭だけで分かる、文豪トルストイの凄さ

最近、とある質問&回答系SNSで「幸福はバリエーションがないのに不幸にはバリエーションがあるのはなぜ?」という趣旨の質問があった

僕にはすぐに答えが分かったが、質問者がなぜこの質問をしたのか、その意図がいまいち分からなかった。

というのも、このような質問が思い浮かぶ時点で、その質問者はすでに答えを知っている可能性が高いからだ。

もしかして回答者たちの哲学的素養を試してるのかな? と思いつつも、僕は「幸福が全体性に属し、不幸は部分的だからです」という趣旨の回答を書き込んだ。

分かる人にはこれだけで意味が分かるはずだが、一応念のため、なぜそうなるのかの説明も「健康」と「病気」を例にとって付け加えておいた。

すなわち「健康」とは心身のバランスや、全身の調和が取れている状態を指し、一方の「病気」とは、その心身に部分的な不具合が起こっている状態のことなので、例えば、お腹の具合が悪い人、足の状態が悪い人、胃がんを患っている人など、どの部位のどのような不具合があるかで、いくつもの病気があり得るうんぬん、というような説明を書き添えておいた。

これは要するに「健康」と「病気」がそうであるように「幸福」と「不幸」も、それぞれ、全体的な調和とその部分的な欠如を表しているという意味である。

さて、この手のSNSには、ある質問に対して、その質問に関連する、似たような別の質問も自動的に表示されるという機能がある。

その質問に回答したあと、ふと、その関連する質問欄をみていると「トルストイは『アンナ・カレーニナ』の冒頭で「幸福な家庭は全て互いに似通っているが、不幸な家庭はどこもその趣が異なっている」と書いています。なぜ幸福な家庭は似通い、不幸な家庭は異なるのでしょうか?」という質問が目に付いた。

あっ、もしかしてこれが最初の質問のひな型だったのかな? と気が付いて、その質問と回答欄を開いてみた。

それによると、この幸福な家庭と不幸なそれとのバリエーションの違いについては、英語圏では「アンナ・カレーニナの法則」と呼ばれているという説明があった。


アンナ・カレーニナの法則とは?

「アンナ・カレーニナの法則」なんて初耳である。

念のためWikipediaでその意味を調べてみると「多数の要素によってその成功、失敗が左右されるような事象について、失敗の原因がたくさんありうることを指す法則である」とのこと。

似ているところはあるものの、残念ながら僕の説明とはちょっと違うものだった。

しかしトルストイ自身は、なぜそうなるか、作中できちんと説明しなかったんだろうか? していたらこんな珍妙な法則が答えになっていないはずである。

幸福な家庭は、多くの要素を満たしたから、だから幸福になったわけではない。そもそも多くの要素を満たしたら必然的に幸福になるという保証もどこにもない。

例えば多少貧しくても家族が結束してお互いに協力しあって幸福になっている場合だってあるだろう。逆に社会的地位や経済的な満足が十分でも、内心、家族同士がお互いを信頼してなくて幸福とは程遠い状態だってあり得るはずだ。

そもそも質問&回答SNSにこの手の質問が並ぶこと自体が「アンナ・カレーニナの法則」に多くの人が納得していない証拠なんじゃないだろうか?

実は僕は小説の類はほとんど読まない。いわゆる文豪と呼ばれるような人たちの作品でさえ、ほとんど全くと言っていいほど読んだことがない。だからトルストイのことは、作品はもちろん、彼がどんな人物で、どんな思想や哲学を持っていたのかも知らなかった。

興味が出てきてトルストイの人生について調べてみたら、彼は単なる作家ではなく、特に晩年は宗教的・哲学的探求に心血を捧げ、神秘主義にも足を踏み入れたような人であったと分かった。

やっぱりなぁ、という感じだ。「善とは何か?」 「愛とは何か?」 あるいは「人はどのように生きるべきか?」とか、まあ、この手の問題と真剣に向き合い、ごまかすことなくとことん問い続けるなら、人はみな必然的に同じ答えに行きつくものなのだ。

もしもトルストイ本人がこの質問に答えていたとしたら、きっと僕と同じような説明をしただろう、と勝手に思っておくことにした。


アリストテレスの言説

ちなみにこの回答欄には、もう一つ、アリストテレスにも似たような「善人への道はただ一つ。悪人への道は千差万別」という言説があると紹介されていた。

さもありなん。多くの要素を満たせば善人になれるわけではなく、その道はただ一つ。うん、その通りだねって感じだ。アリストテレスは歴史に名を刻むような哲人なので、そういう言葉があったとしても特に驚きはない。僕はアリストテレスも読んだことがないので特に内容の解説はしないが、基本的な考え方は僕と同じだろうと思っている。


おすすめの本!

トルストイもアリストテレスも読むのは大変だよ、という方。ついでに紹介しておくと、最近、僕が春秋社から上梓した「旅路の果てに: 人生をゆさぶる〈旅〉をすること

という本でも、同じことをもっと分かりやすく説明してるところがあります。

「えっ、旅の本じゃないの?」と思われた方。はい、旅は旅でも「旅とは何か? 」に始まり、最後は「幸福とは何か?」「 人生はどう生きるべきか?」 という問いの答えを探していくという内容の本です。

つまりは一言でいうと、

人生という旅路を歩む、すべての人にお勧めしたい本

であります。

「なんだ、自著の宣伝か」と思った方。はい、宣伝ですが騙されたと思って買ってみて下さい(笑)。では。


現時点(2022/8/27 19:00)で、僕が公開したnote記事では、この記事が一番アクセスがあるようなので、この記事に関連したweb連載の回も紹介しておこうと思う。

旅とは何かということについて(2) | ぼくらはまだ、ほんとうの旅を知らない 久保田耕司 | web春秋 はるとあき 

 上記のweb連載を書籍化したものが「旅路の果てに: 人生をゆさぶる〈旅〉をすること」になります。

ご参考まで。

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