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2021年1月の記事一覧

散文『愛と思い出の反比例』

散文『愛と思い出の反比例』

こめかみに汗が流れる。お風呂の中はうるさく無音で、たまに家が鳴る。温まってなんか居なくて、でも暑くはなりたくない。だから私はお風呂から上がることが出来ずにいる。
今日の一日を思い返して、お腹の底があたたかくなる。よくある表現だが、この場合の「あたたかく」はどの漢字だろう。暖かい?温かい?お腹の底とは体温なのか、そもそもお湯的な何かなのか。実態を感じることは人生に置いてなかったけれど、今私が感じてい

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SS『制服と隣の席』

SS『制服と隣の席』

【#ほぼ1ヶ月強化お題】
2018年 1周目『初恋』×金曜日『時代、新品、花粉』

あの日初めて着た新品の服は新品のまま。ひどい花粉症だったというのに、今はもう春はただ楽しいだけの季節であった。
特に何を考えるわけでもなく、学校の中を歩き回る。目的は何も無いけれど寄った職員室は誰もいなかった。ああ、そうだ。今日は入学式か。
私は和希と一緒になりたくてこの学校に入学した。残念なことにクラスは違ったけ

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SS『君の場所は』

SS『君の場所は』

【#ほぼ1ヶ月強化お題】
8月1日
1週目【幼馴染】×水曜日【海の家】

夕立が降る海岸を歩く。あの頃は、燃えるように熱かった砂浜も今はもう私の足を沈みませるだけだった。どうしてだか、真夏だと言うのに人がいないのだ。
君は今もこの海のどこかで揺蕩っているのだろうか。君とはずっと一緒だった。居場所は互いだけが知っていた。けれど、もう私には君がどこにいるのかが分からないんだ。もう私の手の届かない場所

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散文『寝起きの空と共に』

散文『寝起きの空と共に』

【#ほぼ1ヶ月強化お題】
2018年8月2日
1週目【幼馴染】×木曜日【サンダル、アスファルト、氷】

夏のアスファルトに落ちた氷が溶けるようにその日の夜はすぐに明けてしまった。隣に君が眠っているのは生まれた時から変わらない。けれど、あの頃とは違い、僕の方が先に目を覚ます。君の長い髪にそっと手を伸ばすと君は少しだけ微笑んだように感じた。
シャツを羽織り、並んだサンダルの片方を履きベランダに出る。太

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散文『都市は霧雨の中』

散文『都市は霧雨の中』

待合室の中、どこかの誰かがボランティアで作った座布団に座る。空は曇天。雨がザーッと降っては、止む。
電車に遅れると走った自分にまだ生きる気があるのだと感じた。別に1本電車を逃したところで、怒られることなどないというのに。急な疾走のせいで、足だけでなく肩もガタガタしてきた。運動不足の日々を悪いとは思わない。ただ。ただ、心にふわふわとした、けれど質量のある何かが舞い降りたように感じる。それは黒ではな

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短編『なつかしのトマト』

短編『なつかしのトマト』

【2018年月間強化お題】
幼馴染x『なつかしのトマト』

登坂マトは爽やかな笑顔を振りまく明るい少女だった。真っ赤なワンピースから伸びる腕と足は細くてとても綺麗だ。私とマトは小学生の時から仲良しだった。けれど、小学生の時から高校生になるまで、一度も同じクラスにはなったことは無い。
ある日の日曜日、私は冒険に出た。家の周りを歩き、自分が知らないものを探し回った。もうすぐ日が暮れる時、私は街が一

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SS『青に浮かぶ』

SS『青に浮かぶ』

【強化お題】
2018年7月1日 『七夕』
日曜日 書き出し1文「子供の頃、どうしてだか入道雲が怖かった。」

子供の頃、どうしてだか入道雲が怖かった。そのときは、理由もなく何故かひたすら怖かった。だから、夏は嫌いで梅雨が開けるのが嫌だった。
小学校の行事で、毎年七夕の日は大きな笹にみんながお願いごとの短冊をつけて、運動場に飾った。とはいっても、まだ梅雨も明けていな
い七月七日。いつも雨が降ってい

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散文『夜の底』

散文『夜の底』

眠れない時に感じるこの感覚はなんなのだろう。何か自分の中にぽっかりと穴が出来、それを必死に埋めようとしているような。
息もできている。心臓も動いている。脈だって。なのに自分はここにいないと感じる。
世界から音が消えたよう……、なんてロマンチック過ぎる。実際は家族の生きている音がする。虫の音がする。夜の音がする。
ひとりぼっちじゃないのに埋まらない穴は、朝になると存在自体忘れ去られる。忘

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短編『友情だって愛だ』

短編『友情だって愛だ』

【2年ほど前に書いた作品:BL】

薄暗くなった部屋の中で、静かに時間が過ぎる。みなが一同に息を呑む。何も起こらないことが、むしろ何かが起きると揶揄していた。女の子がゆっくり振り返る。その目線の先には何もいない。そうして、ホッと力を抜くとその時。
「あああああ、やっぱり出ると思ったああああ」
映像の中の幽霊よりも横からの叫び声の方が驚きを感じた。声の主は、そのままベッドに倒れ込んで映画から目を

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SS『窓の外の』

SS『窓の外の』

目的地に進む電車の中から外を見た。すぐ横に山がある。木、木、木⋯。そのなかに、小さな鳥居とお社が見えた。
一瞬の時間だったのに非常に心が引かれ、不気味に思うと同時に美しいと感じた。
森の中の道を歩いている。どこかは分からない。けれど怖くない。人はいないし、近くに家があるとは思えない。自分が歩いている道はしっかりと舗装されている。立ち止まることはせ
ず、この道を進む。
すると少し開け、小さな鳥

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SS『入試会場は嘲笑う』

SS『入試会場は嘲笑う』

【強化お題】

1周目×月曜日『初恋×嘘に決まってる』

静まっていた空気が少しピリついた。早くなにか話さなければ。議題は『高校生活に恋愛は必要か』
こんなものが大学入試のディスカッションの議題になるなんて誰が予想していただろう。こういったテストでは社会問題のたぐいが出るのではなかったか。温暖化やらゴミ問題やら。それらへの対策は多少していたというのに、恋愛なんて自由じゃないか。
「高校生の恋愛

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SS『大切な空』

SS『大切な空』

ある夏の日のことだった。夢現の状態の出来事だったから、確かな記憶でないのかもしれない。でも、あの出来事は私にとってとても大切だった。
空が真っ青で、入道雲がひとつだけもくもくと立っていた。私はそれを閉められたカーテンの隙間から覗いていたのだろう。熱はまだあった。何も出来ずにただぼーっと空を見ていた。庭に立つ桜の木の枝が揺れている。頭が朦朧としていて、でもその感覚が少し気持ちよかった。
いつのま

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SS『路上のシンガー』

SS『路上のシンガー』

山の麓の大学病院の前ではいつも路上シンガーが歌っていた。誰にも相手にされることなく、彼はいつも歌っていた。しかし、たまには長い間入院している人が彼を見ていることがあった。やはり、彼が歌うような希望を欲していたのだろうか。
愛と勇気を叫ぶ彼は大学病院が潰れたあとでもそこにいて、いまだに歌を歌い続けている。暗闇の中で、ただただ彼は希望を歌っている。肝試しに行く人も増えた。けれど、その歌声は誰にも届か

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SS『1670°の美しさ』

SS『1670°の美しさ』

「とっておきのワンピースなの」
彼女の白いワンピースが翻る。本当に綺麗な白色をしている。汚れひとつなく、彼女の浮かべる笑顔を引き立ててくれる。
 それに比べ僕はよれたスーツを着ていた。あぁ、彼女のためなんだからもっと綺麗なものがあればよかったのに。
「ここまで来るのはいつぶりだろうね」
 嬉しそうに駆け回る彼女を見て笑みがこぼれていたらしい。「なんで笑ったの?」と僕の顔は彼女に覗きこまれていた。日

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