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SS『1670°の美しさ』

「とっておきのワンピースなの」
彼女の白いワンピースが翻る。本当に綺麗な白色をしている。汚れひとつなく、彼女の浮かべる笑顔を引き立ててくれる。
 それに比べ僕はよれたスーツを着ていた。あぁ、彼女のためなんだからもっと綺麗なものがあればよかったのに。
「ここまで来るのはいつぶりだろうね」
 嬉しそうに駆け回る彼女を見て笑みがこぼれていたらしい。「なんで笑ったの?」と僕の顔は彼女に覗きこまれていた。日焼けのしてない頬がほんのり赤みを帯びている。僕の肩にも満たない背。人より少し茶色い虹彩。何もかもが愛おしく思えた。
「なんだかおかしくって」
 変なの、と頬を膨らませる。彼女のそんな癖を久しぶりに見ることが出来た。
 木々が生い茂る緑のなか、君の白がよく見える。綺麗だ。
「この木、懐かしいなぁ。いつも登って遊んだよね。まだ登れるかな?」
 僕たちの思い出がつまった大きな木の下に君がいる。ニコニコ笑う顔をひたすら見ていたいと思った。だから僕は「ワンピース汚れちゃうよ?今はやめておこうよ」と止める。だって、その木の君が立っている裏側には、夏の風に揺らされる僕がいるはずだから。この君がいる風景にはふさわしくない。

 そろそろ行こうか。
 近くで君のお母さんの泣く声が聞こえた気がする。きっともうすぐ灰になる。
 今から僕らは美しいものを見てまわろうか。ずっと君がいきたかった場所に。
 君の手をそっと握る。君は少しだけ不思議そうに僕を見た。そして、何かを考えたあとに握り返してくれた。
 僕の手の中に、君の手がある。何て幸せなんだろうか。目頭が熱くなり、喉が震えた。君はいつもの笑顔で僕のとなりにいる。言葉として口からは出なかったが、そっと思う。
 どこまでも行こう。

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