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SS『大切な空』

ある夏の日のことだった。夢現の状態の出来事だったから、確かな記憶でないのかもしれない。でも、あの出来事は私にとってとても大切だった。
空が真っ青で、入道雲がひとつだけもくもくと立っていた。私はそれを閉められたカーテンの隙間から覗いていたのだろう。熱はまだあった。何も出来ずにただぼーっと空を見ていた。庭に立つ桜の木の枝が揺れている。頭が朦朧としていて、でもその感覚が少し気持ちよかった。
いつのまにか、目を開けていた。カーテンが風に吹かれて、大きく膨らむ。
ピュヨ⋯ピュヨ⋯と鳴き声が聞こえた。転がるような音を心地よく耳に届く。
「いろはちゃん」「いろはちゃん」
私の名前を呼ぶ声がする。誰だろう。まだ学校は終わってないはずだ。
誰が私の名前を呼ぶのだろう。ベッドから起き上がり、窓の外を見る。
「いろはちゃん、まだ痛むの?」
そこには小さい鳥が2羽止まっていた。
「大丈夫、雨が止んだら全部楽になるよ」
「雨?雨なんて降ってないよ?」
その言葉を言い終わる前に鳥たちは一度だけ鳴いて飛んでいってしまった。鳴き声が自分の中でこだまする。
外の世界は強い太陽の光で輝いていた。空はどこまでも青く、雲は真っ白で、緑が揺れる。その中に鳥はもういない。水の気配はしない、急に霧のような雨が降り出した。音もなく、明るすぎる世界を濡らしていく。どこからともなく、ただ静かに降る。
私は見つめていた。ふと、雨が止まった。頭痛がもうしていない事に私は気づかなかった。布団に入ろうか、いや、お腹が空いた。リビングにお母さんはいるだろうか。なにか甘いものが食べたい。部屋を出る時、ピュヨッという鳴き声が聞こえた。窓の外を見る。そこにはまだあの鳥がいたように思えた。
その時の景色を今でもたまに思い出す。誰にも言ったことは無い。私だけの内緒の話だ。

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