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短編『友情だって愛だ』

【2年ほど前に書いた作品:BL】

薄暗くなった部屋の中で、静かに時間が過ぎる。みなが一同に息を呑む。何も起こらないことが、むしろ何かが起きると揶揄していた。女の子がゆっくり振り返る。その目線の先には何もいない。そうして、ホッと力を抜くとその時。
「あああああ、やっぱり出ると思ったああああ」
映像の中の幽霊よりも横からの叫び声の方が驚きを感じた。声の主は、そのままベッドに倒れ込んで映画から目を背ける。
「大樹うるせえよ」
「見るのやめようぜ?いい事ないって⋯」
「やめねえよ、罰ゲームだからな」
こんなものを男三人で見ているのか。それは確か、増田のこんな怒りから突如始まった。
「なんで、大樹だけがモテるのか!こんな
細っこくて、目つきの悪い、すかした野郎
の何がいいのか!」
それに対して、大樹はこういう。
「そりゃまあ?お前よりは世間体がいいか
らだろうな」
「こんな嫌味な男をクールでカッコイイな
んて女の子たちはわかってないな!ただ
の⋯ただの⋯」
「ただのなんだよ」
「ただの良い奴だ!だからダメだ!」
増田はそう言って、大樹に罰ゲームを行うという名の遊びの予定を作った。何をするのかは当日まで知らせない、と言いはったのだが、前日に俺だけに連絡が来た。
『あいつの弱点はなんだ?』
確かに、大樹はなんでも飄々とこなしてしまうタイプに見える。しばらくの付き合いだが、あいつが困っているのを見た記憶がなかった。成績も悪くないし、運動もできる。そういう点も含めて、好感度が高く、増田は怒り心頭なのだろう。
無いんじゃない?、そう打とうとした時に、思い出す。以前に一度だけ、何かの拍子に怖い映像を見た。びっくり系だったか、心霊だったか忘れてしまったけれど、いつもニコニコと笑顔な大樹から笑顔が消えていた。泣きそうになりながら、見ていた。そうだ、あいつはホラーに弱かったんだ。
そうして、その情報を知った増田は水を得た魚のように、とまで形容できるかは知らないが喜んでいた。
さすがに厳選されただけあって映画は面白かった。けれど、大樹のビビり方は映画監督が想定した数倍になるのではと思うほどであった。ここまでホラー映画で驚けるのは、ある種の才能だ。
「おい、大樹、寝てないでちゃんと見ろ」
そう言って、増田は顔を背けるために布団にこもろうとする大樹を引っ張り出した。
「見たくないんだよ」
少し震えた声で怒るのだが、増田は許すことをせず、座らせた。
「わかった、わかったから⋯。これ借りるぞ⋯⋯」
大樹はベッドの上にあったぬいぐるみを手に取り、それを盾にするかのように抱きしめた。あのぬいぐるみは、確かゲームセンターで取ったどこかの県のマスコットキャラクターだったはずだ。小さ過ぎず大き過ぎず、手触りがいいので、枕の代わりにしていた。犬のマスコットなんだろう、いや、熊かもしれない。枕としての認識しかしていなく、それぐらい曖昧な印象を持っていた。
大樹に抱きしめられて、やっとぬいぐるみとしての本望を遂げれただろう。幽霊が出た瞬間、大樹はぬいぐるみを強く抱きしめ、顔を埋める。しばらくすると、恐る恐る画面に顔を向け、少し力を抜く。そしてまた、恐怖や驚きから逃げようとぬいぐるみを抱きしめていた。
可愛いものだと思った。もし、クールな女子がこんな風に怯えていたとしたら、好きになってしまうだろうな。やはり、こういうイベントをするなら、男子三人なんてむさ苦しいものでなく、女子も誘って楽しくやった方がよかっただろう。
また、大樹の押し殺しきれなかった声が漏れてくる。普段の大樹の声とは違って泣きそうな弱々しい声であった。
こういうのはギャップ萌えというのではないか。モテる大樹に罰ゲームなんて言っていたが、この様子を女子が見たら、尚更好感度が上がるであろう。女子お得意の「かわいい」を発動するはずだ。
俺もそんな女の子とこういうことをしたか
った。そう改めて思う。
その後3本の映画を見たとき、もう既に外は真っ暗になっていた。
「この中一人で帰らきゃならないとかやば
いな⋯」
そう言って、大樹は疲れた笑いを浮かべ
「頭洗ってる時の視線は後ろじゃなくて、上にいるからなー?」
増田は大樹の拳をダイレクトにくらうが、愉快そうに顔をゆがめた。
「大丈夫、何も起こらないよ」
俺のその言葉を聞いて大樹は優しく笑って「ありがとう」と言った。そうして、ご機嫌な増田と弱った大樹は帰って行った。
しばらくその後ろ姿をぼーっと見届けていたが、少し寒くなってきて部屋に帰る。人が来る時の仕様にしていた配置を元に戻すことにした。あのぬいぐるみもベッドの本来の位置に投げ捨ててから、リビングに降りて夕食の席に着いた。
そして、十一時過ぎ。睡魔に襲われてベッドに潜り込む。するとそのとき、何処かから自分のものでない匂いがした。甘くて、嗅いだことのある香り。
ああ、そうだ、これは大樹の匂いだ。
そう認識した瞬間、心臓が急に音を立ててなり始めた。ぬいぐるみを手に取ると、確かにここから香っている。ドキドキとして、止まらなくなった。何故自分がこのように感じているのか、分からないのだけど、その感情とともに安心感をも感じた。
「うわぁ⋯⋯」
思わず声が漏れた。ここまで近くで大樹の
匂いを嗅いだことは無かった。ここには大
樹がいないのに、いつも以上に近く感じて
しまう。
「罪悪感がすごい」
声を出さないと余裕がなくなってしまう気がして、わざとふざけた。それでも胸の音は止まることがなかった。
大樹が抱きしめていたぬいぐるみをこんなふうに自分の元に置いているなんて、なんだか悪いことをしている気がしてならなかった。
だから、ぬいぐるみを投げ捨ててみる。そうすると少しだけ匂いが薄くなった。眠る体勢につく。けれど、いつも枕にしているぬいぐるみがないと、やはりちょっとだけ落ち着かないのだ。
やっぱり、いつも通り枕にしようか。もう一度ぬいぐるみを手に取る。また、甘い匂いが香る。ドキドキの感覚が改めて戻ってきたが、その反面落ち着いた気持ちになった。確かにこのぬいぐるみは抱き心地がいいな。ぐっと手に力を込めて、抱きしめてみる。そして、顔を埋めてみた。ハハハ、と笑いが漏れてしまった。この笑いは一体何なのだろう。なんというか、なんというか。幸せな気持ちだった。
大樹がホラー映画を見て怯えていた姿が目に浮かんだ。そのとき、かわいい、そう思ったんだ。確かに思った。
初めての気持ちだった。震える下唇を少しだけ噛んだ。
頭に浮かぶ大樹の笑顔はいつも輝いていた。少し困って笑ったり、心底優しい顔で笑ったり。その表情が脳裏から離れなかった。な。視界が歪む。気を少しでも抜いてしまうと取り返しのつかないことになりそうで、怖かった。
「ありがとう」といった大樹の声が、顔が、香りがありありと蘇る。
「あぁ」
俺はあいつの事が好きだった。声に出した瞬間、自分の中の何かが崩れた。気づかない方がきっと幸せだった。けれど、もう戻れない。そう、もう戻れない。息が苦しくなってきた。呼吸をするのが辛い。大樹の匂いで包まれている。
「幸せだ」
歪んだ視界に大樹の姿が見えた。そして、大樹はこちらを見て笑うのだ。いつもの笑顔で。ああ、好きだな。笑いが溢れた。これからも今までの関係で行こう。何も変わらないでいい。
今はこの匂いに包まれて寝よう。やっぱり、少し恥ずかしい。
けれど、やはり落ち着いていた。もう十二時を超えていた。
目覚まし時計を止めた。伸びをする。ぬいぐるみが横たわっていた。
「さすがに匂い落ちちゃったか」
寂しさがあった。これでこれからはいつも通り振り舞えるだろうか。

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