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フォレスト・ジャンプ

生まれたときは何も考えていなかった。
育っても、大きくなっても何も考えていなかった。
皆がジャンプと呼んだ。なぜなら彼の名前はフォレスト・ジャンプだから。

彼は病弱に産まれて母親と病院に通ったが改善しなかった。
ある日ひどい風邪をひき39度以上超す高熱が出た。
2日間学校を休み、寝たきりで過ごした。3日後、友達が遊びに誘いに来て一緒にキャッチボールやサッカーをして遊んだ。
熱がまだ引いていないのに汗をかきながら彼は遊びに夢中になった。すると翌日から、熱もすっかり下がり、今まで病院通いしていた病気もどこかへフッ飛んで行ってしまっていた。

ジャンプは学校では気の合う友達に埋もれてどちらかと言うと目立たなく過ごしたが、普段目立たない代わりになにかあると何をするにも一番になった。
合唱コンクールでも、絵画コンクールでも一番になった。もちろんガンプと同じくかけっこも。サッカーも、バレーボールも、バスケットも得点王になって、野球ではホームランをガンガン打った。
それでも彼は自分が運動神経抜群とは考えていなかった。自分ではなにかにそうさせられているような気がしていた。

彼は合唱部で活躍し、吹奏楽部や美術部でもいっぺんに活躍した。
そのうち美術部で好きな女の子ができた。しかし話しかけるわけでもなく、なにをアプローチするわけでもなく。ただ流れに任せていた。
あるとき彼女の方から「絵のモデルになってあげる」と言われ、言われるままに絵を描いた。そうするとその絵はコンテストで優勝し、二人は付き合っているんじゃないかとみんな噂したが相変わらずそんな事実はなかった。

ジャンプは社会人になった。しかし相変わらずだった。
やる気がない訳ではない。彼はやる気になれば火がついて熱中して仕事を完成させた。そして成功した。
仕事も早く、的確で、クライアントの評判も良かった。
ただ数年過ごすうちになんだか物足りなくなった。このまま人生を終えてしまうのかと思うとやるせなかった。それは宇宙が永遠に続いていくような不安感と同じ不安だった。
家庭を持ちたくなかったわけではない。そういうとき美術部の彼女を思い出したが過去は過去のこと。どうするわけでもなかった。それに実際彼女は彼の理想の女性からは少し違っていた。

ある日彼はなんとなく実家のあった場所に戻った。偶然にもそこには昔キャッチボールをした、そのおかげでひどい風邪や不治の病まで治ってしまったあの友達がいた。その彼はもうとっくの昔に引っ越してしまっていてそこにはもういないはずだったのに。ところがそのかつての友達は自転車に乗ってたまたま彼のいる所へ来たのだ。
「やあ、げんきか?」満面の笑顔で軽く対話した後彼は今の家へ帰っていった。自転車を立ちこぎして笑顔でさっそうと帰っていった。
偶然彼に会ったことはジャンプには特別不思議でもなかった。ああ、たまたま来たら会ったんだなとしか思ってなかった。
しかしその数カ月後、人のうわさに彼の父親のことを聞いた。それきり彼とも彼の父とも会うことはなかった。初めて真剣な話を大人とした相手が彼の父親だった。ほんの少しだけだったが社会について考えさせられた。
ジャンプはあそこで彼に再会できたのはただの偶然ではなかったのだと直感した。

彼はそれから会社の休みの日には朝起きたくなくなってしまった。なぜなら何もすることがないから。
趣味をしたりどこかへ出かけることもなかった。都会に出て働いて何年も経っていたので学生の頃の友達と遊びに行くこともできない。そのうえあの彼はもういないのだ。
たとえ一人で出かけても一日一言も誰とも話さないで終わることがよくあった。
これを数年続けると彼は会社を辞めたくなった。止めてどうするかなど考えていなかった。
そして以前仕事で会って相手の好意によって少なからず手紙のやり取りをしていたある尊敬する有名人のところへいきなり行って質問した。
彼は門を開けて話を聞いてくれた。
「私はどうしたらいいですか?」と聞くと、その芸術家は玄関口で話すのもなんだからとジャンプを中に入れたがお茶も出さず、ただこう言った。
「ゲージュツは爆発だよ!」と。

会社を辞めてしまったジャンプは迷った。そして考えた。
自分が好きでやりたいことは芸術だ。しかし人に褒められてうれしかったのは文章を書くことだと感じた。
彼は幸いなことに人のうらやむようないろんな才能を持っていたが、野球がしたかったわけでもないし、サッカー選手になりたかったわけでもなく、歌が得意だからと歌手になるつもりもなかった。
ようするに何かにそうさせられていただけだった。だから自分自身では人のうらやむ才能もないに等しかった。実にもったいない話だが。

そうだ作家になろう。
皆が思うように、作家になろうと思う人がそう思うように同じようにそう思った。
しかしここでもやはり彼は作家になりたかったわけでもなかったし、本はあまり読まなかった、特に小説などは一切読まなかった。
出版者に持ち込んだが取り合ってくれなかった。唯一読んで感想を書いてあげようという有名な出版社もあったが、有料だった。
しかも、売れない、読まれない、誰も気にしないとボロボロに批判された。ただ文章は悪くないと言われたことが唯一の希望だったが、彼はあきらめなかった。
そして本を出したが案の定売れなかった。売れなかったどころか大量に返品された。

彼は考えた、なぜダメだったのか。本も読んだことがない、興味もない、まったくの初心者だったということが敗因なのだろうと考えた。業界を何も知らなかった。本を書くことも何もわかっていなかった。
しかしそんなことは関係なかった。売れる本を書ける人はそんなことを考えていないだろうと考えた。
そして考えるのをやめた。

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