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むずかしい平凡 自句自解 第一章「むずかしい平凡」

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拙句集「むずかしい平凡」の自解を行っています。もしよければ俳句を楽しみつつ、お付き合いください。
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#俳句エッセイ

句集 むずかしい平凡 自費出版文化賞詩歌部門 入選

句集 むずかしい平凡 自費出版文化賞詩歌部門 入選

拙句集「むずかしい平凡」が、このたび第23回日本自費出版文化賞詩歌部門で入賞いたしました。報告いたします。

全体では、7部門があり、603点の応募。

その中で、最終審査に進んだのが70点。

詩歌部門は、81点の応募中、10点の最終審査。拙著はこの最終10点の中に入れてもらえたという次第。最後の部門賞と特別賞には及びませんでしたが、あまたの著作の中から最終審査まで行けたこと、大変感謝しておりま

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62 ぽつんと菫除染三年目のある日

62 ぽつんと菫除染三年目のある日

 句集「むずかしい平凡」自解その62。

 しばらくお休みしていました自句自解。ぼちぼち再開します。

 この句は、句集第一章「むずかしい平凡」の最後の一句。この章には、震災関係の句を入れるつもりはなかったのですが、つい入ってしまいました。次の章「春の牛」が震災句を中心にするつもりだったので、その雰囲気を出したかったのか、自分でも定かじゃないのですが、なんとなくこの句を置きたかったんですね、要する

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60 鳥は卵石ころは影抱いて春

60 鳥は卵石ころは影抱いて春

 句集「むずかしい平凡」自解その60。

 この句の読み方をまずは文法的に。

 「鳥は卵」「石ころは影」はそれぞれ「抱いて」にかかってゆく文法構造です。散文的に言えば、「鳥は卵を抱いていて、いっぽう石ころは影を抱いていて」というふうに、「抱いて」にふたつの部分が同時につながっている、そういう形です。

 鳥は卵を抱いているし、石ころは影を抱いているし、うん、なんだか春だなあ。

 そんな読みです

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59 鳥の巣指す木漏れ日を来て子も木漏れ日

59 鳥の巣指す木漏れ日を来て子も木漏れ日

 句集「むずかしい平凡」自解その59。

 ちょっとした遊歩道を子どもと一緒に散歩していた時の光景。先を歩いていた息子が木の上のほうを指さす。鳥の巣があるみたいだ。

 こちらからはよく見えない。

 どこ?

 ここ、ここ。

 子どもがこちらにやってくる。遊歩道は木漏れ日が揺れていて、その木漏れ日の中をやってくる。

 あっ、と思う。子ども自体がもう木漏れ日そのもの。

 その木漏れ日が私の手

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53 すうっと蝶ふうっと吐いて解く黙禱

53 すうっと蝶ふうっと吐いて解く黙禱

 句集「むずかしい平凡」自解その53。

 これは師・金子兜太先生が亡くなって、ひと月ほど経った頃の作。

 秩父長瀞で最後の「海程・俳句道場」が催され、金子先生の墓参に赴いき、そのときに生まれてきた句。

 お墓の前に立ち、黙禱をし、ひとしきり心の中で会話をした後、黙禱を解く。そこをすうーっと蝶が横切って行った。

 このすうっと横切っていったときの呼吸が、なんだか自分が黙禱を解いたときの息遣い

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ぼくの好きな俳句たち 3

ぼくの好きな俳句たち 3

じゃんけんで負けて蛍に生まれたの 池田澄子 前回に続いて蛍の句。

 この句も説明を拒絶している句ですね。むしろ、読者にいろんな読みを求めてくる句。書き手が読み手に問いを発してくる句。

 「ねえ、きみ、なんで蛍に生まれたの?」

 「うん、じゃんけんで負けちゃったの。それで蛍になっちゃったの」

 「へえ、じゃんけんでね」

 「そう、じゃんけんで」

 「ふ~ん」

 「じゃんけんで負けて蛍に

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51 花辛夷鬱じゃないはずなのに涙

 句集「むずかしい平凡」自解その51。

 前回に引き続き「花辛夷」。

 べつに鬱じゃないんだけれど、なんだか涙が出てきてしまうんだよなあ。なんでなんだろうな。空が青いからかな。辛夷の花が咲いているからなあ。

 涙腺というのは年齢を重ねると緩んでくるそうですね。映画なんか見ていても、何でもないような場面で、ううっときて、涙腺というか、鼻の奥というか、そのあたりが湿ってくることがあります。

 

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50 花辛夷からだの芯にとどく光

50 花辛夷からだの芯にとどく光

 句集「むずかしい平凡」自解その50。

 「辛夷」は「こぶし」と読みます。「花辛夷」とは「こぶしの花」のこと。気候もだんだんに暖かかくなり、梢にぽっと点るように咲き出す春の木の花。好きだなあ、この花。なんともいえない楚々としたたたずまい。しかし、きっぱりとした意思のようなものを、あの白さの中にしっかり抱えている。

 この花を見ると、自分自身の中で、しっかりしなくちゃ、って思ってしまう。

 「

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49 遅く帰るや明日入学へ揃う靴

49 遅く帰るや明日入学へ揃う靴

 句集「むずかしい平凡」自解その49。

 愚息が小学校へ入学するころの作。

 福島から山形県南部の町に自主避難して、そこで小学校へ入学することになったため、夜仕事を終え、車に乗り込み、そのまま避難地へ。

 そのとき、私自身もそこそこ重い仕事を任されていたため、すぐには帰れない。職場を出たときにはもう暗くなっていた。気を付けて、しかし早く帰らなくては。

 約一時間半かけて山道を抜け、峠を越え

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48 鳥ぱっと散り卒業の日もおはよう

48 鳥ぱっと散り卒業の日もおはよう

 句集「むずかしい平凡」自解その48。

 卒業式の朝の光景。

 これでも高校の先生などという仕事をしているので、毎年、卒業式というものを体験するわけです。だんだん慣れてきてしまい、感動というものもあんまり感じられなくなっているのが情けないんですけれどね。

 それでも、これはこちらの単なる感受性の鈍麻だけでないものもあるように思います。

 形式を重視しすぎる教育現場。卒業生より来賓のほうを大

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47 フリージアけっこうむずかしい平凡

47 フリージアけっこうむずかしい平凡

 句集「むずかしい平凡」自解その47。

 この句集「むずかしい平凡」というタイトルになった一句ですね。

 よく聞かれるのが、この句ってどういう意味ですか、という質問。意味といわれても困ってしまいますけれどねえ。

 俳句の場合、作るときに「取り合わせ」という技法があるんですね。

 たとえば、この句の場合、「フリージア」と「けっこうむずかしい平凡」と、直接的には関係ないような言葉が取り合わせら

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46 鎖をなして星潤むなり多喜二の忌

 句集「むずかしい平凡」自解その46。

 多喜二とはプロレタリア文学作家小林多喜二のこと。亡くなったのは1933年2月20日。

 貧しい家庭に生まれ、しかしその中でよく学び、優秀な成績で学校を卒業した。けれども、あまりにもひどい資本主義体制により、貧しい人たちが人間性を奪われて日々を暮らしているのを目の当たりにし、共産党に入党。非合法活動をしながら、社会を告発する作品を書き、当然、特高警察に追

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45 ヒアシンスゆっくりひらく術後の手

 句集「むずかしい平凡」自解その45。

 この句も、前回と同じく手術のあとの体験を題材にしたもの。とはいえ、体験とも呼べないほどの一瞬の景に過ぎませんが。

 麻酔から覚めて、意識がゆっくりゆっくり戻ってくるわけですが、そのとき、どうも現実感がないんですね。さっきまで手術を受けていたということが、頭では理解できるんですが、ただベッドに横たわっているだけだと、どうも現実味が欠けてしまう。自分の体が

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41 雪に刺さって雪映すのみカーブミラー

41 雪に刺さって雪映すのみカーブミラー

 句集「むずかしい平凡」自解その41。

 雪国で見た光景。深く雪が降り積もり、すべては真っ白の世界。

 そんなときに車で運転するのはほんとうに注意が必要。どこでどんな危険が待ち伏せているか。

 ふと見ると、カーブミラー。雪に埋もれている。というか、なんだか雪に刺さっているようだ。そして、肝心の車などはほとんど通らないから、映っているの雪の世界だけ。カーブミラーの奥深くまで雪世界がしみ込んでい

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