見出し画像

「廃アパートの呪詛」前編

村田と遊ぶようになって2ヶ月が経った。
その頃から私の身体にはある異変が起ころうとしていた。
霊感らしきものがつき始めていたのだ。

夜、住んでいるアパートの誰もいない駐輪場から視線を感じるようになったり、誰も住んでいない空家から光が漏れているように見えてしまったり、自宅の部屋から鳥の鳴き声が聞こえてきたこともあった。
そんな日常の変化を決定付けたのは、あの冬の夕暮れ時のことだった。

私と村田は受験勉強に追われていた。
とはいえ、根っから勉強の苦手な私と、霊能と格闘にしか興味のない村田は、勉強道具を鞄に入れて適当な場所で時間を潰すしかなかった。
そんな時、ファミコンオタクの浦川が私たちの前を通った。
ちょうど新しいソフトを買ったというので、私たちは半ば強引に浦川の家に押し掛けた。
浦川の部屋に入ると、とりあえずは、勉強をしているフリをしながら新しいゲームを楽しんだ。
お母さんがジュースを持ってきた時は、コントローラーをコタツにかくして誤魔化した。
浦川の家には7人の家族が暮らしていた。
祖母と祖父、更には曽祖母もいた。
ひい婆ちゃんは90歳を超えていたが、まだシャキシャキと冗談を言えるほどお元気だった。
さすがに階段の上り下りはできないようだったが、見ていると浦川はひい婆ちゃんが大好きのようで、それがなんだかムズ痒かった。
台所から煮物の匂いが二階にまでしてきた。
もうこの家は晩ご飯が始まるようだ。
そろそろ帰る頃合いだ。
私と村田は荷物を持って外に出た。
浦川も外まで送ってくれた。

師走の北陸の寒い。
まだ17時ごろだというのに、あたりは薄暗く、空は黒い雲に支配され、しとしとと霙まじりの小雨が降っていた。

その時、浦川がおもしろいことを言った。
「煙草?持ってない?」
私と村田は、互いに目を合わせた。
まさか、ファミコンオタクが煙草をやるだなんて。
私たちは3人で煙草を吸える場所を探し始めた。ほどなくして、浦川が抜群のポイントを探し出した。
バス通りから一本入り、入り組んだ民家を歩くとポッカリと空き地が現れた。
その空き地には、2メートルほどのフェンスが敷地を囲むように厳重にされていて、随分と広い空き地だなと思った。
その空き地の隣に、二階建てのアパートがあった。
一階には雨避けもあったので、そこで煙草を出して火をつけた。
中学生は、煙草を吸うのにもなにかと大変なのだ。
3人はいわゆる「ヤンキー座り」をしながら煙草をやった。
村田だけは少しソワソワとしながら、一階の部屋をひと部屋ずつ覗いて廻っていた。
まったくモノ好きにもほどがある。
私と浦川は、103号と書かれたドアの前で煙草を吸っていたが、やがて村田が静かに帰って来ると、102号あたりから、なにやらヒソヒソと話しかけてきた。
「二人とも、合図をしたらダッシュでそこから走り出せ、逃げるぞ」
近所の大人に煙草がバレたのだと思い、村田の話に肯いた。
いや、違う!この感覚は。
村田の視線は私の真上を凝視していた。
村田は一体なにを見ている?
その恐怖に歪んだ表情はなんなんだ?
嫌な予感がして鳥肌が全身に疾った。

「今や!」

村田の大声が廃アパートの闇に轟いた。
私と浦川は陸上のクラウチングスタートの要領で駆け出した。

*********************

私たちは浦川の自宅に戻った。
あんな驚愕した村田の表情は見たことがなかった。
少し落ち着かせるため、お母さんにあったかいお茶を入れてもらい、居間の隅で村田の話を聞くことにした。
居間では、爺ちゃんと婆ちゃん、それからひい婆ちゃんがこたつに座っていた。
村田が落ち着きを取り戻し、ほうじ茶をすすった。
ほどなく村田は、あの時の状況を語り始めた。

村田は、あの廃アパートは危ないと警鐘を促し、唾を呑んだ。
「一体あれが何かはわからないけど、闇よりも黒い凶々しい何かが蠢いていてさ、時間が経つにつれて、その黒い影がどんどんデカくなっていったんだよ、感覚でわかる、あれはよくない」

浦川は村田が霊感少年であることを知っていたから、何ら疑ったようすはない。
私と言えば、もはや彼を疑う余地はなく、むしろあの時の鳥肌がまだ身体に残留していた。

「ちょうど黒い影が103号のドアの真上に来た時、その影がむっちの後で止まったんだよ」

あ、あの時の鳥肌の瞬間だ、と思った。
村田は眼を細め話を続けた。
「で、その影がゆっくりと片側だけ動いているんだ。何だろう?と眼を凝らしてみると、多分だけど、あれは鎌に似た何かだと思う、それを振りかぶっていたんだ」

どうやら、その鎌を振り上げたタイミングで村田は合図を出したようだ。
もし、振り下ろされていたとしたら。
私たちはお茶をすすり沈黙した。

「あそこのアパート、まだあったんかい?」

浦川のひい婆ちゃんが急に話し始めた。
浦川は、婆ちゃん知っとるん?と、聞くと、ひい婆ちゃんは訥々と語り出した。

「あそこんとこに空き地があったろ?あそこ随分と昔はビルが建っとったんや。まあ、それなりの会社が入っとったんやけどな。そやけど、40年も前か、隣のアパートで首吊りがあったんや。その後になって、どういうわけかバタバタと会社が倒産したりな、移転したりで、あのビルにだぁれも入らんようになったんやと。」

70歳の婆ちゃんも出てきて話に加わった。
「あっこのアパートやな、首吊り事件の後、あっこのアパートに住んでた夫婦が一家心中したって話もあったなぁ。首吊りの呪いや言うて、ここらでは、みんな噂になったんゃね」

私たち3人は開いた口が塞がらない。
ひい婆ちゃんは続けた。
「それから何年か経ってやな、ビルは取り壊しになったんやけど、どうしてなんかあのアパートは無くならんのや、これもなんかの呪いやなんや言うて、みんな言うとる、お前ら、あっこには近づいたらあかんぞ」

衝撃的な話だった。

「誘われたな」村田が呟いた。
何も知らない私たちは、煙草を吸うために絶好の場所を見つけたと思っていた。
だが、恐らくは誘われたのだ。
村田がいなかったらと思うと。
私はゾッとしてまた鳥肌が粟立った時、絶望的なことに気がついた。

私は冷汗が額から流れた。顔面は蒼白になった。村田が私の異変に気がついた。
私は2人を外に連れ出して訳を説明しようとしたが、急に慌てている私を2人は懐疑的に見つめていた。
「ごめん!お願い!一生のお願い聞いてくれ!」
私の話を聞く前から、2人は「いや!」と言った。2人は、とりあえず聞くよ、と言って私の話を待った。

私は2人に嘆願しながら話した。

勉強道具と財布の入った鞄を、あの場所に置いてきてしまったことを。

後半につづく



この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?