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マーブル模様の通い路



 週末は大抵、痺れた腕の中にちょこんと収まるのつむじを愛でて、ペールトーンの浅い眠りを妨げないよう、ふたりにとっては少しばかり窮屈なベッドからなるべく、こっそりゆっくりと抜け出すけれど、またまた失敗、起こしてしまった。
「おはよう。ううん、もうこんにちはの時間だね」
「ん」

 挨拶もそこそこに、くるりと背を向け、壁に張り付く(の代わりにしないでくれ)。
 と、何かがかつん、と音を立てて小指の長さ程度の隙間に落ちる。後であのベッドの下を覗かなくては(少々、面倒なことになった、まあ、掃除のきっかけだ)とか、二度寝をする彼女をよそにキッチンを彷徨いて、食パン、ジャム、缶詰、冷蔵庫の余り物をステンレスの調理台に集め、
「よし、サンドイッチでも作ろう」
おまけにふと思いついた。

 これを持って、どこかに行きたい。

 いつもの過ごし方といえば、もっぱら一緒に居る。交際したての専門学生時代に、ふたりで張り切って書いた、〈お家デート〉のアイデアリストは実現の証である、和風なフレークシールでいっぱい、大きめのルーズリーフが華やか、次第に別のことをしながら雑談、互いがリラックスできる場所はここ、に。
 なんて素晴らしいのだろう。今ついでにパンの耳を使い、味見したラスクみたいなやみつきのハーモニーだ。

 僕には何の特徴もなくて、夕べ、インターホンをぴんぽんと鳴らした、若干ぶっきらぼうな配達員の方が顔立ちをはっきり覚えているくらい。 
 ところが君は最初に「(ヒ)ロムの匂いが好み」と言った。同じ柔軟剤やシャンプーを使用しても、天然が一番、落ち着くらしい。
 こちらは全く分からず。しかし、首筋から胸にかけて屡々、顔を埋め、大いに嗅がれる。
 従って、彼女は鼻が効く。

「ふわー、甘塩っぱい。お腹空いた」
 欠伸混じりの声が聞こえ、振り向くといつぞやの水族館で見たようなスローモーションで起き上がる。
「ね。天気良いし、出掛けようよ」
 丁度ダイニングテーブルに春が訪れて、タッパーに詰めたあれを掲げれば具は一目瞭然、僕の誘い文句に
「ドライブなら」
濡れた下瞼がきらっと光る洋室の姫、流石は恋人同士だった。


「次の交差点は左折、右折どっち」
 只今、運転中。助手席にて、せっせと日焼け止めを塗る君に尋ねては、首を傾げられる。
 迷ううちにハンドルを握った僕が決めて直進だらけ、
「いっそ、どこまでも真っ直ぐ。T字路は気分で」
新しい靴を買う時のように嬉しげで何よりだが、ペパーミントの丸っこい車は渋滞を避け、住宅と自然のバランスが絶妙な知らない町に差し掛かっていた。
「突き当たりやら信号待ち、私の生き様って感じ」
「この先ちょっと坂あり。僕もそんなもんさ、のぼってみる?」

 こうして僕らは調子にまで乗り、車内は腹の虫デュエット(とんだBGM)、それを越えた結果、小高い公園で朧げな、レトロアニメを思わせる町の景色を見下ろす。
 限りなく日常に近い旅、が、君の伸ばしたはいいものの切るタイミングを逃して妙に曲線を描く前髪ごと、虹色の風になびき乱れた瞬間の表情に、僕は何度だって想いを誓える。
「シースルーだよ。そっちの考えてること」
 さっと視線が自分に向けられ、ぎくり。
 陽射しを浴びるフェンスにかけた手を重ねて、出来る限りさりげなく、指を絡ませた。


「ピクニックだね」
 鳥のさえずり、新緑と木漏れ日、名も知らぬ草花の豊満な香り、走り回る子供たちの「待って」「きゃーっ!」といったはしゃぎ声、僕がギンガムチェックのレジャーシートをうっかり玄関に忘れても、君は顔をくしゃっとさせて笑い、いざという時の為、後部座席に積んでおいたバスタオルを広げてみせる。
「臨機応変。はい、どうぞ」
「ありがとう。割りとダイレクトな感触、新鮮かも」
 ぴたっと隣り合わせで座り、膝上にタッパーを置き、つまみ食いで消えたラスクは兎も角、ラップに包まれたサンドイッチと空気を味わう。咀嚼による暫しの沈黙、うむ。どうにも「遠足っぽい」とふたり同時に発した。
 
 君が苦手なきゅうりとツナサンドのみ残って、僕が平らげる。本当は「もっとおいしい組み合わせを見つけるから」の『また』が欲しく、わざと作った。
 遊歩道の人々、中には半袖がちらほらと、桜吹雪が舞ったと思えば、早くも初夏が近付く。
 そうやって、着替える際に僕の開襟シャツを勝手に借りた琴子(コトコ)のテーパードデニムパンツがたとえ色褪せていっても、寄り添う。

 ささやかなようで、たまらない幸せ。

 
「隙間の件だけど」
 帰り道、いちごミルクを飲みつつ、に話し掛ける。空は紙パックに描かれた文字の如く淡い赤に染まっていた。
 どうしてか、刹那を切り取らなければならない、衝動に駆られてスマートフォンのカメラで撮るも、データフォルダの写真と交互に眺めてみれば、肉眼で捉えた風景と異なる。
「定番のやつ。リモコンかな」
 渋滞にはまり、珍しくうーんと唸った後にクイズ宜しく答えた(きっちりの家まで送り届けるのに、『同棲しよう』とはまだ言ってくれないね)。

「……じゃ、なかったの。拾おうとしたらテントウムシがぽつんと。まさか変身、びっくり、信じられる?」
 熱を込めて喋り、つい強く握ってしまい、手元のパックがべしゃっと潰れる。中身が殆ど入っていなくて良かったはさておき、ちょっぴりマジカルな実話を聞いてもすぐさま
「勿論。なあんだ、気付いた時に教えてよ」
など顔を綻ばせ、沈みゆく太陽が真横に移り、あまりにも眩かった。
 
 価値観の違いに出会った場合はむやみにぶつからず「そっか、琴子はそうなんだね」と受け止める、親しみやすく、昼も子供に懐かれていた、ミュージアムショップの通販サイトだけで数時間は盛り上がる癖にドラマをまとめて視聴できない人。
 こんなヒロムとのストーリーが、少なくともシーズン100は繰り広げられますように。




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