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KILLING ME SOFTLY【小説】07_「」に嫌われている。

やがて、客としてではなくスマートフォン片手にニヤニヤ笑いを浮かべ、渦中の私を見に来ただけの暇人が続々と現れ、
「迷惑にしかならないので辞めます。」
と告げ、アルバイト先の輸入雑貨店を退職する。ここからクリスマスに年末年始と繁忙期を迎えるも、私が勤めたまま殺到するあれこれの対応に追われるより〈ずっとマシ〉だ。


流石にこの事態へ巻き込まれば、急きょ身を退く決断をしても特に責められはしなかったが、私の熱烈なファンであり、追い掛けるように働き始めた学生の従業員のみ
「莉里さん、お願いします、辞めないでください!」
涙ながらに縋り付いて引き留め、悲痛な叫びが耳に残る。斯くて職を失い、ただひたすら毛布に包まる現実逃避の1週間が幕を開けた。


インターネットの波に乗ると、とある匿名掲示板の中に新しく凛々香アンチスレッドが立てられており、目を血走らせつつ昼夜問わず張り付き、その動向を探っているうちに段々と精神が破壊され、私は抜け殻になる。


夏輝側の主張と外野の憶測を信じ、事実を捻じ曲げ誇張しては盛り上がって、私に対する意見ならまだしも、度が過ぎた憎悪や怨恨、ひいては死ねばいいのに、という書き込みを視界に捉えた瞬間、何気なく持つ包丁の先端を自らに向けた。


頸動脈を切る。
たかがそれだけのこと、もう終わり、この世とはさよなら、私が本当にいなくなればあなた達は満足ですか。
一連の流れがあまりに自然で、ちっとも面白くないのに馬鹿らしさから頬が緩んだ。


コンタクトレンズを外してぼやけた部屋、閉めっぱなしのカーテン、脱ぎ捨てた衣類、食べかけの冷凍食品、雨音、一見誰も〈深澤莉里〉を傷付けぬ安全な場所、ほんの僅かな隙間より差す西陽。


眩しくて、とても息苦しかった。



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