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タイサル!第30話「30回更新記念:タイサル!シリーズの振り返りと今後について」

みなさんこんにちは、だんだん寒くなってきてタイに逃げたい気分のポスドク研究員の豊田です。

タイサル!も第30話まで来ました。コロナ禍で調査に行けない隙間時間に始めたこの企画。気がつけば全体で5000ビューを突破し、750を超えるスキをいただくまでになりました。アクセス解析を見ていると、毎週150-200人の方々にご覧いただけているようです。いつもご覧いただいている皆様、本当にどうもありがとうございます。

たまに「なぜタイサル!を無料で公開しているのか」というご質問をいただくことがあります。理由は極めてシンプルで、お金を出してまで読む価値のある文章を配信できているとは思っていないからです。もちろん研究を実施するのはお金がかかるし、人生の時間を投資するわけなのですが、それを根拠に「私が発信する情報に対価をよこせ」というのは傲慢極まりないと思っています。一方的に商品を押し付け「代金を払え」と要求するのと同じで、このnote配信で有料配信を始めたら、まぁ、犯罪的ですねぇ。

そもそも論として、泥水と戦ったり、個体識別で精神が崩壊したりと、サルを見てニヤニヤしているだけの私がタイの田舎で意味不明なことばかりやってきた体験記を発信しているのがこのコラムです。そんなものに一体いくらの価値があるというのでしょうか。スキボタンをクリックしてもらう人差し指の労力くらいかな?

私がクソ真面目に時間とお金を費やして経験した、何の役にも立たない日常の出来事ばかりですが、そんな体験談が、誰かの隙間時間の暇つぶしになって、「こいつバカだなー」と笑いを誘ってくれれば、それで十分だと思っていました。

しかし、改めて名乗ると私は一応「ベニガオザルを研究する霊長類学者」の端くれの下っ端の底辺です。にもかかわらず、このnoteではまともにベニガオザルの紹介や、自分がやってきた研究そのものの話をしていません。そもそも「自称写真家」を名乗るという意味不明ぶりです。

研究者が書く文章なのに、読んでも時間を浪費するだけで読者が何ひとつとして学ぶことがないという体たらくは、本当に反省しなくてはいけません。世の中の優秀な研究者の皆さんはもっと真面目な情報発信に努めていますので、私も襟を正して「それらしい文章」を書かねばならぬのである、と言い聞かせております。

...と言いつつ既に用意していた下書きのタイトルは「雨の日の定番!カエルの唐揚げができるまで」という、相変わらず閲覧注意な画像がでてくる無益なエントリーだったのですが、これは節目の第30回にはふさわしくないので先送りにして、ちょっと真面目にこれまでのnoteの振り返りなんかをしてみようと思います。


今まで研究の話をしてこなかった理由

このnoteでは研究生活のアレコレを好き勝手に垂れ流してきたわけですが、肝心の「研究そのもの」について書いてこなかったのには、いくつか理由があります。

まず第一に、公の場で「ワシは学者である!」といって偉そうに研究の話をするというのが嫌いな性格というのがあります。おまけに私は大学教員ではなくただの研究員なので、授業や学生の指導をおこなう「先生」ではありません。よく「豊田先生」と呼んでくださる方がいて大変恐縮なのですが、私はそんな大した身分ではなく、調査をやることが仕事のただのフィールドワーカーなので、偉そうに講演や解説をする立場にもありません。なので「私はこんな研究をしてこんなことを解明しました!」などと豪語する態度は厳に慎むべきだと思っています。これはまぁ些細な話ですが、心の奥底にこういう感覚があるので、無意識のうちに研究について偉そうな解説文を書くことを避けていたのだと思います。

というか、すごいのは「私」ではなくて「サルたち」なのでね、基本的に。研究者の中には”自分がすごいこと見つけた”的なニュアンスの発言をする人もいますが、「それ、動物たちにとって当たり前だから」といつも心のなかでつぶやいています。ひねくれ者ですね。でも、本当にそう思っています。すごいのは研究者ではなくて、動物たちです。


第二に、私のベニガオザル研究は、まだまだ道半ば、達成度で行くと10%に到達しているかどうか、というレベルだからです。論文出版も学会発表もそこそこやってきましたが、実は「完成している」仕事というのはまだひとつもありません。なので、サルたちがすごいことは確かなのですが、「何がどうすごいのか」を説明しきれない、というもどかしさがあります。

私は博士課程の2年間を野外調査に費やしました。D論のテーマは一応持ってはいましたが、本心では「生涯かけて実施する研究テーマを発掘するために、未知なるベニガオザルの生態のアウトラインを掴む」という大目的がありました。これから先の人生も当然研究者として人生を生きていくものだと、漠然と思っていたからです。そのため、タイでの最初の2年間の調査は、論文を一本書くために、仮説を立ててそれを検証するデータを取るという”仮説検証型研究”ではなく、とにかく見たものをすべて記録して後から解釈するという”データ駆動型研究”をやってきました。

もちろんデータ駆動型研究にはリスクが伴います。博士課程には時間制限があるので、いつまでもダラダラと続けられるわけではありません。限られた時間の中で、アウトラインを構成する骨組みパーツを過不足なく収集しなければなりません。また、データがラフになりがちなので、論文化する際にはいろいろと突っ込みどころが増えてしまいます。

それでも私は、多少のリスクを犯してでも、大雑把でも良いから将来多様に発展しうる原石の塊を見つけてくるほうが大事だと信じ、調査をやってきました。そうしてベニガオさんたちを毎日眺め、自分が取ってきたデータをあれこれ整理しながら、面白い現象や取り組むべき課題をたくさん見つけてくることができたのです。あとは残りの研究者人生でこの「原石」を順番に切り出し磨きながら、研究を細く長く続けていこうと思っていました。

しかし、博士研究を終え学位をとったあと、研究の「原石」をたくさん抱え込んだまま、諸々の事情で本格的な野外調査を実施する機会に恵まれませんでした。ようやく2019年に調査再開に動き出した矢先、今度はコロナによって出鼻をくじかれ、もう1年半以上も経ってしまいました。博士研究で調査地を最後にしたのが2017年。その後、NHKのロケや短期調査で間をつないだものの、実質的な空白期間は4年近くになってしまっています。データの連続性がバッサリ途切れてしまったために、過去のデータの価値が下がってしまい、今ではまるで「賞味期限切れ」になってしまったような気分です。

...そんなこんなで、今の私が持っているのは、そんな中途半端なデータばかりです。そんなものを偉そうに掲げて仰々しく「ベニガオザル研究最前線!」などと声をあげる気には、全然なれなかったのです。おまけに研究は競争の世界、他言語も簡単に翻訳されてしまう世の中なので、アイデア段階の研究内容を不用意に拡散するのは危険でもあります。


という諸理由により、「研究」そのものよりも、「研究に奮闘してきた日々」に焦点を当てたタイサル!連載を始めた、というわけなのであります。目指すは梅棹忠夫の「東南アジア紀行」のような、冒険記というか探検記というか、そんな読んでいてワクワクするような「紀行文」でした。

それがいつの間にか「奇行文」になってしまっているのはご愛嬌ということで...


タイサル!シリーズの今後について

研究そのものについてフォーカスを当ててこなかったタイサル!ですが、今後は真面目にベニガオザルの情報や研究についても記事を書かねばならないなと思い始めました。

ベニガオザルに関する研究は少ないとはいえ、ゼロではありません。1970−80年代頃を中心に、飼育条件下で様々な報告があります。こうした情報は、私が研究を始める基礎となった情報です。

ところが実際にネットで「ベニガオザル」と検索しても、まともな情報にたどり着くことはありません。なによりベニガオザルは日本の動物園では一箇所でしか飼育されていないレアなサルなので、一般的な知名度はほぼゼロです。Wikipediaでさえ、短い簡単な紹介がある程度で、詳しいことは全くわかりません。「ダーウィンが来た!」や「ワイルドライフ」でベニガオザルが放送されたことで、ベニガオザルを紹介するまとめサイト的なページがいくつかできているようですが、いずれもテレビの内容をトレースしただけで、中には誤解に基づく記載もたくさんあります。僕の論文読んで!と思いますが、研究者でもない限り誰が好き好んで英語で書かれた論文をわざわざ検索して読んでくれるでしょうか(いいや、読まない。絶対に読まない)。

ベニガオさんについては可哀想なことに、「人間と同じように、ハゲまぁーす!」という情報が独り歩きしており、中には聞いたこともない根拠不明のデマレベルの情報まで見かけることもあります。なので、やっぱり正確な情報を発信することは大切であると思った次第です。



...と思っていたのが、この投稿の草案を書いていた先週。

時を同じくして、というか、ちょうどピンポイントで、と言うか、とあるところから、とある形で、ベニガオザルの研究に関する成果を一般向けに世に出しませんか、というお誘いを受けたのであります。

「とあるところから、とある形で」というのは、決まったら正式にお伝えしますが、今のところは乞うご期待ということで、詳細は内緒にしておきます。

そこでは、私のベニガオザルの研究のほぼ全てを紹介することになるのではないかと思います。やってきたことも、やりかけのことも、これからやろうと思っていたことも。

研究者人生のうち、自分で調査ができる期間は限られています。特に、海外に拠点を持ち、長期で野生動物を追いかけなければならない仕事をしている人は、大学で職を得てしまうと調査に行く時間はほぼなくなります。

私は幸いなことに、とりあえず来年度から3年間、学振PDに採択されたので、このうち2年間は海外調査に費やすことができます。これが最後の野外調査になることでしょう。その後の人生は2択です。調査の最前線から引退し大学教員としての道を生き残っていくか、任期切れと同時に無職に転落するか、どちらかです。

もともと私は調査が好きで、好きなことをやる手段として研究職をやっているだけなので、「どこそこ大学の教授様になりたい」とかいう野望は全くありません。調査さえできるのであれば、肩書や給料はどうでもいいとさえ思っています。研究ができないのであれば研究職に拘る理由もなく、逆に研究ができるのであれば飯を食うための職業は研究職でなくても一向に構わないというのが私のスタンスです。

しかしそれはあくまでも私個人の選択であって、霊長類学という学問と、その範疇で行われてきたベニガオザル研究というものの学術的な総括は、私が研究者の肩書を保持している間にやり遂げなければならないわけです。なので、今はそれを頑張っている最中です。この「ベニガオザル研究に関するなにか」は、私にとっては「研究者としての遺書」みたいな気持ちで世に送り出すことになると思います。



...というわけで、本題のこのnoteの今後についてですが、ベニガオザルの「研究そのもの」に関する紹介は、その「遺書」に託そうと思います。なのでnoteでは今まで通り、気楽に調査生活の日記みたいなものを配信していこうと思います。たまに、世に送り出すはずだった遺書の一部がこのnoteに流れてくることもあるでしょう。来年度以降はいよいよ渡航再開できそうですので、タイからリアルタイム更新ということもあると思います。YouTubeチャンネルを使って調査地からライブ配信というのもやってみたいと思っています。このnoteを中心媒体に、いろんなことを試してみたいと思っています。

読者の皆さんからのご質問もお受けします。Peingみたいな質問箱をTwitterでやってもいいのですが、匿名でないと質問できない内容ってないと思うので、直接リプライでもDMでもいいので、お気軽にご質問ください。

そんなこんなで、これからも「タイでサル調査!研究奮闘記」をどうぞよろしくおねがいします。あくまでもお手すきの時間に、暇つぶしとして、読んでくださいね。

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来週のタイサル!は、もちろん、「雨の日の定番!カエルの唐揚げができるまで」です!

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タイサル!シリーズ過去の配信アーカイブはこちらから↓

連載コラム「タイでサル調査!研究奮闘記」配信開始のお知らせ
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n28a1dc0c9402
第1話「海外調査の生活拠点」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n985accf6fef3
第2話「調査地で楽しむタイ料理!食事編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n5444528ab0bb
第3話「シャワーも命がけ!?お水事情その①」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nf5bcd9a17bc1
第4話「シャワーも命がけ!?お水事情その②」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n7c4f68bf12d1
第5話「シャワーも命がけ!?お水事情その③」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n56d26d529251
第6話「泥水との激戦を終えて」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n375ca4ab7be2
第7話「調査生活のオトモ!タイの犬たち」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n7968f75aea75
第8話「その日のことはその日のうちに!調査の1日のルーティンワーク」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nfdac8fac1ec6
第9話「忘れ物確認ヨシ!調査時の装備について」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n4fef7eb2e320
第10話「写真へのこだわり」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/na4da37e13e8d
第11話「誰だ誰だかわからない!個体識別の話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n1648bde20bab
第12話「ゲシュタルト崩壊!全頭識別への道」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n24c3478ea661
第13話「サルたちの名前の付け方の話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nb6a8e6119ced
第14話「タイの仏教文化とサルたちの関係について」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n9a7a6814730d
第15話「タンブン行為で私が心配していること」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nd1360f5568af
第16話「タイ生活の必需品、プラクルアンとは?」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n6bcc5b875bb5

タイ南北調査特集はこちらから↓
第17話「南北調査シリーズ開始&YouTubeチャンネル開設のお知らせ」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/ncab1c13b6bf9
第18話「南部調査その①:Puckerを拝みに...キタブタオザル編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n5d3df0969439
第19話「南部調査その②:白いメガネが印象的!ダスキールトン編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/na32091a5b055
第20話「南部調査その③:見慣れたサルのはずなのに...ベニガオザル編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n3488e5942c1a
第21話「南部調査その④:アナタどこにでもいるわね!カニクイザル編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n219720155be3
第22話「北部調査その①:黄金の赤ちゃんを求めて〜ファイヤールトン編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/ndeb079c8825c
第23話「北部調査その②:ガイコツの隣でうんち拾い...アッサムモンキー編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/naf23f701a677
第24話「南北調査おまけ:噂のココナッツモンキーを求めて−モンキースクール編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nfb50e551aa1a

第25話から調査地シリーズに戻ります↓
第25話「年に一度の風物詩!コウモリ集団飛翔の撮影秘話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n0b4911b372e2
第26話「気づけば部屋が虫だらけ!マレーンマオ大量発生の悲劇」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n264fade216ea
第27話「思い出いっぱい!タイで購入したmy冷蔵庫の話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n071966d6f39a
第28話「クリスマスにひとりで死にかけた話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nead29459b1db
第29話「調査地での同居人・チンチョッとの日々のあれこれ」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nab48db873ca1

番外編の過去の配信アーカイブはこちらから↓
私論:「ココナッツモンキー」は動物虐待なのか?
https://note.com/arctoidestoyoda/n/ne6add28fc064
遺跡の街ロッブリーに住むカニクイザルの歴史
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n1679cb4029b2

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個人ホームページを開設しました。こちらからどうぞ。
Twitterはこちらです。ベニガオザルのみならず、これまで撮影してきたサルたちの写真を載せています。

イラストレーターのはなさわさんのサイトはこちらです。
こちらもあわせて御覧ください。

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