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『「じゃ」へ。』

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恋を知らぬ小説家の女と、 愛を拒絶する隠居男の同居譚
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プロローグ:逆転スペクトル

プロローグ:逆転スペクトル

「恋ってどんな感じ」と君が言った。
「君はうちのことが好きなんでしょ」と君が言った。

「わからない」と僕が言った。
「強いて言うなら友情とは違う」と僕が言った。

「たとえば?」と君が言った。
「どういう時に、どんな気持ちになるの」と君が言った。

「小説を書く時に君を出したくなる」と僕は答えた。
「そばにいることを許されたい気持ちになる」と僕は言った。

「その感覚は知らないな」と君が言った。

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『「じゃ」へ。』

『「じゃ」へ。』

朝、何か足りない思ったら、いつきだった。

なぜか起きた時に何かがなくなったと感じた。

靴が一足たりなくて、リュックが一つなくなって、代わりに原稿用紙の束が一つ増えていた。

彼女の収納には漫画も雑貨も日用品も大半の服が置き去りにされていて、すぐ帰ってきそうな荷物の減り方にしては無機質すぎて、むしろその、リュック一つ分のスペースがものすごく大きくて。

風呂場には金木犀のシャンプーが置いてあった

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もしかしたら。いつきと普通に恋愛して、一緒にいられると思ったんだよ。

もしかしたら。いつきと普通に恋愛して、一緒にいられると思ったんだよ。

もっと言い方があったじゃん。

なんであんなふうに言ってしまったんだろう。

なんであんなふうになってしまったんだろう。

思えばいつだって振り返った時だ。壊してしまったと気づくのは、そのきっかけになったと気づくのはいつも後だ。だから後悔というのだ。



その日、いつきに名前で呼んでいいか聞かれた。

いつも通り、何も意味がない。定期的にやってくるそれだ。雨が降って一緒に風呂に入った夜だった。

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僕らはいつも以上に強く密着したし、キスもたくさんしたけど、本当に不思議なくらい何もなかった。

僕らはいつも以上に強く密着したし、キスもたくさんしたけど、本当に不思議なくらい何もなかった。

…カチッ………………………….

雨は降っていなかった。

でもなんだかその日はずっと一緒にいたくて、それも、いつきも同じような気持ちだったみたいで。

家に着くなり、給湯器の温度を下げて、湯船にお湯を溜めた。

しばらく開けていたのでむわっとする部屋にエアコンを最低温度でかけて入浴後に備えて、ついでに各々、着替えを出そうとしたが、結局出したのはバスタオルだけだった。

風呂に入るまで一切喋らなか

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『「じゃ」へ。』のキャラ設定(定期)

『「じゃ」へ。』のキャラ設定(定期)

キャラ整理古賀いつき

基本
・27歳(5/29)
・広島県出身
・職業:作家(ジャンル:純文学)
・身長:158cm
・性格:適当
・イメージカラー:鶯色(渋めの濃い緑、灰色がかった緑褐色)

・特技:文章を書く、倒立(運動神経がいい)
・苦手:片付け、整理整頓、集団行動、貯金
・好きなもの:チョコミント(アイスもお菓子も)、漫画、ステッカー集め(PCに貼る)
・趣味:漫画、あおの小説を読む、散

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年に一度の髪を結んで月明かりとヘアゴム。

年に一度の髪を結んで月明かりとヘアゴム。

7/7

会えてると思う?と君が聞いた。「あおい」と呼ぶ君は今日は元気で、でも、目をとろんとさせて僕の腕の中で。

年に一度だから必死でしょう。と僕が言うと「なかなかの焦らしプレイだよね」と下品に笑った。

窓から差し込む月明かり。ほんのり照らされるいつきをみて、1年に1度なんて耐えられないなと思った。悲しくなったので髪をわしゃわしゃとした。「なんじゃ」と訛り口調で見上げる君はやっぱりかわいい。

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返事の代わりのハグが、くすぐったくて、くすぐったくて。

返事の代わりのハグが、くすぐったくて、くすぐったくて。

7月4日。

ひまわり色のロングスカート、真っ白なオーバーサイズのTシャツ。

肩まで伸びた髪を後ろでチュンと結んで。

結んでスッキリした耳周り。フープイヤリングの存在感が増す。夏の陽に反射してどこまでも輝く。

誰にも見せたくないほど綺麗ないつきを駅からさりげなく遠ざけて人が少ない海沿いを散歩する。

「暑いな」と言うと「夏じゃけ」と、何言ってんだこいつ、みたいな目で僕を見た。堤防にヒョイっと

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やっぱり暴論。でも本当。

やっぱり暴論。でも本当。

過去がないなら作ればいい。

暴君めいた発言に妙に納得した。

「一人称の小説なんか特にそうじゃろ」

主人公の(自分の)視点で書く形式は、創るというより思い出す、表現が適していると思う。

「あおはその陰鬱極まりない哀しき哀れな学生時代でさ」
「失礼すぎる」
「あれじゃ、自分の経験だけで書くならつまんないし数もでない。じゃけえ、経験したことにすればよろしい」

「うちらは嘘で飯を食ってるんじゃ」

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「これはな、”あっちで”言ったらおしまいなゲームなんじゃ」(後)

「これはな、”あっちで”言ったらおしまいなゲームなんじゃ」(後)

「お、起きた」

ぐっしょり汗をかいていた。

「落ち着いた?」いつきがタオルとコップを持ってきた。
「倒れたんよ」とキッチンの方を指した。

「そうなの?」
「覚えとらん?」
「うん」
「いやー、わるいね」
「なんで?」

どうやら僕はいつきが発作を起こした時に一緒にパニックになって倒れたらしい。

「うつっちゃうからね。パニックってさ」
「今までそんなことなかったけど」
「あお、最近忙しかった

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「これはな、”あっちで”言ったらおしまいなゲームなんじゃ」(前)

「これはな、”あっちで”言ったらおしまいなゲームなんじゃ」(前)

なんだって、いつもこうなんだろう。

夢なのはわかっていても現実だと思い込む矛盾。

いや、これ夢だよ。
今夏だし。なんでここ雪降ってんだよ。

それでもだんだん夢から現実に移行していく。
抗うことはできない。だって夢だから。

気づけば移り込んで、迷い込む。

リアルな感覚。
音、匂い、触感。

現実だと思っても仕方がないでしょ。

気づけば「こっち」が現実になっていた。





・・・

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ちょっと思ったんですよ。

ちょっと思ったんですよ。

なんかね、時々思うんですよ。

「なーんで生きてるんだろー」
「あ?」

あ、口に出てた。

「病んでんの?」
「どうだろ」
「うちの薬飲む?」
「ちょーだい」
「ダメに決まってんだろ」
「うへー」

カタカタカタカタ、彼女の背中。
カタカタ産んでダダダと殺して流れる命。

「あおって時々そうなるよな」
「いつきはないの?」
「あんまないな」
「そっかー」
「どっかで聞いたけど、退屈な時にそういう

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ある日の指輪とシモキタと井の頭線と。

ある日の指輪とシモキタと井の頭線と。

「そういえばさ」
「んー」
「最近こないよね」
「あー、もう夏だし」
「季節関係あるの?」
「あおも雨の日に調子悪いじゃろ」
「うん」
「そんな感じ」
「ほー」
「ま、最近は元気じゃ」
「さいですか」
「なに、寂しいの」
「いや別に」
「可愛げないな」
「じゃあ寂しい」
「じゃあアイス奢って」
「じゃあってなんだよ」
「なんでもー・・・ほい、添削」
「ありがとー・・・今回少なめね」
「最近いい感じ

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僕は毒を出すのに、その毒を受け入れられない。

僕は毒を出すのに、その毒を受け入れられない。

どうか・・・

そう何度も願い、書き、祈ってきた。

静かに丸く眠る彼女。

彼女が寝ている部屋のドアをあけて、キッチンからのぞきながらこの文章を書いている。

頼りない蛍光灯の下で静かにキーボードを撫でる。深夜2時の虚な意識で書く本音。夜こそ人を正直にさせる。

手が止まると歪な音を立てる蛇口を捻ってコップに水を注ぎ飲む。築50年。二人用住居。内見の時、前住人は夫婦だったと知らされた。僕は最初一

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売り切れたチョコミントと代打の色気

売り切れたチョコミントと代打の色気

「6月は祝日がー?」
「ない」
「つまりー?」
「つまりー?」
「・・・」
「・・・自分で振っといて?」
「あおならなんか言ってくれるかなーって」
「レスポンス側の負担半端ないな」

「あお、どう?」と指で輪っかを作った。金ある?と。
「この前漫画買いすぎて余裕ない」
「じゃ、アイスデートで我慢したるわ。今晩空けといて」
「・・・何様?」

まあ、いいけど。かわいいから。



「最近暑いね」

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