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短編小説・掌編小説

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短いお話です
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#掌編

泥の道【掌編】

泥の道【掌編】

 足首まで沈む。泥でぬかるんだ地。もっと速く進みたいのに、進めない。ようやく右足を泥から抜いて、一歩前へ。また泥へ沈む右足。左足も泥から抜いて、一歩前へ。また泥へ沈む。この繰り返しを何度も繰り返す。進まない。
 鼠色の曇った空から、雨粒が、一つ、二つ、三つ。やがて、無数の雨粒が落ちる。さらに泥が重くなる。早くここを抜け出したいのに、進めない。一向に。
 重たくなった泥が私の足首を掴むので、前に倒れ

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坂道【掌編】

坂道【掌編】

 私の自宅前には、かなり急な坂道がある。行きは下り坂、帰りは上り坂。そのため、仕事が終わり、疲れ切った身体を引きずりながら、上り坂を登り切り、ある種の達成感と共に帰宅するのが日常である。
 今日は、朝から雨だった。仕事が終わっても雨はまだ降っていた。傘を差しながら歩き、自宅前の坂道に辿り着く。見上げた頂上に我が家がある。明かりが点いている。いつものように妻が夕食を用意してくれているだろう。5歳の息

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首花【掌編】

首花【掌編】

 寝違えたのかもしれない。首が痛い。朝起きた時は、何ともなかったのに、夕方、仕事が終わって、帰宅時に痛みに気付いた。右側の後頭部から首の付け根辺りまで痛い。一晩寝たら治るかもしれない。軽く考えて、そのまま就寝した。

 そして翌朝、目が覚めて、枕から頭を起こそうとすると、激痛が走った。悪化してしまったようだ。ゆっくりと体を起こして、ベッドから起き上がった。幸い、今日は休日である。外出する用事もない

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アラジー【掌編】

アラジー【掌編】

 爪は伸びる。放って置いても伸びる。仕事が辛くても伸びる。ご飯の味がしなくても伸びる。傘を忘れて雨に濡れても伸びる。長い間一緒に暮らしていた人間の言葉が理解できなくなっても伸びる。

 だから私は今爪を切っている。爪切りから音が響く。連続する音の切れ間から、人間の言葉が時折紛れるけれど、私の耳はそれを理解できないでいる。雑音。爪切りの音の方がまだ心地いい。

 私は爪を切りながら思い出していた。今

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月明かりが透明【掌編】

月明かりが透明【掌編】

 雨上がりの匂いがアスファルトから香る。湿ったアスファルトの皮膚を照らす月明かり。僕の踵から弾け飛ぶ滴にも月明かりが跳ね返る。薄いガラスを弾いたような音が聞こえる気がする。
 雲の隙間から月が覗く。満月だ。纏わりついた雲に滲む月明かり。薄い雲では到底受け止めきれず、この地上に降り注ぐ。
 目を背けたい、悲しみや、痛みや、後悔なんかを、浄化してくれるんじゃないか、そう期待してしまうほどに、月明かりが

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アイスピック【掌編】

アイスピック【掌編】

「あなたは私を見捨てるのね」
 母は憎しみを込めた目で私を睨むと、アイスピックを手に取った。
 逃げなければいけない、のに、何故か、体中から力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。立ち上がることも出来ない。声を上げることさえも。ただ、目を固く閉じることしか出来なかった。
 悲鳴がした。私の声帯は閉じられたままだったから不思議に思い、目を開けた。
 グレーの絨毯にどす黒い何かが飛び散っている。それ

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靴紐【掌編】

靴紐【掌編】

 靴紐がほどけた。僕はしゃがみこんで靴紐を結び直す。きれいに結んだ靴紐。今朝磨いたばかりの靴の爪先には、憂鬱な僕の顔が映し出されている。
立ち上がり、爪先を軽くノックする。すると、その音を合図に風が吹いた。街路樹の枝が揺れ、葉が小波のような音を鳴らす。
 今日も僕は会社へ向かう。行きたくないのに向かう。本当は、会社へ向かう道とは逆方向の道を選びたい。しかし、選べない。
 自転車に乗った学生達が僕を

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蜜柑空【掌編】

蜜柑空【掌編】

 蜜柑の皮に爪を当てると甘酸っぱい果汁が飛んだ。テーブルに雫が一粒。その一粒の水面に僕の顔が映る。感情のない顔。僕はそれほど悲しくはないんだ。
 同級生の高村からメッセージが届いた。
「明けましておめでとう」
 高村とは三年以上会っていない。故郷に帰るたびに一緒に食事をする仲。だけど、三年以上故郷に帰れていないから。こうやって、正月にメッセージを送り合うだけ。
「明けましておめでとう。今年こそそっ

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夜明け【掌編】

夜明け【掌編】

 薄紫色の縁に橙色の滴がひとつ。小さな雫は次第に大きくなり、やがては獣のように牙を剥き口を開け夜を飲み込んでいく。夜の叫び声が星々に響き渡る。怯えた星は震えあがり姿を隠した。朝だ。朝がやって来たのだ。
 雲にまとわりついていた闇は朝が奪い去った。漂白された雲に朝陽が滲む。甘酸っぱい果汁の色をした雲に吸い寄せられ、鳥たちが空へ飛び立つ。鳥の囀りと羽ばたきが地上へと降り注いだ。
 朝の光は正しい。僕は

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走る人【掌編】

走る人【掌編】

 口から吐き出される蒸気は空に昇る。朝陽の果汁に浸され桃色に染まり、横切った小鳥の羽根を撫でた。僕の足音に小鳥の囀りが交ざる。ドラム音のように鳴り響くのは僕の鼓動。
 仕事を辞めた僕は、早朝にランニングをするのが日課になった。通勤する大人も通学する学生もいない。世界に一人きりになった気分だ。冬の早朝はとても寒いけれど、走って十分ほどすれば、身体が温まり気にならなくなる。むしろ、冷たい風が眠気を吹き

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眠る人【掌編】

眠る人【掌編】

 腕や脚や胴体に蔦が巻き付いて僕の身体を引きずり込んでいく。睡眠。
 ベッドというのは、眠る為にあるものだ。
 時々、そんな場所に他人が眠っている時がある。そういえば、僕はこの人に以前、合鍵を渡していたかもしれない。
 僕が眠る為の特別な場所を誰かに占領されているなんて。怒りよりも悲しみが湧いてくる。怒れない。それは僕のベッドに無断で眠る他人が愛おしいからではなく、ただ、怒る程の気力が僕の身体に残

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青葉闇

青葉闇

 そこにいるのはわかってる。息をひそめて機会をうかがっているんだろう。
 僕はソレと目を合わせないように歩みを進める。しかしソレはひたひたと後をつけてくる。隙間から入り込もうとしている。鎧のようにまとった正しさの僅かな隙間から。僕の弱い部分。自覚している。自覚しているのにいまだに強くなれない。僕はソレに見透かされている。強くなりきれない僕の不甲斐なさや後悔や罪悪感さえも。
 艶々とした青葉の上で跳

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チーズ蒸しパンの中で暮らしたい

チーズ蒸しパンの中で暮らしたい

 転ばないように下を向いて歩くようになった。もう長い間空を見上げていない。
 ショーウインドウに映る僕の姿。背中が曲がり、白髪が増え、目からは光が消え、たった一年で十歳以上年老いたようだ。
 もう転びたくないんだ。擦り傷さえ怖いんだ。
 うっかり、光に憧れ、空に手を伸ばし、足元の小石に躓いたあの時。身の程を知った。
 傷口から溢れ出す血が沼のように広がって、僕の足首を掴む。何度も何度も立ち上がろう

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征服者

征服者

 休み時間なんていらない。学校なんて勉強する場所なんだから。ただただ勉強して、休み時間を削った分早く帰宅したい。
 学校に友達はいない。作り方がわからない。
休み時間は暇で仕方なかった。机に頬杖をつき、教室の窓から見える空に何か意味でもあるような素振りをしながら、クラスメイト達を観察したりしている。すると、彼らがうっかり本性を現す瞬間を見つけたりも出来る。
「邪魔」
 人気者のあの子は、私とすれ違

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