マガジンのカバー画像

短編小説・掌編小説

99
短いお話です
運営しているクリエイター

記事一覧

タクシーに乗って【短編】

タクシーに乗って【短編】

 乗車したタクシーが空へと舞い上がる。
「どちらまでいかれますか?」
 隣の運転席は無人。スピーカーから流れる声に
「クジラ通り三丁目」
 と答える。
「かしこまりました」
 スピーカーから返答がある。
 金曜日、19:33、僕はタクシーに乗って、君の住むクジラ通り三丁目へと向かう。
 眼下には星屑みたいなネオン。あの光の一つ一つには、誰かが息づいているというのに、見下ろすとただただ輝いているだけ

もっとみる
ネギサムライ【短編】

ネギサムライ【短編】

 エコバックを忘れた。仕方がないからネギは背中のリュックに突き刺した。
「ネギを買ってきて」
 と同棲中の彼女から頼まれた。だったらいいけど、そうじゃない。一人暮らしの僕の夕食を少しでも美味しくするためには、ネギがどうしても必要だった。だから、仕事帰りに買っただけ。
 僕は背中にネギを差したまま、自転車で自宅アパートへと向かう。
 今日も馬鹿みたいに暑すぎる熱を放出していた太陽が、ようやく地に沈も

もっとみる
海を見たいともがくだけ【短編】

海を見たいともがくだけ【短編】

 当然だ。「別れたい」君から届いたメッセージ。
 ここ数か月、君と休みを合わせることが出来なくて、ずっと会えていなかったから。それでも、マメに連絡を取っていたら、よかったのかもしれないけれど、出来なかった。仕事が終わったら、少しでも早く帰宅して、食事をして入浴して、一分でも長く眠りたくて。余裕がなかった。その程度の気持ちだったのかと問われそうなので、言い訳には出来ない。だから、僕は
「ごめんね」

もっとみる
ネコ先輩【短編】

ネコ先輩【短編】

 ネコ先輩が死んだ。
 友人の達也から、スマホにメッセージが届いていた。確認したのは休憩中。コンビニで買ったサンドイッチを食べ、デザートの杏仁豆腐の最初の一口を味わっていた時だった。
「ネコ先輩、亡くなったらしい」
 杏仁豆腐の味が舌の上から消えていった。
 メッセージが届いたのは、およそ10分前。達也もちょうど休憩時間なのだろう。
「は?」
「この前、職場の同僚と『たんぽぽ』に飲みに行ったんだけ

もっとみる
雨催い【短編】

雨催い【短編】

 分厚い灰色の雲が白く光った。続けて雷鳴。降り出しそうだ。雨が。傘は持っていない。だから、私は足を速めた。待ち合わせ場所には、後十分。あの人の車が待っているはず。持ちこたえてくれたら、私は、濡れずに助手席へ座れる。一時間近くかけたメイクやヘアセットが台無しになりませんように。
 ヒールの音が私の脳をノックする。おいおい、正気ですかと。
 これまで、あの人が、私のメイクやヘアスタイルを褒めてくれたこ

もっとみる
哀愁スイカ【短編】

哀愁スイカ【短編】

 艶々と光るスイカの表皮を睨みながら、腕を組んでいるのは僕だ。
 何年スイカを食べていないだろう。
 子供の頃、夏になると父は決まって、スイカを一玉買って来た。僕は三人兄弟の長男で、次男と三男、父と母、五人家族で、そのスイカを切り分けて食べた。口の周りを果汁だらけにして、種をふざけて飛ばし合ったりして、笑いあいながら、皮の白い部分ぎりぎりまで食べた。大きな一玉は一瞬でなくなった。
 大人になってか

もっとみる
月踏み【掌編】

月踏み【掌編】

 月を踏みそうになった。
 雨で濡れたアスファルトに、映し出される月の姿。かと思ったら、それは、街灯の光であった。人気がなく、足音さえも夜空に反響するほどに静かな夜。足元には、月の姿に化けた街灯の光が連なり、俺の進むべき先へと誘っている。
 傘を持つ手には、雨の滴が弾ける僅かな振動が伝わってくる。足音よりも小さな雨音が心地いい。
 顔をあげ、街路樹の青葉を見上げると、雨粒が涙のように悲しく滴ってい

もっとみる
ウルフ【短編】

ウルフ【短編】

 狼のマスクを被った男。細身で長身。背筋が伸び凛としている。彼はライフル銃を手にゆっくりとした動作でステージに上がる。
 ステージの中央には講演台があり、さきほどまで熱弁をふるっていた50代の県会議員の男がいた。その男は両手を挙げている。兎の仮面を被った男がこめかみにライフルの銃口を当てているからだ。
 満席の観客席からは悲鳴が聞こえる。席を立とうとする者もいる。しかし、このホールの出入口は、鶏の

もっとみる
みだれ髪【掌編】

みだれ髪【掌編】

やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君。
あなたに流れるあつきもの。
それを、どうか、私に飲ませてください。
見返りなどいりません。
ただ、あなたは、目を閉じ、夢心地でいればよいのです。
春雨に濡れ、穏やかに、眠っていればよいのです。
小琴の音を互いに奏でましょう。
雨滴る葉の下で、迷いながらも、互いの熱さ通わせ、泉の底まで参りましょう。
匂い立つ、くれないの薔薇を探し、唇を重ね、

もっとみる
夏みかんは知らない【短編】

夏みかんは知らない【短編】

 入道雲を横向きに見ていた。
 畳に寝転がり、開け放った窓から夏空を眺める。私の頬にはすでに畳の跡がついている。どれくらい、この態勢で過ごしていただろう。とにかく、今日は、何もやる気が起きない。夏バテというやつなのかもしれない。
 扇風機から送られてくる生温かい風が、私の前髪を揺らしている。自分で切り過ぎた前髪。これくらいの失敗ならいい。だって、前髪はまた伸びる。取り返しがつく。だけど、取り返しの

もっとみる
笑う人【短編】

笑う人【短編】

 先客がいた。私は思わずドアを閉めた。すると、ドアは再び向こうから開けられた。
「よかったら、少し、お話しませんか」
 彼は私に笑いかけた。
「お話ですか?」
 私も笑顔で返す。
「ええ。実は、あなたを待ってたんです」
「私を?どういうことですか?」
「説明しますので、どうぞ、こちらへ」
 彼は私を促す。非常階段へ。

 私は昼食後、非常階段で一人、缶コーヒーを飲むのが日課だった。
 廊下の突き当

もっとみる
ミア【短編】

ミア【短編】

 月明かりが水面で踊っている。音もなく穏やかに流れる川の水面で。
 濃紺の空に深紅の飛沫が舞う。彼の身体が、月明かりに輝く川へと倒れた。波立つ水面から月明かりが飛び散る。
 彼の下半身は川辺に残ったまま、上半身だけが川に浸かった。川の流れは、彼の身体を避けて流れ、何事もなかったかのように、月明かりは再び水面で踊る。
 水面が深紅に染まっていく。彼の額に開いた穴から流れゆく血液。深紅に染まった絵筆を

もっとみる
かみ砕く【短編】

かみ砕く【短編】

 氷を無性に齧りたくなるのは、鉄分が不足しているかららしい。
 冷凍庫からロックアイスを一つ取り出し、私は口に放り込む。奥歯でかみ砕く。ガリガリと音を立てながら。頭蓋骨が振動する。そして、冷たさが頬の内側、舌の上に広がっていく。頭が冴えていく。頼りない上司の姿が浮かぶ。いっそ消えてくれたらいいのに。願いを込めて、力強くかみ砕いてやる。粉々になった氷は、私の熱で消えていく。吸収される。消滅する。
 

もっとみる
スイカバーあげる【短編】

スイカバーあげる【短編】

「スイカバーって世紀の大発明だと思わん?」

 唐突に私に話しかけて来たコウタの手には、半分ほど齧ったスイカバー。暑さで溶けかかっており、今にも滴が床に落ちそうだ。

「えっと、うん、そうだね」

 愛想笑いで返すと

「食べたことはあるよね?」

 と質問された。

「あるけど、大分前かな。最近は食べてないかも」

「マジで?俺、夏はほぼ毎日スイカバー食べてる」

「そんなに好きなんだ?」

もっとみる