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スイカバーあげる【短編】

「スイカバーって世紀の大発明だと思わん?」

 唐突に私に話しかけて来たコウタの手には、半分ほど齧ったスイカバー。暑さで溶けかかっており、今にも滴が床に落ちそうだ。

「えっと、うん、そうだね」

 愛想笑いで返すと

「食べたことはあるよね?」

 と質問された。

「あるけど、大分前かな。最近は食べてないかも」

「マジで?俺、夏はほぼ毎日スイカバー食べてる」

「そんなに好きなんだ?」

「好き、好き、大好き」

 その言葉がスイカバーに対してだとわかっているのに、心臓が高鳴ってしまう。こんなの嫌だ。顔に出ていなければいいけれど。

 一月前から、私は大学受験に向けて、この学習塾に通うようになった。コウタは一年前からここに通っているらしい。誰にでも分け隔てなく話しかける気さくな性格。たまたま隣の席になっただけでも、こうやって話しかけてくれる。

「おーい。そろそろ始めるぞー」

 先生が教室に現れる。コウタは慌ててスイカバーを食べ終わり、残った棒を近くのごみ箱に放り投げた。うまく入った。それを見ていた私に向かって、コウタはにこりと笑いかける。その笑顔は反則だ。思わず顔を逸らし、手元のノートにシャーペンを滑らせた。

 

「先生、バイバーイ」

 授業が終わり、教室を出ていく先生に向かって、手を振っているのは、私の親友でもあるカホである。女子でも見惚れてしまうほどの美少女。彼女も気さくな性格で、先生に対しても、友達みたいな対応をする。三十代半ばの男性教師が、そんなカホに対して、嬉しそうにニヤニヤと笑みを浮かべ、手を振り返している。こういう大人の男の姿を見ると、気持ち悪く感じてしまう。でも、私だって、コウタの笑顔には弱いから、人の事言えない。私だって気持ち悪い。嫌だ。嫌だ。

「シオリ、帰ろう」

 カホが私に声をかける。

「うん」

「どうかした?」

 私の表情が曇っている事を察知したのだろう。カホは顔を覗き込んでくる。

「いや、おっさん、キモいなって」

 おっさんとは先生の事を指す。

「女子高生が手振るだけで喜んでくれるんだもんね。ちょろいよ」

 カホは面白がっている様子だ。

「カホだからだよ。私が手振ったって、あんな風にはならない」

「そうかな。嬉しいと思うけど」

「それはない」

 大きく首を振る。以前、私が先生に質問しに行った時、面倒くさそうに対応されたが、カホに対しては嬉しそうに答えていたことを、私は覚えている。カホの親友を小学生の頃から続けている。その対応の違いは、嫌と言うほど経験してきたのだ。だから、男なんて嫌いだった。コウタに出会う前までは。

 コウタは、私とカホに対して、同じように接してくれる。違いがない。そんなこと、初めてだった。だから気になってしまう。そして戸惑っている。

 

 カホと共に学習塾を出た。隣にはコンビニがある。そのコンビニから、コウタが出てきて、私達と出くわした。

「よう」

 コウタの手には、またスイカバーがあった。すでに一口齧ってある。

「スイカバーだ。美味しいよねー」

 カホがそのスイカバーを指さす。

「うまいよな。食べる?」

 コウタは食べかけのスイカバーをカホに差し出す。

「食べる!」

 躊躇なく一口食べるカホ。胸が痛い。二人には悪気はないのはわかっているのに。

「ほら」

 コウタは私にも差し出してくれる。これは、食べるべきなのか。でも、コウタの食べかけなんて、私には刺激が強すぎる。迷っていると

「あ、食べかけだもんな。ごめん」

 謝られてしまった。謝らないで。

「スイカバー今日は二本目だよね」

 本当は食べたかったけれど、悟られないよう、平静を装う。

「な?一日、三本はいける」

「そんなに好きなんだ」

「好き、好き、大好き」

 まただ。スイカバーのことだって。勘違いするな、心臓。

「あ、私、買い物あるんだった。シオリ、ここで待ってて」

 カホが思い出したように、コンビニへ入っていく。気を遣ってくれたのだろうか。ということは、顔に出ていた?丸わかり?恥ずかしい。そんな自分が気持ち悪い。嫌だ。消えたい。

「好きなアイス何?」

 スイカバーを齧りながら、コウタが訊いてくる。

「えっと……あずきバーとか」

「渋いな」

 コウタが笑う。もっと、かわいいアイスにすればよかった。いや、そんな嘘ついて、好感度あげようとするなんて、それこそ気持ち悪いって。

「だよね」

「でもわかるよ。あの硬さがクセになるよな」

「うん。クセになる」

「久しぶりに食べたくなってきたな」

「私も、スイカバー久しぶりに食べたくなってきたよ」

「じゃあ、いる?」

 コウタが再びスイカバーを私の前に差し出した。だから、刺激が強すぎるんだって。でも、今は、カホはいない。周りに誰もいない。二人だけだ。またコウタに謝らせるわけにはいかない。ここは、勇気を出さなきゃ。

 私は、差し出されたスイカバーを一口齧った。緊張しすぎて味がわからない。ただ、種代わりのチョコの粒が舌で踊る感覚だけはわかる。

「美味しい」

 精一杯の感想を振り絞る。

「だよな?」

 コウタは嬉しそうに笑った。屈託のない笑顔。誰に対しても分け隔てなく与えられる笑顔だってわかっているのに、つい、顔がにやけてしまう。今の私、とっても気持ち悪い。消えたい。

「お待たせー」

 カホが戻ってきた。そして、正気に戻る。にやけた顔は封印である。

「それじゃあ、またな」

 コウタは私達に手を振って先を行く。その後姿に見惚れる私をカホが小突いた。もうきっと気づかれているのだ。私は恥ずかしさを隠すため

「帰ろ」

 足早に歩き出す。

「待ってよ」

 カホがそんな私の様子を笑いながら追いかける。



「スイカバー食べる?」

「食べる!」

 コウタがコンビニの前で、スイカバーを女子と二人で食べ合っているのに遭遇してしまった。女子は同じ学習塾の前田さん。小動物みたいに可愛らしい子だ。

 カホと二人で塾を出て、コンビニの前を通りかかった時だった。先にカホがその様子に気づいた。

「今日は違う道で帰ろうか」

 なんて言っているカホの肩越しに、コウタと前田さんの姿があった。

 そうだった。コウタは誰に対しても分け隔てない。誰にだって、スイカバーを差し出す。そういう奴だ。そういう奴だからこそ、私は。

「そうだね。今日はこっちから帰ろ」

 私はコウタと前田さんに気づかれないよう、反対側の道へと進んだ。

 しばらく、私達は無言で歩いていた。カホは何て声を掛けるべきなのか考えているのだろうし、私は何とか自分の気持ちを整理しようと必死だった。

 やがて、カホの方から、口を開いた。

「コウタって、いい奴だけど、止めといた方がいいと思う」

 私も同感だった。だって、もし、本気で好きになったとしても、コウタが誰に対しても気さくなのは、変わらないだろう。だから、嫉妬ばかりしてしまう。そんなの辛すぎる。

「うん。わかってる」

 わかっているのに、この気持ちが止められない。どうしたら、この気持ちを消すことが出来るんだろう。諦められるんだろう。

「それに、今はさ、大学受験が控えてるし、勉強に集中しなきゃだし」

 カホのもっともな意見。そうだ。私が塾に通っているのは、その為だ。コウタに会う為なんかじゃないんだ。目を覚まさなくちゃ。

「うん。だね」

「そうそう」

「いっそ、カホがコウタの彼女になってくれないかな」

 私の口からおかしなセリフが零れ落ちた。

「はぁ?」

 カホなら許せるし、諦めも付く。カホほどの美少女がコウタの彼女なら、他の女子も手を出さないだろうし。それが一番のような気がする。

「カホはコウタじゃ嫌?」

「嫌っていうか、あいつ、いい奴だけど、私のタイプじゃない。ごめん、無理」

 断られてしまった。当たり前だ。相変わらず滅茶苦茶な事を言った。私、どうかしている。

「ごめん、何言ってるんだろ」

「いいよ。もう、こういう時は、アイスでも食べよ」

 数メートル先にコンビニがあった。

「いいね」

「何がいいかな」

「スイカバー以外」

「だね」

 私達は笑いあう。

 あずきバーを買おう。あの硬いあずきバーを齧ろう。誰にもあげない。

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