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【短編小説集】 微かな恐怖

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【短編小説】 微かな恐怖 1月の孤独

【短編小説】 微かな恐怖 1月の孤独

 誰と一緒にいても、孤独、という時がある。

 どうして世の中はこんなに寂しいんだろう、と、嘆息をつかずにはいられない。
 2000年の1月、私は奇妙な精神状態に陥っていた。街にショッピングに出かけても、家族と食事をしていても、恋人と会っている時でさえも、私はいつもやりきれないほどの孤独を感じていた。

 自分が本当に「生きている」という、実感が湧かない。例えば、他人の人生を、他人の体を借りて、仮

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【短編小説】 微かな恐怖 絶望の穴

【短編小説】 微かな恐怖 絶望の穴

 「最近、ヤバいんだ、あたし」
 望月綾が長い髪の先をいじりながら言う。
「どうしたの?」
 私は驚いて聞く。綾は、くっ、と私の目を見て、それから自分の指先に視線を落とした。
 まるで、何かを諦めて、力が抜けていく時のような目の動かし方だった。
「ん、どうした……、ってわけでもないんだけどね、何か、最近、何もする気が起こらないんだ。無気力、っていうかね、……何か調子悪いんだよねー……」
「……」

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【短編小説】微かな恐怖 秋の空とせせこましい部屋、ティーカップに潜む何か

【短編小説】微かな恐怖 秋の空とせせこましい部屋、ティーカップに潜む何か

 あんなに暑い日が続いていたのに、ある雨の日を境に、夏はどこかへ去ってしまった。
 雨がやむと、途端に冷涼な風が街を包んだ。
 夏の陽射しと熱気にうだっていた人々を突然我に返らせるようなその風は、大陸の遥か彼方で生まれ、狭い海峡を渡ってやって来ては、夏の間じゅう街に澱み続けていた湿った空気を遠くの海へ押し返した。

 秋の風は、いつも私に、ある特別な感情を湧き上がらせる。その年の一番始めの秋の風

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【短編小説】微かな恐怖 真夜中

【短編小説】微かな恐怖 真夜中

 卓上の置時計が、11時59分を指していた。
 もうすぐ午前0時。宵の口と呼ばれる時間帯から、本当の夜へと移ろう時間だ。
 何かが始まるにはうってつけの時刻だと、私は思った。時計の針が恭しく合掌して、ずっと以前から待たれていた、その特別な一瞬を刻む。するとそれを境にして、まるで魔法のように、私の体じゅうの感覚はしびれ、そのすべての機能を停止する。目の前がぼやけ、自分のすぐ前にあるものですら、何なの

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