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どのようにしてこの時空の旅の終焉を迎えることになるのか?
帰還の旅は自覚することからはじまる「自分は分かっていない」と自覚するとき、それは学びのはじまりだといえます。
「自分は病んでいる」と自覚するとき、それは癒しのはじまりだといえます。
「自分は狂っている」と自覚するとき、それは正気へのはじまりだといえます。
「自分は間違っている」と自覚するとき、それは訂正(奇跡)のはじまりだといえます。
「自分は夢を見ている」と自覚するとき、それは目覚めの
真理を幻想の中に持ち込むのではなく、幻想を真理のもとに運ぶこと
心を自覚した状態(マインドフルネス)とは非二元、つまり、一元論のスピリチュアリティというものは、本来、この世界の夢から目覚めていくための霊性の道であるわけです。
もちろん、コース(ACIM/奇跡のコース/奇跡講座)もその中の一つの道でです。
では、目覚めるとはどういうことなのか?
というなら、自分が経験しているものすべてに対して、「これは自分が見たくて見ている夢(幻想)にすぎない」と自覚して
コースを他のスピリチュアリティやセラピー、ヒーリング、自己啓発といったものと融合させることについて
コースを学んでいるその目的は何なのか?ときに、コース(ACIM/奇跡のコース/奇跡講座)をセラピー、ヒーリング、自己啓発、あるいは、他のスピリチュアリティと融合させたり、混ぜ合わせたりしているケースがあったりします。
そのことについて述べてみようと思うわけですが、
そのためには、まず、
コース(ACIM/奇跡のコース/奇跡講座)とはどういうものなのか?
についてはっきりさせておく必要があ
「赦し」は真のアイデンティティーを思い出していくためのものである
自分は心(の決断の主体)である、ということを自覚していくための方法私たちは自分を人間だと信じていて、本当は自分が何者なのか?自分は誰なのか?についてすっかり忘れた状態になっています。
コース(ACIM/奇跡のコース/奇跡講座)は、その忘れてしまった自分の本性、つまり、真のアイデンティティーを思い出していくことを目的としていると言うことができます。
ですから、その実践では、自分は心(の決断の主体
私たちはどうやって価値判断なしに、あるがままに見れるようになっていくのか?
どれも等しく自我であり、等しく幻想である 私たちは「自分はこの世界の中に存在している」と信じています。
ということは、「自分は身体である、自分は人間であると」信じているということでもあります。
それが何を意味するのか?というなら、
つまりは、本当の自分(真の自己)を忘れて、自分が何者なのか?がまったく分からない状態になっているということです。
自分の本性をすっかり忘れて、「自分は身体であ
コースの学びの階梯を上っていくために私たちが成さなければならないこと
コースを学んでいるのは個人の自分ではない私たちは、自分たちを人間だと信じています。
そして、個別の存在としての「個人の自分」を自分だと信じています。
コース(ACIM/奇跡のコース/奇跡講座)の学びのプロセスでいえば、最初は、その個人の自分がコースを学ぶというところからはじまります。
そして、コース形而上学を理解するようになり、その学びが深まっていくにつれて、
コースを学んでいる自分は「
自分を向上させるためのスピリチュアリティとはまったくちがう
この自分が聖者になるという霊性の道ではないときに、私たちはコース(ACIM/奇跡のコース/奇跡講座)について誤解したところから、その学びと実践をしていたりするときがあります。
この自分がより良き自分に、より素晴らしい自分に、より崇高な存在に、そのような自分になっていくためのものだと思いながら、コースを学び、コースを実践していたりするということです。
この自分が裁かない人間になるとか、
この自分
コースの学びが深まっていくとき、この世界をどのように見ていくようになるのか?
この世界を「教室」とする
コース(ACIM/奇跡のコース/奇跡講座)の学びが深まっていくにつれて、やがて私たちはこの世界を「教室」として捉えていくようになります。
「教室」とは、つまり、この世界を目覚めていくためのレッスンの場として捉えるようになるということです。
この世界は自我が作り出した幻想世界なわけですが、その目的を変えることによって、この世界の捉え方がまったく変わるわけです。
その実
裁くことをやめられないときは、どうしたらいい?
裁き、攻撃が止められないときコース(ACIM/奇跡のコース/奇跡講座)の実践をしていくとき、つい私たちは裁かない(攻撃しない/咎めない)自分になろうとします。
でも、私たちが覚えておかなければならないのは、コースはそのような実践をしていくような霊性の道ではないということです。
もし裁かない自分になろうとするならば、余計に自分を咎めてしまうことになってしまいます。
コースの実践で私たちがしてい
それらは太古に忘れてしまった本来の思考体系であり、本来の知覚の仕方だから
今自分がどのような状態なのか!その真実を自覚/認識するときコース(ACIM/奇跡のコース/奇跡講座)の実践をしていくためには、まず最初に、その土台となる形而上学をしっかりと理解していくことが必須だといえます。
というのも、コースの実践では、聖霊と共に幻想(自我)を直視することをしていくわけです。
そしてそのためには、
聖霊はどのような考え方(思考体系)で、
どのような視点から、
どのように