Intangible Sense.
「ねえ。触れられないものに、触れたくなるときってない?」
と、微かに滲んだ目をした君が、虚ろにこちらを向いて、そう呟く。
「わからなくもないな。」
「でしょ。」
はっきりいって、ぼくには彼女の言ったことは何も分かっていない。でも、なんとか自分の頭にある言葉の糸を、一つひとつ、絡みとってみた。
「うん。例えば、ぼくは女の子の気持ちがよく分かるし、そのままそっくりに演じることだってできる。でもね、女の子を前にした時、自分の気持ちはまるでわからなくなる。」
「ふぅん。そんなことあるの?」と君は言った。
「そうみたい。」と、僕は言った。
「ねぇ、わたしはね、これまでずっと自分がどうすれば満たされるのか考えてきたの。誰かと言葉を幾度となく交わして深い所で繋がったって思えたとき人生でこれ以上ない恍惚感に浸ることができた。誰かとセックスをしたとき、まるで世界がわたしだけのものになったような優越感に浸れた。けどね、わたしの、このちょうど胸のあたり。ここはずっと、空っぽのままで満たされることがないの。ほんとうに。ほんとうに。」
君は、酷く震えているように見えた。
泣いていた。顔を見せないようにして。
彼女は、僕の手を強く握りしめていた。
「こわい、よな。」と僕は言った。
「うん。こわい。」と君は言った。
3ヶ月後、君は死んだ。
「とても冷ややかで、完成的な死だった。」
しかし彼女は大樹のように、周りの草花に恵みを与えているようにも見えた。どんぐりみたいに、その小さな身体の中に希望をたっぷり込めて眠っているようにも。
彼女は、確かにこの世界に居たはずだった。
しかし、もうこの世界に、彼女は。
彼女は待ち続けていたのだ。まるで冥界に巣くって、そこから抜け出せないでいるみたいに。モイラに与えられた「死」という必然なるものの導きを、切望していたのだ。
彼女は死ぬ前、息を荒らげ、俯き気味に、こんなことを呟いていた。
「あとは女神さまの言う通りにするだけ。もう私に、自分の意思なんてない。もう私は"私"じゃないもの。
わたしはね、人生が自分の思う通りに、どうとでも流れていくと思っていたの。
でもね、それはただ自分の力で何でも思い通りにできるんだってただそう、思いたかっただけだった。
"それ"は自分を取り巻く運命から、逃れれば逃れようとするほど、わたしを追い詰めてくるのよ。
わたしは"それ"から逃げられなかった。」
「キみは、ナニを望んデいたんだイ?」
「わたしが望んでいたのはね、完成された愛と完成された死、たったそれだけ。
あなたは私と誰よりも一緒にいて、誰よりもたくさん愛してくれた。誰よりもわたしを抱きしめてくれた。それは今もそう感じてる。
でもね、そんなあなたでもわたしを完全に満たしてはくれることはなかったの。
あなたと一緒にいる時はもちろん楽しい。
あなたのいない時にも、あなたを感じとってた。そうすれば大抵の寂しさは和らいでくれた。
でもね、ばかな私は、やっぱりふとした時にどうしても、どこかで感じちゃうの。
『100パーセントの愛でわたしを抱きしめてほしいのに。その温かさでわたしをぜんぶ、ぐちゃぐちゃに溶かしてくれたらいいのに』って。ふふ、そんなの、無理なのにね。ばかみたい」
そんな言葉を残して、君は突然居なくなった。
ねぇ。最後に君に1つ、弱音を吐いてもいいかな。
弱虫なぼくは君と初めて出逢った時、すでに「サヨウナラ」のことを考えていたんだ。君が居なくなったときのことを思い、すでに孤独感に駆られていたんだ。
ぼくはね、「物事の始まり」を体験している時、すでに「物事の終わり」を同時に体験してしまっている。
だからどんな寂しさも辛さもぼくを本当に孤独にさせることはなかった。けどね、やっと分かったかもしれない。
キミが居なくなること、こんなにも悲しいんだ。
こんなにも寂しいんだ。
ぼくは川辺に寝そべって、空を見上げた。
「今日はパステルカラーの空だ。」
空は幻想的にグラデーションをなしていて、ぼくは宇宙にひとり、放りだされてしまった少年のように、やさしく目を閉じ、そっと祈り続けた。
「神さま、どうかキミとボクの世界の平和をずっと守っていてね。」
と、そう呟くように。
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