長い年月かけて築いたものが壊れる恐怖

僕は幼稚園から中学2年生の夏まで不登校とは無縁でした。 勉強が特別好きなわけではないけど、テストで高得点を取るゲームという感覚で楽しむくらいには得意だったし、毎日友達と会ってバカ話して遊んで運動する。そんな日々がめっちゃ好きでした。 ~そんな日々がいきなり終わった~ 忘れもしない中学2年生の10月終わり頃。 部活でいつも通りの貧血を起こし 帰るときに車で迎えに来てもらった。 ゆっくり休んでまた明日と思っていた。 朝起きてもあまり調子が良くない。 行ったら治るだろと

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どこにも属せない自分とこれから。

お世話になっている人の勧めで昨日就労移行支援の事業所に行った。 結果から言うとカリキュラム、考え方、そこに居る人達、全てと相容れなかった。 朝礼が始まり、利用者の1人が「就職のための五箇条」というものを大きな声で読み上げる。 みんながそれを復唱する。 「うちは他の事業所とは違う」とは言われていたけど、真っ先に受けた印象は学校だった。 乱発される「教育」という言葉にも拒否反応が起きる。 僕は小5から不登校だった。 原因は学校でのこと、劣悪な家庭環境、いろんなことが絡

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変化を見守る。

今日も寒いですね~。 今日は、不登校生を指導した経験について書いてみます^^★ 初めて塾に来た時は、中学1年生だったBさん。 緊張した面持ちで、体験授業に来てくれました。 中学受験を経験し、集団塾への通塾経験もあるBさんは、ノートまとめがとてもきれいにできていることが印象的でした。数学では途中式の書き方もばっちり、英単語も復習しやすいように自分でまとめていました。 勉強すること自体に不慣れな生徒さんは、ノートにうつす・まとめる方法がわからない事が良くありますが、その

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【我が家の数万匹のペットシリーズ】THE ポピュラーキング👑【フトアゴヒゲトカゲ】

今回は我が家の数万匹のペットシリーズ! 過去記事はこちら⬇️ このペースだと数万匹紹介し終わるのに何年かかるんだw😇 今回は爬虫類界では最もポピュラー種と言っていいこの子! フトアゴヒゲトカゲ~(タララッタラ~♪) 降参ポーズw いや、このフトアゴちゃん、とにかく大人しいのでペット爬虫類として非常に人気なのです! ちなみにこの写真は2014年のものなので、その頃僕は太ってたので腕が太いですね(フトウデアゴヒゲオトコ) このフトアゴちゃんは虫だけでなく野菜とか人

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大切なぬいぐるみ^_^

あぁ!!可愛い! 幼い私は、目を輝かせ茶色いうさぎのぬいぐるみを見つめていた。うさぎは、茶色いリボンをしている。欲しいと言うと祖母がくれた。 祖母の家に置いてあったぬいぐるみ。 早くに夫を亡くし、一人暮らしをしていたから寂しさもあったのだろうか。家には色んなぬいぐるみがあった。  そのぬいぐるみと出会った時のことは、今でもよく覚えている。名前はうさこにした。振り返れば、対人関係が苦手で内気だった。 泣いてる時はいつもうさこを抱いていた。 不登校にもなった。自分の心に余裕がな

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【ようこそ‼︎】hiroのホームになります。【ページ】

復旧ページ 自己紹介 WordPress(noteとほぼ一緒)総合 LEARNING LIFE LOVE 注目記事マガジン(毎月固定) Twitter フォローバックは リスト性を採用しています。 またお話ししますね。 (全員ではありません) YouTube ACT Twitter ACT YouTube ACT note 相棒ちゃんです。 以下、 今後の伏線をちょっぴり。 当ブログ ACT ONE LOOK!!(wordpress) アンケ

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僕を不幸にしたのは事実じゃなくて妄想だった。

「なんで俺が不登校になるんだ」 そう、僕は不登校になったという事実に苦しんだ。 ずっと学校に通っていたし、部活も勉強も頑張っていた。 仲のいい友達やクラスメイトと楽しい学校生活を送っていた。 なのに、起立性調節障害で全部変わってしまった。 不登校と起立性調節障害になったという事実。 この事実2つが僕を不幸にした。 いや、違うかもしれない。 最近はそう思っている。 なぜ不登校=不幸と思うのか。 学校に行くのが当たり前なのに自分は当たり前じゃない 当たり前じゃ

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不登校児だった私が知ってほしい事~病気編~

私は小学生のころは 皆勤賞を狙うことだけを考えていた 学校行きたい小学生だった。 中学生に進級して 不登校になるなんてこと 誰もが想像できなかったと思う。 学校に行かなくなった理由の1つは 小学生の頃から仲良かった友達が 1年の時に同じクラスになったけど 途中から不登校児になってしまったこと。 そしてもう1つは 親の離婚。 友達がいなくなって 理解者が居なくなってしまったと思った。 そして親が離婚して 周りの誰もが私を理解できないと思っていた。 そうして塞ぎ込んだ結果

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半不登校だった私が求めていたもの

やっと分かった。 高校時代、半分不登校になり、精神的に追い詰められ、出席日数ギリギリで卒業した私が求めていたものがなんだったのか、 4年経った今、分かった。 私が求めてたのは相談相手じゃない。 私が求めていたのは私の心の動きを「共感」してくれる伴走者だった。 先生も親も、先生が提案してきた「専門家への相談」も、 とんだお門違いだった。「相談していいんだよ」「何が悩みなの?」「将来どうするの?」……「お節介が大事」だなんて、笑える。私の経験ではお節介が功を奏したことなんてなか

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