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2022年7月の記事一覧

【掌編小説】夜の描き方

【掌編小説】夜の描き方

 夜は美しすぎて、何度も何度も描くことを試されてきた。

 何千年も前から、名もなき画家たちがその美しさに魅せられて黒鉛をすり減らし、我こそは夜空を最もいきいきと描けると技術を競い合った。
 夜をまるごと捕まえようとした画家の試みはことごとく失敗した。真夜中の縁をなぞろうとしたら闇が濃くなった。夜の途方もない奥行きを写生するほど平面的に見えた。削り取られた鉛筆の芯の破片が台紙に舞い、さらに深い深い

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【掌編小説】Yesterday Once More

【掌編小説】Yesterday Once More

 中学二年生のとき、ひと夏だけ、ピアノを習ったことがある。好きな女の子がいたからだ。

 その子はいつも涼しげで、物静かな子だった。ピアノが上手で、音楽の授業の前によく友達とピアノを弾いていた。僕は休み時間、早めに音楽室に行き、何にも興味がないふりをして机に突っ伏して、そのピアノに耳を傾けるのがすごく好きだった。

 何か話すきっかけがほしかったのだろう。両親に適当な理由をつけて、近所のピアノ教室

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【掌編小説】政治家の素養

【掌編小説】政治家の素養

 演説中に倒れた政治家がいた。その政治家は病院に搬送されたものの、点滴を打つとすぐに選挙活動に戻り、その模様がたまたま報道され、当時ちょっとしたニュースとなった。その候補者は再選を果たした。

 次の選挙では、候補者は腕に包帯を巻いた者、松葉杖をついた者、車いすに首にギプスをつけて出馬する者などが相次いだ。一見、怪我も病気もしていない者も、社会的に弱い人の気持ちが分かると言った。われ先に、人に弱み

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【掌編小説】Reborn

【掌編小説】Reborn

 
「なあ、どこに向かっているんだ?」
「知らない。でも、あなたが進んできたのでしょう、ここまで」
 
 消滅する都市はきみを丸ごと飲み込んで、海は進行方向に向かって割れた。ごおごおと風が舞って、僕たちの顔に吹き付ける。
 
 

 よく生まれ変わる夢を見るんだ。知らない街、知らない人、喧騒の中で僕は逃げている。もしくは、何かを強く探し求めている。
 
 生まれ変わるたびに、僕自身の性別や顔姿か

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【掌編小説】虎と私の十三日間

【掌編小説】虎と私の十三日間

 (序)

 代官山の蔦屋書店に併設されたスターバックスで、私は窓の外を眺めていた。

 虎はフロアを物色して、私の過敏な神経を逆なでできる分野の本のタイトルを探しながら、歩み寄ってきた。絵本から出てきたような、鮮やかな毛並みの虎だった。

「よう。しばらくぶりに外に出れたぜ」

野太く、狡猾な声で虎は私に話しかける。
私は無視する。手元にある本にできるだけ意識を集中させる。労務管理の本を読んでい

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