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日記つづいたことない
人生で10回くらい、日記をつける人間になるぞ、と宣言したことがある。そして、長くても数か月、はやければ一日で、その宣言を裏切ってしまう。面倒くさくて。はやく寝たくて。
このnoteにも書いていたことがあるけれど、一日一記事がだんだん週に一記事になり、月に一記事になり、もはや日記じゃなく月記って感じになってきてもはやそれはただの近況報告なのよ、となりフェードアウトした。ざんねん。読書記録とかもち
いのち短し、恋せずとも歩いていけよ乙女
「日記つづいたことない」を体現しながら五月に入ってしまったのでエッセイでも書こうかと……。毎日ひとことだけでもなにか書き残そうと思うのにペンが追いつかない。さいきんはツイッター(ちがうよ、X)さえさぼっているし、LINEの返信も滞らせている。書くことがないのではなく、書く時間も現実を生きているだけなんだけれど。隙間なく忙しくしているほうが余計なことに心を引っ張られずに済むから、居心地はわるくない。
もっとみる春の日々(2024/04/01~07)
あっけなく日記を続けられなくなってきたので、春の日々をダイジェスト版でお届け。
四月一日、大学院の新入生ガイダンスのため登校する。院の研究室が今年度から新しい場所に移転したそうで、引っ越し途中の段ボールがそこら中に積み上げられていた。自分専用のデスク、ロッカー、パソコン、自由に使えるコピー機やプリンター、本棚に入りきらない本があって、給湯室には冷蔵庫と電子レンジが三つずつ、自分の食べ物には名
2024/03/29〜31
もはや日記ではない。日記という制度が崩壊中。日記は目的そのものでもなく自制心のある人間になるためのリハビリの手段なので、まあいいでしょう。
29日朝、七時十八分に起床。きのうと同じじゃないか。どうしても七時に起きられない。
トーストに、ジャムのごとくごはんですよ!を塗りたくりかじる。しおっけが効いていてうまいのです。
きのうの日記を書き、小説の推敲に取り掛かる。午後から友達とカラオケに
2024/03/28
七時十八分ごろにあったかおふとんを脱出。目標の七時起きまであと少し。
口内炎が痛すぎる。歯磨きするとぜったいにブラシの毛先が当たる位置にあるので毎日半泣きで歯磨きしている。
追い出しコンパ的なお菓子パーティをした際、サークルの後輩にいただいていた花束についていたオレンジのリボンをあざらしぬいぐるみの背中に結んであげたらプレゼントみたいになった。贈答用あざらし。
あと後輩からはヘアオイル
2024/03/27
七時に起きるぞという目標とは裏腹に、SF映画のようだった夢のつづきを見ていたくて三十分延長。時間が巻き戻ったり、いつのまにかケーキをいっぱい買ってしまい、まあいいや、家族用ってことにしよう、と思って受け取ったらロールケーキが跡形もなく潰れていたりする、ややこしい夢だった。
大学図書館に返しに行く本を九冊、帰りに地元の図書館に返す本も三冊、パソコン、水筒、筆箱、をリュックに詰めたらぱんぱんに。
2024/03/26
わたしは日記というものがなんなのかとんとわかっていないのかもしれない、28日10時現在、おとといの日記を書き、これが書き終わったらきのうの日記を書きます。
6時半と7時にアラームセットしておいたのに止めて8時まで寝てしまいました。ざんねん。すでにリビングに家族がだれもいないのをいいことに納豆トーストしました。
さいきん小説の推敲するときのbgmはカネコアヤノか吉澤嘉代子かSundae Ma
文学フリマ東京37に出店したひとの、緊張と幸福と反省と思い出
2023年11月11日(土)、文学フリマ東京37に出店した話を書きます~。
出店前に書いたのはこちらです。別に続きものというわけではないのですけど。
文学フリマに出店するのは今回が初めてだった。何冊売れるのか、どれくらい立ち止まってもらえるのか、まったくわからなくてとにかく売り切れてしまうのを危惧して、大量の在庫を抱えていった。たった一冊の新刊を40部と、フリー折本を100部と、商業出版
文学フリマ東京37に出店するひとの、不安と期待と戯言とお品書き
小説を書いているわりには凡人である自覚がある。一般社会で生きていくには変人である自覚もある。中学校の教室では小説を書いているというだけで自分のアイデンティティを確立できたのに、そこから一歩二歩と出ればまわりは小説を書いているひとだらけでわたしはなんにも特別じゃない。
どう生きるにも中途半端で、どこにいてもいつも、背伸びをしたりつま先立ちをしたり膝をかがめたり頭をかたむけたりして無理やり身体の形
小説「あの子人形になったって、風」(試し読み)
プロローグ
右腕、左脚、右脚、右腕、左腕、右腕、右脚、左脚、右脚、左腕、右腕、右腕、右脚、左腕、左腕、右脚、右脚、左脚、左脚、右腕、右腕右腕、右腕、左腕左腕左腕、左腕、右脚右脚、右脚右脚左脚、左脚左脚左脚、左脚、
昨日来た客が滅茶苦茶に並べ替えてしまったせいで、もとどおりに直すのに時間がかかった。紅色の壁に囲まれた展示室、天井へ向かって伸びる手脚の、指先はどれも凍ったように動かない。
そういえば女子高生作家だった
高校生のときにちいさめ(と言ったら失礼だけれど、そんなに大手ではない)文学賞で賞をもらって、本を出してもらったことがある。新進気鋭の女子高生作家、だったことがある。身元、まあべつにばれてもいいのだけどあえてここで当時の名義を出さないのは、いま書いている純文学系の作品と当時書いていた作品の方向性がぜんぜん違うから、お互いの作品には影響を及ぼさないほうがいいんじゃないかなと思っているせい。それでも
東京文フリに向けてのもろもろ
さいきん外出するときには、ベッドのうえに並んでいる約60体のぬいぐるみのなかから目が合った子をひとり連れていくようになった。すみっコぐらしだったりしろたんだったりなんのキャラでもない動物だったりします。ちょっと不安なときとか気分が乗らないときとか、ふにふにと撫でさせてもらうと心がまろやかになる。連れてくるのを忘れていたときはそのさみしさというか物足りなさがすごくて、もはやぬいぐるみのいない生活に
もっとみるエッセイ「おいしそうに食べるひと」
おいしそうに食べるひとに憧れる。食べものを前にして目を輝かせ、大きく頬張って、幸せそうに咀嚼するひとに、どうしても惹かれてしまう。じっと見つめてしまう。
おいしそうに食べるひとが好きです、と言うひとを見ると、ああ、そうだよね、と思う。そして、敵わないな、と思う。
わたしはたべるのがおそい。ひとつの食事を済ませるのに、30分から1時間ほど要する。どうやらひと口あたり100回くらい噛んでいる
掌編小説「よるべなき」
きみは立ち止まる。まだ〈Close〉のプレートがかかっている、木の扉の前で。目の前に聳えているのは、二階建ての、モカ色の煉瓦でできた建物。白くつるつるした横長の看板には、深緑色の筆記体で書かれている文字を読み取れなくて、きみはいまだに店名を知らない。右端についている海色のかもめのイラストが、この店を判別するための目印だった。
真鍮のドアノブをひねり、重心をかかとに移すようにして手前に引いたけ