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都内の美術館勤務。同僚と秘密結社「タルト・タタン」を結成したものの、先に始めててくれ、…

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都内の美術館勤務。同僚と秘密結社「タルト・タタン」を結成したものの、先に始めててくれ、とのことなので、ひとりで始めます。

記事一覧

神の寝返り/世界は翻る アピチャッポン≪ナイト・コロニー≫(森美術館「私たちのエコロジー」展) 

◇蚊帳の中でシネマに群がる観客たち 幕屋のシネマが暗転すると、ひとり、またひとりと立ち去っていく。 しかし、暗転したように見える画面は実は暗転しておらず、真っ暗…

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4か月前
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ゆるぎない存在のゆらぎ:アンドリュー・ワイエス(福島県立美術館常設展)

常設展でワイエスが観られると聞き、福島の親戚を訪ねた後、福島県立美術館に寄ってもらった。 落ちた松ぼっくりの軽さ 落ちた松葉の軽さ 落ちた影の軽さ 影の間を歩く影 …

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9か月前
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ボテロの真のマジックリアリズム

ポーズをとるベラスケスの王女の後ろの鏡に、彼女の後頭部は映っているのに、他には至近距離の赤い壁しか映っていない・・・彼女を描いているはずの画家の不在≒彼女が赤一…

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11か月前
7

アオサギ奇譚

アオサギについて思い出した。 私のインスタアイコンはアオサギであったのだ。 2020年の夏、コロナ禍で、ふと近年南極や中国の海で藻が大量発生していることを知り、「細…

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1年前
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鳥逃して、未来取り逃さず。『君たちはどう生きるか』感想 

骨を土に埋め、石を積む。 数々の文明が興っては崩壊してきたが、いつも残るのは石である。 しかし、石をじっと見てみると、 私たちの世界も同じ元素で構成され、 私たち…

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1年前
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編むと廻る毛糸玉:アピチャッポン『真昼の不思議な物体』

不可視の"情動"を存在証明 AIによって人間の思考が剥奪され、人間がかりそめになりつつある今、『真昼の不思議な物体』(2000年)は不可視の"情動"を存在証明したすごい反逆…

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1年前
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ヴァニタスとしての自画像「エゴン・シーレ展」感想

9回裏サヨナラ 中学の教科書でシーレの≪ホオズキの実のある自画像≫(1912年)に出会ってから、卒論・修論をシーレで書き、ウィーンまで行ってこの絵を見た私にとって、シ…

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1年前
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小泉明郎VR「火を運ぶプロメテウス」感想

◇表現はフラットではいけない。観る側はフラットでなければならない。 タルトに勧められて「AntiDream #2 -祝祭の彫刻-」(2020年)という作品を聴いてから、森美術館「地…

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1年前
3

佐藤雅晴展のエピローグとしての、りんご奇譚

●りんご奇譚のはじまり 水戸芸術館『佐藤雅晴 尾行ー存在の不在/不在の存在』展の図録で、2016年の原美術館での展覧会時のメールインタビューが紹介されていた。 祖母…

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1年前
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水戸芸術館『佐藤雅晴 尾行ー存在の不在/不在の存在』展感想

◇説明が付かない事象を、具象で説明し続けた人 私が高校生の時、美術の授業のアニメーション実習で作成したループのパラパラアニメは、You know me. ならぬ湯呑みを微妙…

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1年前
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佐藤雅晴展に行く前に考えたこと

◇"再現"との遭遇が引き起こす「認知のドップラー効果」 タルトに勧められて、2022年1月、水戸芸術館『佐藤雅晴 尾行ー存在の不在/不在の存在』を観た。 この展覧会に行…

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1年前
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アピチャッポン『メモリア』感想         

◇SFが現実になり始めた今、脅威に直面する人類に残された"明日の神話" かなり"妄想の深淵"を覗いてしまう内容だった。アピチャッポン自身が持っていたある病がテーマにな…

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1年前
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りんご奇譚

世界を知り、自分に取り込む(世界を内包する)ために、タルト・タタンを作った後のりんごの皮をひっくり返してみる。外界を弾いていた外皮ではなく、もっと強い香りを放つ、…

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1年前
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神の寝返り/世界は翻る アピチャッポン≪ナイト・コロニー≫(森美術館「私たちのエコロジー」展) 

神の寝返り/世界は翻る アピチャッポン≪ナイト・コロニー≫(森美術館「私たちのエコロジー」展) 

◇蚊帳の中でシネマに群がる観客たち

幕屋のシネマが暗転すると、ひとり、またひとりと立ち去っていく。

しかし、暗転したように見える画面は実は暗転しておらず、真っ暗になったアピチャッポンの寝室を映し続けているのである。寝室に蛍光灯を集めたことで、彼の布団は虫たちのコロニーになっていた。蛍光灯が消えても羽音は聞こえ続け、やがて止み、終わったと思い込まれたシネマは、死んだ虫をむさぼり続ける虫を映し出す

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ゆるぎない存在のゆらぎ:アンドリュー・ワイエス(福島県立美術館常設展)

ゆるぎない存在のゆらぎ:アンドリュー・ワイエス(福島県立美術館常設展)

常設展でワイエスが観られると聞き、福島の親戚を訪ねた後、福島県立美術館に寄ってもらった。

落ちた松ぼっくりの軽さ
落ちた松葉の軽さ
落ちた影の軽さ
影の間を歩く影

画面右下にある縦2本の濃い線。他の影や凹凸は自然に忠実だが、長く延びた人影(かつてこの軍用ヘルメットを被っていた人物)に見えた。

眼の中に海がある
生え際で波が砕ける
波が去り、肌は乾いた
波が去り、頭蓋骨は窪んだ

メイン州の岩

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ボテロの真のマジックリアリズム

ボテロの真のマジックリアリズム

ポーズをとるベラスケスの王女の後ろの鏡に、彼女の後頭部は映っているのに、他には至近距離の赤い壁しか映っていない・・・彼女を描いているはずの画家の不在≒彼女が赤一色の壁に向かっているように、この巨大な絵はただの塗り壁。私たちが観ているのが本当は王女ではないことと同時に、彼女は本当は私たちを見つめ返してはいない。王女が絵の中に居ないのと同時に、私たちも絵を見ている間はここに居ない。

壁龕に提示された

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アオサギ奇譚

アオサギ奇譚

アオサギについて思い出した。

私のインスタアイコンはアオサギであったのだ。

2020年の夏、コロナ禍で、ふと近年南極や中国の海で藻が大量発生していることを知り、「細菌類や藻類が台頭してきた。自然の揺り戻しが起こっているな。」と思っていた。
そして、人類もただ水の流れに身を任せて揺れる藻の生き方から何かを学ぶ時期か、と思い、こっそりと米原市醒井(さめがい)の地蔵川へ梅花藻という藻を見に行った。

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鳥逃して、未来取り逃さず。『君たちはどう生きるか』感想 

鳥逃して、未来取り逃さず。『君たちはどう生きるか』感想 

骨を土に埋め、石を積む。

数々の文明が興っては崩壊してきたが、いつも残るのは石である。
しかし、石をじっと見てみると、
私たちの世界も同じ元素で構成され、
私たちを取り巻く大気もまた分子である。

記憶はときに心を傷つける。
すべては石になり、忘却されるはずだった。
しかし、ベンヤミンが言うところの"歴史の天使"たちの声に耳を傾けると、大地が続く限り、ある時点での記憶から進めなくなった民が居る。

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編むと廻る毛糸玉:アピチャッポン『真昼の不思議な物体』

編むと廻る毛糸玉:アピチャッポン『真昼の不思議な物体』

不可視の"情動"を存在証明

AIによって人間の思考が剥奪され、人間がかりそめになりつつある今、『真昼の不思議な物体』(2000年)は不可視の"情動"を存在証明したすごい反逆児。

特集上映「アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ2022」でタルトと同時期に見ることができた。

シュルレアリスムの「甘美な死骸」の手法を取り、物語の続きを次々と考えてもらうドキュメンタリー映画。同時進行で物語の再現映像が流

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ヴァニタスとしての自画像「エゴン・シーレ展」感想

ヴァニタスとしての自画像「エゴン・シーレ展」感想

9回裏サヨナラ

中学の教科書でシーレの≪ホオズキの実のある自画像≫(1912年)に出会ってから、卒論・修論をシーレで書き、ウィーンまで行ってこの絵を見た私にとって、シーレがこんなにすぐに東京に来てくれるとは思ってもいなかった。(2023年1月-4月、東京都美術館)
周りの人を誘いまくり、9回通ったシーレ展を振り返ると、6回目くらいから全く見えなかったものが見えてきた。絵の前に何回も立つことに意味

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小泉明郎VR「火を運ぶプロメテウス」感想

小泉明郎VR「火を運ぶプロメテウス」感想

◇表現はフラットではいけない。観る側はフラットでなければならない。

タルトに勧められて「AntiDream #2 -祝祭の彫刻-」(2020年)という作品を聴いてから、森美術館「地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング」(2022年6月-11月)や、角川武蔵野ミュージアム「タグコレ 現代アートはわからんね」(2023年2月-5月)等、このアーティストの作品を観に行ってはタルトとと

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佐藤雅晴展のエピローグとしての、りんご奇譚

佐藤雅晴展のエピローグとしての、りんご奇譚

●りんご奇譚のはじまり

水戸芸術館『佐藤雅晴 尾行ー存在の不在/不在の存在』展の図録で、2016年の原美術館での展覧会時のメールインタビューが紹介されていた。

祖母が亡くなる数日前、急に寝たと思ったら起きて、「今、りんごが冷蔵庫の中に何個もびっしりあると思ったんだけど、そんなわけないね。」と言っていたのを思い出した。

その言葉を聞いた時には、マグリットのひとつの巨大なりんごが部屋を埋め尽くし

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水戸芸術館『佐藤雅晴 尾行ー存在の不在/不在の存在』展感想

水戸芸術館『佐藤雅晴 尾行ー存在の不在/不在の存在』展感想

◇説明が付かない事象を、具象で説明し続けた人

私が高校生の時、美術の授業のアニメーション実習で作成したループのパラパラアニメは、You know me. ならぬ湯呑みを微妙にずらして重ねていった摩天楼を棒人間が見上げ、湯呑みから湯呑みへよじのぼり、ある程度登ったところで湯呑みの中の茶に浸かり、のぼせそうになったら茶からあがってまた摩天楼を見上げて登りはじめる、「agari(あがり)」という作品で

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佐藤雅晴展に行く前に考えたこと

佐藤雅晴展に行く前に考えたこと

◇"再現"との遭遇が引き起こす「認知のドップラー効果」

タルトに勧められて、2022年1月、水戸芸術館『佐藤雅晴 尾行ー存在の不在/不在の存在』を観た。
この展覧会に行く数日前にタルトからいろいろ聞いた時点ですでに、この不在のアーティストの存在が、アートという再現として私を尾行してきていた。そして、いつの間にか私という存在を通り過ぎていき、私はその瞬間、それまで居た世界から不在となってしまったの

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アピチャッポン『メモリア』感想         

アピチャッポン『メモリア』感想         

◇SFが現実になり始めた今、脅威に直面する人類に残された"明日の神話"

かなり"妄想の深淵"を覗いてしまう内容だった。アピチャッポン自身が持っていたある病がテーマになっていた。監督の故郷タイと同じく土のにおいの残る熱帯コロンビアを舞台に選び、人の心を揺さぶるような音楽や自然の音が伏線として散りばめられる。(夜の広場で若者が踊るクンビアもあった。)
主人公ジェシカ(ティルダ・スウィントン)に対して

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りんご奇譚

りんご奇譚

世界を知り、自分に取り込む(世界を内包する)ために、タルト・タタンを作った後のりんごの皮をひっくり返してみる。外界を弾いていた外皮ではなく、もっと強い香りを放つ、やわな内皮で世界に触れれば、内と外が反転し、世界を包み込むことができるのではないか。

タルト(同僚)と話しているうちにこのような考えに至り、アウトプットを開始することにした。

思考を図式化したドローイングは、禅の宝珠図に似ている。