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アピチャッポン『メモリア』感想         

◇SFが現実になり始めた今、脅威に直面する人類に残された"明日の神話"

かなり"妄想の深淵"を覗いてしまう内容だった。アピチャッポン自身が持っていたある病がテーマになっていた。監督の故郷タイと同じく土のにおいの残る熱帯コロンビアを舞台に選び、人の心を揺さぶるような音楽や自然の音が伏線として散りばめられる。(夜の広場で若者が踊るクンビアもあった。)
主人公ジェシカ(ティルダ・スウィントン)に対して医師が話す"抗不安薬の副作用が奪う人間らしさ"として、「共感」と「悲しみ」が同列に置かれていた。これらが表裏一体であることを象徴するひとつの音がトラウマのように悲しみや苦悩を引き起こし、しかしその音への畏れを辿った時のみ現れるエルナンという超人的な存在(天使?)だけが共感してくれる。音の原因が"地球人の不安"だった、というスケールにぞっとした。

タルトに前話していた、私が中学生の頃から好きな曲の歌詞に、メモリアのような内容が書かれていた。(ジェーン・シベリー「Calling All Angels」)

特に、
but if you could...do you think you would
traded in all the pain and suffering?
ah, but then you'd miss the beauty of the light upon this earth
and the sweetness of the leaving
の部分は、すべての痛みと苦しみを手放したら、地上に居ることの美や、去ることの甘美さを見過ごしてしまう、と語りかける。
また、
walk me through this one, don't leave me alone
の部分が、メモリアでエルナンが主人公をずっとつけてくるシーンとオーバーラップしただけでなく、タルトに勧められて水戸芸術館で観た佐藤雅晴展の図録の冒頭ページのボードリヤールにもつながった。

戦争等の社会秩序の崩壊が身近な問題になってきている今、人間の倫理的な部分を見つめ直せる映画だった。東京が"妄想の深淵"として少し出てくるのも印象的。

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