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2021年6月の記事一覧

おとなのわるだくみ

おとなのわるだくみ

「甘いものを頼もうと思うんだけど、」と言われて、バッと視線を上げた。

甘いものを頼む!
そんなことが許されていいのだろうか!



友だちの部屋を訪れたとき、「今日は甘いものないんだよね〜」と言われた。
べつに構わない、と思った。
そりゃあ、あなたと食べる甘いものは魅力的だけど、そのために来ているわけではない。
玄関が開いて、「おつかれ」とか「ただいま」とか言った瞬間に、わたしはもう満足してい

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小説|ハードボイルドオニオンズ

小説|ハードボイルドオニオンズ

 タマネギと呼ぶなよ。俺たちは、オニオンズ。とある田舎の町外れにあるレストランの厨房で働いている。ふぞろいでクセのある奴ばかりだが、ひとヤマもふたヤマも越えてきた味わい深い野郎どもさ。

 最近、そんな俺たちが目をつけている奴がいる。新入りの赤毛のコック。料理には力もいるが新入りは女だ。慣れない調理で身体に疲れがたまると、食器を割る。具材を落とす。他のコックとぶつかる。見てられねえ。

 深夜、新

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Mr.スクーリの美学

Mr.スクーリの美学

余分を語らなくても通じ合う友というのは、とても貴重だ。

その友とも初対面では何かしらの会話をしたはずなのに、いつしか余分な会話は減っていき、何れ多くを語らずとも理解する様になる。

それは距離感の話かもしれないし、感覚の話なのかもしれない。

語るという行為は、いつも繊細で面白い。

ただ、多くを語らないのもまた面白い。

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アイスランドの首都・レイキャビクは、アプーと出会

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短編小説 『りんごの殺意』

短編小説 『りんごの殺意』

 思えば、物心ついた時から私はりんごが怖かった。自分でもなぜだか分からない。けれどスーパーの棚で、家の台所で、暗がりに置かれた平たい箱の中、そのありふれた果物を見るにつけ、私は得体の知れない恐怖を感じた。まるでそこに死神を見つけたような、不吉な死の予感に似たものを。

 それは物語のせいかもしれないと、結論づけたこともある。それは例えば、白雪姫だ。差し出された毒りんごをかじり、死んでしまうお姫様。

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弥勒菩薩のふりをした災厄

 

弥勒菩薩のふりをした災厄が時計台に座っていた。黄金で、関節がなかった。真夜中だった。駅は静まり返っていた。弥勒菩薩のふりをした災厄の怖ろしさは経験した者にしかわからない。凶暴かつ、執拗だった。一度滑り落ちると二度と這い上がれなかった。犠牲者は二億人に及んだ。僕の母もそのうちの一人だ。

時計台を中心にした半径五十キロ圏内に避難指示が出ていた。弥勒菩薩のふりをした災厄は頬杖をつき、暇を持て余し

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小説|地獄への履歴書

小説|地獄への履歴書

 天国か、地獄か。行き先は死後に書く履歴書で決まります。誰もが生前の良い行いを書いて天国を志望しました。けれど、彼だけは違います。地獄へ届いた履歴書には、こう書かれていました。

「私が貴獄を志望する理由は、大切な人を殺したからです。誰よりも大事に思っていたのに、その人の苦しみに気づけなかったからです。私が気づいてあげていれば、その人が若くして亡くなることはなかったはずです。

 その人は、今ごろ

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