田所敦嗣/Atsushi Tadokoro

旅することは、生きること。 千葉県生まれ。水産系商社に勤務。アリューシャン列島、フェロ…

田所敦嗣/Atsushi Tadokoro

旅することは、生きること。 千葉県生まれ。水産系商社に勤務。アリューシャン列島、フェロー諸島、パタゴニア、スカンジナビア半島等の辺境を旅する。noteの連載が2022年12月に書籍化『スローシャッター』(ひろのぶと株式会社)発売中。Twitter:@Atsushi_Tado

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ロングフライト

別れを惜しむ人 見知らぬ場所へ向かう人 希望に満ちた人 悲し気にうつむく人 長い長い帰路につく人 空港ですれ違う光景は、いつも他人ごとではない気がしている。 ゲートの大きな窓からは束の間の休息を取る大きな機体が見え、移動する人々を静かに迎え入れる。 座席について辺りを眺めると、前席の男性は黙々と電話の画面を見ながら、メッセージを送り続けている。 もうすぐ飛び立つのだからいいではないかと思うけど、誰かへの最後の挨拶だとしたら、どうだろう。 斜め前の2人は観光客らしく、旅の

    • ハタノさん、という人。

      昨年12月、スローシャッター(ひろのぶと株式会社)が出版された直後のイベントで、本を出してみてどうですかという質問をされたことがあった。 嬉しい一方で緊張ばかりしていた記憶が残っているけど、 よくわからない。 というのが正直なところだった。 半年が過ぎた頃、当時のイベントを思い返し、読んでいただいた方の感想を見ながら、少しずつ実感が湧いてきた。 遅いと思われるかもしれないが、僕はそんな感じだった。 そして本を通じて起きたことの中で、嬉しいことが2つあった。 1つは本

      • 前と後

        旅と移動は、そっくりだ。 旅は移動ではないし、移動を旅とは呼べないかもしれないが、2つはいつもそばにいる。 誰かがスイッチを入れ忘れたかのように、急に秋へと変わってしまった道を歩いていると、道端に転げ落ちた落葉が、高速で通過するクルマによって巻き上がり、思い思いの方角へ分散した。 偶然クルマにくっついた葉はそのまま何キロも何百キロも共に移動し、気の向いた場所で離れ、新しい場所で新しい時間が待っている。 きっと同じようなことは空の上でも、海の中でも起きているのだろうと思っ

        • 準備すること

          久しぶりに釣りをした。 仕事は日々やることが増え続け、SNSを見るのもおろか、最近は明日の予定を確認するのもいっぱいいっぱいだったのだけど、ようやく数日の休暇を取った。 およそひと月前から目的地となる河川の情報収集、地形、標高、その地域に住んでいると思われる方々のSNSやブログを眠る前に眺めつつ、ゆっくり準備を始めた。 出発の当日も、忘れ物が無いか数回確認して向かったのだが、朝マヅメ、川に入る直前になって、クリッパーという釣糸を切るニッパー状の小さなハサミと、疑似餌である

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        • ある国の灯
          11本

        記事

          静かな市場

          「知らない市場へ行こう」 スケジュールを詰め過ぎた旅程の中で僅かな時間を見つけると、隣に座っている取引先のかいくんに、そんな打診をした。 「いいですね、行きましょう」 かいくんはそう答えると、僕は今いる場所から一番近く、メジャーな旅行サイトには載っていないような小さな市場を見つけた。 その場所をかいくんに告げると、彼はGrab(アプリ)でタクシーを呼んだ。 タッチ式のクレジットカードで会計を済ませ、店を出る。 軒先でタバコに火をつけた矢先、クルマは1分も経たないうちに僕

          デレックのゼリー

          同じ釜のめし、という言葉が好きだ。 ”ひとつ屋根の下”とか、”寝食を共にする”などとも表現されるが、その共同体のような意識を、食べ物で表現することが絶妙だと感じていた。 苦楽を分かち合う仲間との食事は、素朴な料理でもご馳走に変わる。 ____________________________ 2週間ほどチャポ湖で過ごした最終日の朝、セサーがいつものピックアップトラックで迎えに来た。 湖の住人であるマウリシオには昨夜のうちに別れの挨拶をし、滞在していた小屋の鍵を、彼に言われ

          空港と人々

          国と距離 天井にとてつもない数の鉄骨が縦横に組まれたスワンナプーム国際空港に着くと、アルファベット順にカウンターが並ぶ。 入口にある大きな液晶のインフォメーションを見ながら目的のカウンターを探していると、目の前に子連れの母親が僕の肩に触れ、わり込むように目の前に入ってきた。 日本なら、その行動にムッとする人もいるだろう。 彼らは街中や店、道でも距離が近いので、この親子もきっとわり込んだという認識は無い。 若いころは、これになかなか慣れなかった。 相手は躊躇うことなく近づいて

          イーサンの夏

          長い旅の途中、働く人々と短い出会いを繰り返す。 どの国でも報酬を得ることが仕事の本質だが、そこで発生する熱の多くは、人から伝播する。 それはきっと目に見えないが、その人の身体にいつまで残り続ける。 ________________ キーナイ(Kenai)での仕事を終え、次の目的地へと向かった。 街から少し南下した先にあるカシロフ(Kasilof)にある、小さな工場を目指す。 車の窓を全開にすると、乾いた涼しい風が入ってくる。 夏のアラスカは短いが、その間多くの観光客が

          朝食

          スラタニ タイのスラタニ中心部にあるホテルのトースターは、もう何年もベルトスピードがおかしくなっている。 ホテルの常連はそれでパンが焼けないのを知っているので、近くにいるウェイターにトーストを頼むと、奥にあるキッチンのフライパンで焼いてくれる。 速度を調整するノブが折れ、パンを焼くという仕事が少しもできないのに、毎朝そこにトースターは置かれている。 長い間このホテルを使っていると、トースターを使う客のリアクションで、彼らがこのホテルに初めて来たのか、そうでないのかがわかった。

          2:8

          看板を掲げているわけでも無いのに、人生相談に近い話をされることがある。 それがなぜ何度も続くのか不思議に思ったことはあったが、ある日、友人からお前は話を聞く割合の方が多い人間なのだと言われた。 ただ、自分が若い頃はそんなこと無かったはずで、自分の話をしたくて、聞いて欲しくて相手に訊かれてもいないことを話していた気がするが、歳を重ねるにつれ、そういうものに疲れてくる。 疲れるというのも、体力や精神が疲労するという意味ではなく、つまらない自分の話をするより、相手の話を訊きたい

          その場所へ行く

          出張という旅は、会うべき人や行くべき場所がほぼ決まっている。 アテのない旅に憧れはあれど、アテもない出張というのは聞いたことがない。 以前、ゲートで飛行機を待っているとき、行き先不明のフライトがあったら流行るかもしれないと思ったが、今も見たことが無いので、残念ながらそんなに流行ってはいないのだろう。 出張は目的も最初から決まっていて、自由奔放な旅はおそらく存在しない。 とはいえ、今は仕事でも誰かと会う前にはSNSやメール、電話など、コミュニケーションとしてありとあらゆる”

          蘇州夜曲

          心の中に、帰る場所をもっているだろうか。 たとえ身体は戻れなくとも、記憶の中に帰る場所がある人は、どこかにしなやかな強さを持っている様な気がする。 ______________ 中国・瀋陽市は遼寧省の省都で、東北地方の大都市である。 瀋陽へは夏場に幾度か訪ねたことはあるが、仕事の関係上、秋から冬にかけての滞在が多かった。 成田から大連周水子国際空港に着陸すると、エージェントの小李(シャウリー)が待っていた。 車に乗り込み、まだ新しさが残る高速道路を走っていると、道の両

          時間という信用

          時給が高い。 若いころ、それだけの理由で魚屋のアルバイトをし、店に慣れてくると社員に頼まれ築地市場へよく行った。 朝の6時頃に着くと、市場は人でごった返していた。 明け方の2時から3時に担当の社員が競り落とした商品のリストを貰い、彼らとバトンタッチする。 僕はそのリストを持って市場をぐるぐると回りながら集荷をし、店のトラックへ淡々と積み込んだ。 最初は右も左もわからないまま市場を彷徨い、市場内を走るターレーに轢かれそうになったり、よそ見するなと怒鳴られたりしながら、毎日

          二人の書店員

          一貫してモノを見られる機会に、出会ったことはあるだろうか。 いま机の上に置いてあるコーラも、原材料がどんな国でどんな人が作っているのかを、簡単に見ることはできない。 けれど、原材料を作っている人が、この机に置かれているコーラを見ることも、おそらくできないだろう。 片側からしか見えない世界は、仕事として携わることで、一貫して見えることがある。 ___________________ 2022年、本が出た。 書き手と作り手が考えていることを共有し、一冊の本となっていく。

          南にある玩具店

          ホテルの周囲に何があるのかをつかむまで、暇があればハノイの街を歩いた。 市内には大小の湖がたくさんあるということを聞いていたが、歩いているとそこまで気にならなかった。 大都市のホーチミンに比べると街は落ち着いていて、全体的に灰色で覆われていることに気づく。 街に活気が無いのではなく、これがハノイの街の色ということで、僕なりに解決している。 ホテルから南に歩くと、個人で営むにはそこそこ大きなオモチャ屋があった。 どの国でも、オモチャ屋は立ち止まってしまう。 その国にいる子

          記憶の断片を繋げる

          ある時、「旅の感想」とか「旅の思い出」という言葉を目にしたとき、ちょっとした違和感を持っていることに気がついた。 20年近く、定期的に短い旅(という名の出張)を繰り返してきたのだけど、「記録」はあっても、その短い滞在においてそれぞれの「感想」というのは、あまり出てこない。 自分にとって感想という言葉のしっくりこなさは、幼少のころ、事あるごとに学校で書かされていた感想文のせいだと思ってる。 修学旅行はもとより、夏休みや冬休み、ちょっとした遠足に連れて行かれては学校から感想

          記憶の断片を繋げる