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南にある玩具店

ホテルの周囲に何があるのかをつかむまで、暇があればハノイの街を歩いた。

市内には大小の湖がたくさんあるということを聞いていたが、歩いているとそこまで気にならなかった。
大都市のホーチミンに比べると街は落ち着いていて、全体的に灰色で覆われていることに気づく。

街に活気が無いのではなく、これがハノイの街の色ということで、僕なりに解決している。

ホテルから南に歩くと、個人で営むにはそこそこ大きなオモチャ屋があった。
どの国でも、オモチャ屋は立ち止まってしまう。
その国にいる子供の「ツボ」みたいなものがわかるような気がして、それを知ることが楽しい。

店の店主は細身の男性で、目が鋭かった。
例によって客が店に入っても商売っ気はゼロで、店先の小さな椅子に座り、天井に吊るしてあるテレビを見ていた。
しばらく商品を見ていると、店の奥から店主の子供らしき幼児が、小さく走ってきた。

ペタペタと裸足で走る仕草に微笑むと、その子は棚に並んでいる飛行機のオモチャの箱に手をつけた。
その瞬間、鋭い目つきの店主が幼児の頭を、勢いよく叩いた。

店主は大声で泣く子供を店の奥に追いやると、男は何事もなく椅子に座り、静かにタバコをふかした。
その光景に、淡い灰色の記憶が残った。

ハノイでの仕事が本格的になると、毎月同じホテルに泊まり、相変わらず暇があれば散歩をした。

うだるような暑さのホーチミンよりもずっと過ごしやすいハノイは、とてもいい街だった。

その日も目的地を道を決めずに歩いていると、数ヶ月ぶりにあのオモチャ屋が見えた。
このまま進むか悩んだが、ホテルに戻るにはその道が最短だった。
仕方なく店先を通ると、あの店主が同じように子供を叩こうとする瞬間を目にした。
僕は、男の手をつかんでいた。

そして、その子が触ろうとしていたオモチャを買い、プレゼントをした。

子供は何が起きたのかはよくわかっていなかった様だったが、店主に箱を開けていいと言われると(多分そう言ったのだと思う)、彼は箱を破るように開け、店のタイル床にベタッと座り、オモチャで遊びだした。

その国や、そこに住む人の文化に余計な口出しをしたくないこと、お金を払って解決したことに、あとになればなるほど、色んなモノが覆いかぶさってきた。

しばらくモヤモヤしながら過ごしたが、頭が冷えたころに思い返す。

あのとき店主の慣れたような会計と、訪れる度にタイミングよく叩く瞬間を目にした光景。

そんなはずはないと思いたいが、あの子はもう成人しているだろう。

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