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オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その86


86.   コンビニに佐久間さんが来たけど私だって気付かなかった話



コンビニのアルバイトはもう
寝坊ばかりするようになった。
でもクビにはならなかった。


週5日シフトに入る予定が週3日になった。
蓄積した疲労が抜けない。
朝刊が終わってお腹いっぱいご飯を食べたら
なぜか寝てしまう。ビールを飲んでないのにだ。
ダメな私。


酒を飲まずして眠れるものなのかと
自分の体を不思議がった。
疲労はやはりアルコールで取るのが一番だと
幼い頃父親から教わっていたからだ。
晩酌する父の膝の上にちょこんと座って
そんな話を聞いていたものだ。


でも今の私はハードワーカーすぎた。
人と比べたことはない。
私の許容量は私しか知らないのだから
私が決めるものだろう。
疲労回復にはビールは合わないのだろうか。
チーズみたいなものだ。


ここはやっぱり赤ワインだ!
唇をおちょぼ口にして瓶の口にくっ付けてから
一口、いや、ごくっごくっごくっと音が鳴ったから
三口飲んだ。


少し疲労物質が溶け出す音が聞こえる。
シュワ〜。


「やっぱワインは体に染みるなぁ〜。」

「何言ってんの真田くん。ってか何で俺の部屋で飲んでんの?」


久々に竹内の部屋に来てみた。


「いや、ここなら寝ても起こされるから大丈夫やし。それになんか竹内のギターが俺を呼んでる気がしてん。自分の部屋にギターが無いのは生まれて初めての事やから、ちょうどこんな所にギターがあるやんか。どうや?」


「はい?また訳分かんない事言ってんじゃーん!ウイスキー飲んでから来たんじゃないの?もうやだよ。ゲロまみれの部屋に突入するの。」


「あー、あの【ゲオルグの戦い】の事か。よく思い出してくれましたな。」


「なに?そのかっこいい名前。ゲオルグ?そんなかっこいい戦いだったっけ?」


「わっはっはっはっはっ!」


隣の部屋でテレビを見て笑う
坂井の笑い声がタイミングよく聞こえた。
幸せな下宿生活模様だと頭の片隅で思った。


こうして夕刊の配達の後の黄昏時の
切なさを紛らわせた。


朝刊の配達の後は切なくは無かった。
コンビニのアルバイトの時間だ。
今日は月曜日だから行けそうだ。
日曜日の午後にたっぷりと寝たからだ。


「おはようございまーす。」

「おー来たか。どうやったら毎日ちゃんと来てくれるんだ?」


店長が優しかった。言い訳をする私。


「なんか年明けてから新聞が分厚くて配達に時間が掛かるんです。すいません。」

「確かに!あいだにチラシいっぱい入ってるもんね。あれ、自分達で入れてんの?」

「はい!もちろんです!」

「へえ、大変だね。おっ!弁当のトラック来たぞ!!あれもいっぱい入ってんぞー!弁当と弁当と弁当がやって来たぞー!」

「店長、僕・・・・」

「ん?どうした?」

「この前、弁当が夢に出てきちゃいまして。」

「あ。とうとう出てきちゃった?弁当が夢に。夢弁ゆめべんだね、それ。俺なんか毎日見るよ。この前なんか弁当風呂に入ってたもんね!」

「べ、弁当風呂ですか?それは気持ち悪いですね。」

「手の平くらいあるデッカいご飯つぶにマヨネーズを掛けて、それで体を洗うんだ。頭はケチャップがシャンプーで、とんかつソースがリンスだったな。それを流し終わったらポテトサラダをしっかりとかき混ぜてドロドロになったところに体をもにゅっと入れるんだよ。スライムみたいで気持ちいいよ。」

「気持ちいいんだったら、いいんじゃないですかね?」

「まあ俺くらい弁当レベルを上げないと弁当風呂で気持ち良くはなれんけどな!なっ!さなだくん!なっ!」

「なっ!って!涙目が怖いです!店長はもうLv99いってますね。弁当レベル。」

「そうだなぁ、もう経験値マックスだな。さなだくんはまだLv7くらいかなぁ?経験値が欲しいんだろ?あげようか?」

「いえ要らないです。一気にLvが上がる『はぐれ弁当』って出てこないですかね。」

「ははっ!それ面白いね!ご飯の上に乗っけてメタル丼ってか!」


陽気な店長で救われた。
真面目な人だったらとっくにクビだろう。
でも甘いおかげで休みがちになる。
とにかく眠いのだ。


「おい!さなだくん!その弁当のフタが!あー!」


どうやら寝ながら品出しをしていたようだ。
取れかけのフタをサッと元に戻した。
もう記憶がとぎれとぎれだ。


「さなだくん!それパンだから!ヨーグルトの所に置かないで!」


「コーヒーとコーラは似て非なるものだぞ、さなだくん。」


もう私は居ないほうがマシかもしれない。


ドリンクの補充だけは唯一、目が覚める作業だ。
なんせ寒い。
それに店の裏側から店内をドリンク越しに覗ける。
のぞき部屋ってこんな感じなのだろう。
しかし、今日はおっさんばかりで眠たくなる。
若いOLさんだったらシャキーンと目が覚める。


またおっさんが来た。
いや、じいさんだ。
つまらな・・・い!
あ、あれは!
佐久間さんじゃないか!


そうか!このコンビニは佐久間さん家の近くだ。
ものすごく近くだ。
今まで会わなかったのが不思議なくらいだ。


うわぁ。
めっちゃ近い所まで佐久間さんが来た。
ドリンクを選んでいる。
私が目の前に居ることも知らずに。


一瞬目が合ったような気がしたが、
気のせいだったようだ。
佐久間さんは奥に鎮座まします私には気付かずに
ドリンクを選んでいる。


いったい何を探しているのだろう。


お、扉を開けたぞ。
手を伸ばしたぞ。
なんと!
トマトジュースだった。


「さなだくーん!終わったかー?」


しまった!店長が私の様子を見に来たようだ。
そんな大きな声で私の名前を呼ばれると
佐久間さんに気付かれてしまう!


一瞬「ん?」という顔をした佐久間さん。
私たちはお店の裏側に居てるので佐久間さんは気付かない。


「また寝てたのか?カルピスウォーターとカルピスソーダが逆になってるぞ。まあ似てるほうが悪いんだけど。」


「す、すいません。」

「もうパンのほうに行ってくれる?頼むよ。」

「はい。分かりました。」

佐久間さんをじっと観察していたので
体がすっかり冷え切っていたようだ。
寒くてガチガチと震えながら店内に行こうとした。


な、なんと!
まだ居るではないか!
佐久間さんが今度はお弁当の所に居た。


(しまった。まだ居たのか。
バレると嫌だな。)

そう思いながら私は
遠回りしてパンの売り場の方に
向かった。


棚の上部からはみ出ている佐久間さんの頭部の位置を
掴みながら移動した。


パンの棚に無事辿り着く事が出来た。
ここまでくれば私はしゃがみ込むし、
パンの入っているバッカンのタワーで
私はすっかり隠れてしまう。
もう大丈夫だ。
その内お会計を済まして出ていくだろう。


「すいません。」


声を掛けられたのでパンのバッカンの向こうを見た。
佐久間さんだった!


どうやら私だと気付いてない。
私だとは知らずに私に声を掛けてきた
みたいだ。
弱々しい声だったから分からなかった。


「そのコーンの乗ったパンを一つ、私に分けて貰えませんかぁ。」


まるで『あぁ無情』に出てくる役者のように
パンを恵んでくれと言われているような名演技だ。
老人を演じている老人に私は初めて出会った。


私はどう答えたら良いだろう。
なぜ私だと気付かないのだろう。


私は声を出したらバレると思ったので
無言でバッカンを持ち上げて降ろして
目当てのコーンの乗ったパンに光を当てた。


「あぁ、ありがとう。ありがとう。お店の人よ。礼を言うよ。」


「・・・・」


私はペコっとだけした。
こうすれば顔を隠せるし、
お辞儀をしたことにもなる。


佐久間さんは腕にぶら下げていたカゴに
コーンのパンを入れた。
レジのほうに歩いていく。


佐久間さんが立ち止まった。
後ろに完全に振り返るわけでもなく
少しだけ左を見ながら私に言った。


「さて。どこかでお会いしたことがありましたか?」


「・・・・」


なんなんだ!
佐久間さんは家に居る時と外では
全然違うではないか!
まるで古い映画の俳優のような態度で
街を歩く。紳士だ。ジェントルマンだ。


私はどうしたらいいか
分からなくなったので
もう一度、お辞儀だけをした。


佐久間さんは前を向いて
ゆっくりと歩き出した。
カゴの中にはトマトジュースと
コーンのパンと単三の乾電池。


電池か。
電池が目的で後のはオマケだな。


結局佐久間さんは私には気が付かずに
コンビニを後にした。


「弁当2便目来たぞー!さなだくん!弁当風呂だぞー!」


「・・・・」


いったい私は何役すれば
この世界は満足するのだろうか。


〜つづく〜

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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。

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