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漂流郵便局とは、人々の思いを束ね私たちが生きたという歴史を綴るところ

ボトルメール、瓶の中に手紙を入れて海に流すものです。その歴史をみると、紀元前310年のギリシャの哲学者テオプラストスが水流を研究するために流したという記録があるそうです。

いつ誰が読むかもわからない手紙、人間はどうしてそんな手紙を出し続けるのかを考えてみましょう。

漂流郵便局はいかに創られたか


香川県の粟島に、漂流郵便局と呼ばれる郵便局があります。ここには届けたくても届けられない手紙が世界中から届きます。亡くなってしまった大切な人、未来に出会うであろう子供、大切にしていたものなど、あらゆる人やものへ宛てた手紙が集まり、漂流私書箱に保管されています。

この郵便局は、2013年に瀬戸内国際芸術祭の作品の一つとしてアーティストの久保田沙耶さん(1987〜)が制作しました

漂流郵便局

久保田さんはなぜこのような作品を制作したのでしょうか?

粟島で作品制作をすることが決まり島を訪れた時、漂流物が非常に多いことに気がつきました。潮流の関係で漂流物が堆積しやすい場所なのです。

島を歩いている時にたまたま旧粟島郵便局を見つけました。当時は倉庫として使われていたのですが、鍵が掛かっていなかったので勝手に入ってしまいまして。窓口の受け付けガラスに自分の姿が映ったとき、わたしも漂流物のようにこの島に流れ着いてしまったようだなと感じました。

亡くなった息子へ70通―宛先のない手紙を預かる 『漂流郵便局』に人が便りを送る理由

粟島では毎日海に通っていて、波打ち際が揺れ動く道のように見えたそうです。そして、波打ち際の道を測量して制作した、伊能忠敬の「大日本沿海輿地全図」を思い出しました地図は、だれにも属さない情報体であるのに、使い方によっては自分だけのものになります。

だれのものでもあってだれのものでもなく、場所も時間さえもゆらいでいる漂流物のような手紙を受け付ける郵便局はできないだろうか、と思い至りました。

久保田沙耶『漂流郵便局: 届け先のわからない手紙、預かります』小学館

興味をもって調べていた伊能忠敬と地図の歴史、粟島で感じた漂流ということ、たまたま見つけた古い郵便局、これらから思考を飛躍させて、届け先のない手紙を預かる郵便局を思いつくのは、アーティストならではですね。

返事のこないものともコミュニケーションしたい


1ヶ月の芸術祭期間中に400通の手紙が集まり、芸術祭が終わっても継続することにしました。2020年時点で総計4万通の手紙が届き、郵便局の床が抜けてしまったこともあったそうです。

かなりのニーズがある企画ですが、ユーザーインタビューなどをやっても、おそらく出てこない。アーティストの創造性が、私たちの深層に響いたのだと思います。

その後、久保田さんは郵便制度のルーツである英国に留学し、そこでも漂流郵便局を開局しました。こんなにも多くの人が、届くことのない手紙を書きたくなるのはどうしてなのか不思議です。
久保田さんは、次のように語っています。

手紙やハガキを買って、肉筆で文章を書き、切手を貼り、投函するという一連の流れが、なにか無意識のうちに儀式的な役割を果たしているのではないかと思っています。大袈裟に言えば結婚式やお葬式のようなものなのかもしれません。書くだけでなく、ポストに投函して実際に漂流郵便局に届くという体験が気持ちに何かしら変化をもたらすのではないでしょうか。

私も小さい頃から花や動物の絵を描き続けてきて、返事がないものに対してなぜこんなに絵を描きたくなるんだろうと不思議に思ったことがあるんです。人間はただの星の配置から星座を生みだしたり、壁画を描いたり、返事のないものに対しても、コミュニケーションをしたいという想いが根っこにはあるんじゃないかなと。

郵便物も同じで、手紙やハガキというキャンバスに自分の気持ちを凝縮して書くという作業は、じつは同じような想いをもとにした、クリエイティブな作業なんじゃないかなと思うんですね。一通を投函するまでに込められている時間というのが、すごく尊いものなのだと感じます。

亡くなった息子へ70通―宛先のない手紙を預かる 『漂流郵便局』に人が便りを送る理由


地球外知的生命体とのコミュニケーション


久保田さんのコメントを読んで、かつて宇宙探査機にメッセージを搭載したことを思い出しました。1972年に打ち上げられた木星探査機パイオニア10号カール・セーガン(1934〜1996)のアイデアで、太陽系や人間の絵を描いた金属板が取り付けられました。

1977年に打ち上げられた宇宙探査機ボイジャーには、地球の生命や文化を伝える音声や画像を記録したゴールデンレコードが搭載されています。いずれも、地球外の知的生命体に向けたメッセージです。

ボイジャー ゴールデンレコード

返事のくる可能性は非常に低いけれど、言語体系の全く異なる知的生命体とコミュニケーションするにはどうしたらいいかを考え音声や画像で表現している、非常にクリエイティブなチャレンジです。

存在したことを残しておきたい


「はやぶさ2」が小惑星「リュウグウ」で採取したサンプルを分析したところ、「ケイ酸塩鉱物」という水を含む鉱物が層状に重なり合っていて、その部分に有機物が集中して含まれていることがわかったという報道がありました。

地球の形成過程で、小惑星が繰り返し衝突し、水や有機物を地球に供給したという説があります。今回の発見は、鉱物が有機物や水を保護する形で宇宙空間を運んだ可能性を提示しています。

2022年8月17日の日本経済新聞・春秋で、この発見をボトルレターに見立てていました。

3億キロメートルほども離れた「りゅうぐう」からの手紙に、どんな秘密が書かれているのだろう。わたしたちはどこから来たのか――。

日本経済新聞・春秋 2022年8月17日

この仮説から類推すると、地球上の生命体は人間も含めて漂流することが構成成分に刻まれている。そのため、多くの生命体は一箇所に止まることなく、四方に漂って行くのだと考えることもできます。

そうなると、届くことのない手紙は、誰かに読んでもらいたいこともありますが、自分がその場所に存在し感じたことを残し、未来に伝えたいという意味合いで書いているのかもしれません。

何万通もの膨大な手紙を一枚一枚読み、それらに対するわたしたちひとりひとりの感じ方の総体こそ、ひとつの物語として要約できない本当の意味での歴史があるのかもしれません。そんな多面的な過去の捉え方ができたらどんなに良いだろうと思うのです。そのときはじめてこれらの手紙は「わたしたちの手紙」「わたしたちの歴史」といい得るのではないでしょうか。すると漂流郵便局はまだ見ぬ未来へとつながることができるように思えるのです。なぜなら過去を振り返るということは、今とこれからのわたしたちのふるまいを考えることとまったく同じだからです。

久保田沙耶『漂流郵便局 お母さんへ: 届け先のわからない手紙、預かります』小学館

漂流郵便局に手紙を出してみたい方は、漂流郵便局のサイトをご覧ください。




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