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ボツネタ御曝台【エピタフ】混沌こそがアタイラの墓碑銘なんで#020



元歌 カーペンターズ「Sing(シング)」

Sing, sing a song.
Make it simple to last your whole life long.
Don’t worry that it’s not good enough for anyone else to hear.
Just sing, sing a song


ねえー シンガポール
唾吐くと罰金なんでしょ?
でも大量に唾吐く人気者を見たよー
それー マーライオン



もう、いい加減、ライオンはいいです

ライオンはお腹いっぱい

腹ペコだけど、お腹いっぱいです

……

しかし、具合悪そうですね、このライオン

酒、飲みすぎたんじゃないっすか?

顔は真っ白だし、ゲロは止まんないし……

あーあー、見てください、先輩、吐くもの無くなって、もう、胃液しか出てないですよ

背中さすってあげましょうかね



今度こそ、お肌に優しい、高湿度の場所にやってこれましたね、良かった良かった

体がかゆい? シャワー浴びたい?

……

チョッ! 先輩! ダメです! ダメですって!

あれはライオンの胃液なんでー!

だから、溶けちゃいますってー

ダメだって! 放しませんよー!

うぐぐぐぐぐー

カチッ

あっ!

……

……

また、タイムマシンのスイッチ押しちゃったかも!

ええー、今回はもう終わり?

わああああああーーーーーー!!!!!

……

……

わあ?

……

あ?

……

ん?

あれ?

動かない……

……

ていうか、止まってる

ライオンの胃液が止まってる

……

いや、違います、空中で止まってるんです、液体が

……

いや、違いました、全部が止まってます

せ、世界全体の時間が止まっていますよ! 先輩!

……

ということは……これは……

……

違います、AVの撮影が始まったんじゃありません!

時間停止企画は好きだけれども……五本の指に入るくらい好きだけれども……

違います! 残念ながら違います!



わあー、しかし、時間が止まると、こんな風になるんすねー

当たり前ですけど、初めて見ました

……

残念、もうシャワー浴びれないですね、先輩

……

ヒッ! 何か動いた!

……

……

何だ、ネコか……

……

ん? ネコ?

何で動いてるの? 時間止まってるのに

……

違います! AV男優じゃありません!

何でネコにAV男優させるんすかー

ファンタジー! ファンタジー!

先輩のせいで、ファンタジー要素が台無しです! もう



あのネコ、こっち見てますよ

あっ、どっか行く

あっ、止まった

また、こっち見た

……

先輩、これって、「一緒について来い」ってことじゃなっすか?

……

大丈夫ですよ、先輩、アイツはきっと、いい奴です

だって、初対面の人間に、あんなに堂々と肛門見せてくる奴ですよ、いい奴に決まってます

え? ネコはみんな堂々と肛門見せつけてくるって?

先輩、浅いなー

ネコという生き物はですねー、肛門を見られることが恥ずかしくないわけでもないんですよ

機会があったら、ネコの肛門をジッと見つめてみてください

「何見てんだよ!」って感じで、振り向きますから、ホントホント

ネコってのはね……後頭部にも目がついているです

……

じゃあ、とりあえず、あのネコの肛門にロックオンして、後についていきましょう



いやー、随分と歩かされましたねー

結構デカい家

あっ! 窓から入っていった!

あのネコ、この家の飼いネコかな?

……

食べ物ありますかねー

先輩も限界っすか

そうっすよねー

背に腹は代えられないっすよねー

一応、訊いてみるだけ訊いてみましょうか

……

じゃあ、ピンポンしてみますよ

……

先輩、なにクラウチングスタートの姿勢してんすかー

ピンポンダッシュじゃありませんよ!

もう、子供の頃の経験が体にしみ込んでるんすね、かわいそうに……

……

♪ ピーーーンポーーーン

……

……

誰もいないみたいですね

……

……

しょうがない、行きましょうか、先輩

……

「開いてますよ」

え?

……

……

先輩、聞こえました?

……

うーん、何か、いたら、いたで、怖くなってきましたね

映画だったら、絶対に入っちゃいけないパターンですよね

地下に拷問室や人の骨や皮膚で作ったコレクションとかありますよね、絶対

でも、ここで帰っちゃったら、映画として成立しないしなー

お客さんも、きっと怒っちゃいますよ

「さっさと入れー! こちとら、高い料金払って、クソ高いポップコーンも買ってんだー!」ってなりますよね

やっぱ、行くっきゃないかなー

……

そうだ、景気づけに『INOKI BOM-BA-YE』を歌いながら、玄関ドアまで進みましょう

先輩、覚悟はいいですか? 行きますよ

♪ イノキ ボンバイエ イノキ ボンバイエ ファイ! ファイ!

この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし、踏み出せばその一足が道になり、その一足が道となる。迷わず行けよ 行けばわかるさ

♪ イノキ ボンバイエ イノキ ボンバイエ ファイ! ファイ!

……

じゃ、開けますよ

カチャ

お邪魔しまーす、殺さないでくださーい

……

入りますよー、殺さないでくださーい

……

あっ、こんにちはー

……

先輩、なんか優しそうな紳士ですよ、良かったですね

でも、油断は禁物です、ああいう柔和なタイプが、実は殺人鬼っつうのが
映画では定番ですから

……

一応、挨拶はしときます?

はーい! それではショートバージョンいきますよー

降っても晴れても関係ねえ! 雪が降ってもクロックスの『アタイラず』です! よろしくお願いしまーす、ペコリ

……

あっ、〈Lee〉さんですか、よろしくお願いします

……

……

ええーと……あっ、そうだ、時間が止まったんですよ

で、動いてたのがネコだけで……

それで、ネコの後をつけてきたら、ここにたどり着いた、というわけなんです

あっ! あのネコです! あそこのソファでくつろいでいる

……

ところで、Leeさんは何で動けるんですか? 時間止まってんのに

「止まってない、時間が物凄くゆっくりと流れているだけ」 はい

「自分が動けるのは彼のおかげ」 はい

あのネコは、Leeさんの飼い猫なんですか?

……

「ネコは誰のモノでもないですよ」

……

あー、実はアタイラも、そう思ってます、日頃から、ね、先輩

……

「ピートの方が僕のことを気に入ってくれたらしく、時々こうやって来てくれるんです」

あー、実はアタイラも、そうなんじゃないかなー、と思ってました、ね、先輩

……

先輩、この人、何か面倒くさいっすね

……

え? 先輩、何ですか?

ネコの肛門の話?

肛門の話はしません! バカがバレてしまいますから



そうなんすか、〈ピート〉って名前なんすね、このネコ

もしかして、『夏への扉』のピート?

それとも、鼻のあたりが〈ピート・タウンゼント〉に似てるから?

……

違います、先輩、〈尾藤イサオ〉じゃありません!

どういう耳してんすかー

ネコの〈ピート〉が〈尾藤イサオ〉だったら困るでしょ! 

山下達郎も〈尾藤イサオ〉と連れ立って、君を迎えに戻らなくちゃいけなくなるでしょうが!

達郎さんも気をつかうでしょ、尾藤さん、先輩だしー

ねえ……

……

……

あっ、尾藤イサオのクダリは終わったので続きをどうぞ

……

「もちろん、『夏への扉』のピートが由来ですが、私が勝手に名付けただけです。だから彼自身にその自覚はないと思います。それに、ほかの場所では、違う名前で呼ばれてるでしょうから。多分……」

「どうでしょう、あなた方をピートの友人として、ぜひ招待したいのですが、よろしいですか?」

……

先輩、どうします?

……

はい、あとで殺されないんだったら大丈夫です

「アッハッハッハ」

アッハッハッハ

……

ふゅー

……

「〈テータリック〉というミルクティーでよろしいですか?」

ああ、いいんですけど、実はアタイラ、しばらく何も食べてなくて……

できらば、食べ物の方が……

腹にたまるものをガッツリいきたいっつーか、吐くくらい大量に食べたいっつーか

でも、吐いちゃったら腹にたまらないか

アッハッハッハ

ワッハッハッハ

……

ふゅー

……

「それは気がつきませんで、どうも。早速シェフに準備をさせましょう」

ワオ、お抱えシェフがいるんすねー、やっぱ、本物の金持ちは違いますねー

……

あっ、ちょっと待って!

……

……ピアノ?

……

ピアノの音がする……隣の部屋?

……

「そうでした。ご紹介するのを忘れていました」

……

カチャ

……

きょ、教授!

……

先輩、先輩、教授ですよ! 教授!

……

だって、先輩、部屋にデビッド・ボウイと教授のポスター貼ってたでしょ!

なに後ろに隠れてるんすかー、もう

……

あっ、はじめまして、よろしくお願いいたします

ほら、ほら、本物ですよ! 先輩、何かしゃべって!

何でもいいんすよー

……

ほら、ゴダール、ゴダール

ゴダールなら話が合うんじゃないですか?

……

教授、この人、〈『勝手にしやがれ』を映画館で観る女〉なんです

でも、難しいことは全然わからないんですよ

……

「難しいことがわからなくっても、ゴダールを観る人は、みんな仲間だ」って教授がいってます

……

「わかっても、わからなくっても、観続けることが大切」なんですって

……

「それは、〈人生〉についても同じだと思います」ですって

……

先輩、なに泣いてるんですかー、もう

あーあーあー、すいません、この人、基本、ゲロまみれか、ヨダレまみれか、涙まみれか、の三択なんっすよー

アッハッハッハ

ワッハッハッハ

……

ふゅー

……



……このあと、アタイラはLeeさんからご馳走を振る舞ってもらいました

教授も「僕からのプレゼントです」といって、ピアノを弾いてくれました

その曲は、音数が少なく、とてもゆっくりと奏でられ、まるで流れる時間の速度を測るような素敵な演奏でした

洞窟の天井から少しずつ滴る水のように、教授は見えない氷筍の上に一つひとつ丁寧に音をおいていきました

アタイラは、そんな教授の音楽を聴きながら食事をしました

モグモグ、ガツガツ、グビグビ

食器やナイフやフォークをガチャガチャ鳴らし……

先輩は、涙と鼻水をダラダラと流しながら、頬っぺたをパンパンに膨らませて食べていました

久しぶりの食事が嬉しいのか、教授の演奏に感動しているのか、自分でもわかっていないような様子でした

食事のあと、アタイラは教授に謝りました

「すみません。せっかく演奏してくれたのに、うるさい音をたててしまって……」

教授は「君たちのたてた食事の音も、立派な音楽だよ」といって笑ってくれました



そのあと、アタイラは熱いシャワーを浴びました

シャワーヘッドはマーライオンの形をしていました

Leeさんはアタイラをぶち殺すこともなく、逆にジミーチュウのリュックサックをプレゼントしてくれました

アタイラは、そのリュックにタイムマシンを入れ、また時間の旅に戻ることにしました

Leeさんと教授にお別れの挨拶をするとき、先輩は泣いていました

「教授の音楽をもっともっと聴きたい!」といって泣いていました

教授は先輩を優しくハグしてくれました

そして、「時間の流れる速度が元に戻ったら、きっと聴こえなくなってしまうだろうけど……でも、音楽は途切れることなく、ずっと奏でられていることを忘れないでいてほしい」といいました

「それでも、時々でいいから、聴こえない音楽に耳を澄ましてくれたら嬉しいな~」



あっ、そうそう、『アタイラず』の旅に、新しい仲間が加わりました

尾藤イサオこと、不思議なネコの〈イサオ〉です

そうです、イサオがアタイラを気に入ってくれたらしいのです

多分、先輩の体から雌ライオンの臭いがめちゃめちゃしたからだと思います

『アタイラず feat. イサオ』の誕生です!

なぜ名前がイサオになったかというと、単純に「イサオ!」と呼んだときに、一番元気よく「ニャー」と返事をしたからです

やがて、彼の名前が、なぜイサオになったのかは、歴史の闇の中に葬り去られることになるのですが……良いのです

名前のいわれがどうであれ、彼自身が気に入っているということが、何よりも一番なのですから……



イサオは時々、リュックサックから顔だけをひょっこりと出します

そして、何の音もしないのに、耳をピクピク動かしたりします

別に口には出しませんが、そのとき、アタイラは「ああ、イサオはきっと、聴こえない音楽、永遠の音楽を聴いているんだろうな~」と感じるのです

そして、確信するのです

アタイラにとっての永遠の音楽は、これからの人生の旅路の中で、ゆっくりと、でも、確実に、聴こえない音楽から、聴こえるかもしれない音楽に変わっていくであろうことを……

あとは耳を澄ますだけ

じっと耳を澄ますだけです

……ね、先輩

……ね、イサオ


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