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逆噴射小説大賞2023 個人的に好きな作品

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#小説

聖女、血の魔法、勇者。

聖女、血の魔法、勇者。

『……市内の中学校に通うKさんは全身の血液が抜かれた状態で発見され……』

「随分老けたね」
「は?」

 悪口でしかないそのセリフが自分宛てだと理解したのは、少女が泣きそうな笑顔で俺に抱きついて来たからだった。俺は妙なニュースを表示していたスマホを取り落としそうになって慌てる。

「ユキ……! ユキアキ……! やっと……!」
「だ、誰!? 俺は雪秋だけど……誰!?」
「12年も……かかったけど…

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75年ぶりの挑戦者《チャレンジャー》

75年ぶりの挑戦者《チャレンジャー》

 エドモンド・ハンクマンは時間通りにやってこないスクールバスが大嫌いだった。
 待ち合わせに遅れるガールフレンドが大嫌いだった。
 指定日に届けないネット通販はアカウントを削除した。

 規則的なものが好きだった。
 水飲み鳥の動きを何時間も眺めていられた。
 仕組みを知ろうと父親の時計を分解したこともある。

 やがて彼は、求めるものが空にあることを知る。
 太陽、月、そして無数の星々。
 天文

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羽音

「わたしが死んだ時、蠅の羽音がした」
──エミリー・ディキンスン、465番の詩

 乾いた風が吹くと、まず崩れるのは眼球だという。

 私は目を細める。茫漠とした砂塵の彼方では、天衝く排気塔から煤煙が吐き出されている。
 昼夜を問わず稼働し続ける火葬場。熱と灰が無尽蔵に供給され、大気をさらに脱水していく。

 視線を移す。老人が死んだ幼子を抱いている。子の盲いた眼窩には黒い虚があるだけだ。

 も

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地球泥棒を追え!

地球泥棒を追え!

 扉を開けると月面だった。
 反射的に閉める。
 もう一度、恐る恐る開ける。
 黒い空、灰色の荒野、立ち尽くす星条旗。写真でしか知らなかった光景が、廊下の代わりに広がっていた。

「輪郭が、異様にはっきりしてる」
「空気が無いからだ。可視光を邪魔するものがないのさ」
「でも普通、生身で宇宙に晒されたらただじゃ済まないと思う」
「こちらの技術力の賜物だ。そもそも現在の地球の方が、余程普通からかけ離れ

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もしもプラズマキャノンがあったなら

もしもプラズマキャノンがあったなら、なんだって壊せるだろう。
もしもプラズマキャノンがあったなら、世界はどんなに色づいて見えるだろう。

ある雨上がりの日、田舎道を軽トラで走っていると、道端にプラズマキャノンが落ちていた。

プラズマキャノンと言っても、然程大げさなものでもない。惑星航行艦の迎撃火器や、新式戦車に使う、変哲も無い単装式収束プラズマキャノンである。

だからと言って、田舎道に転がって

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マキコの黒いサンドボックス

マキコの黒いサンドボックス

 企画班リードの棚橋が戦線離脱して3日目。だから会議もこんな調子だ。「ですからァ、Yボタンなんです」
「ロックオンはR3で決まりだ」
プログラム班・日向寺はまだ冷静。さすが堅物。

「バインド変えるだけっしょ? 何そんな渋ってンすか」
棚橋の相棒だった彼は、たぶん潰れるだろう。
仕方のないことだ。

「これが通ったらしまいにゃコアコードに手がでかねん。時期を考えろ。デバッグへの伝達も面倒だ」

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『ジグジグ』

『ジグジグ』

 アイツの告別式に会社からの出席者はひとりもおらず、自動生成の弔電が合成音声で読み上げられていた。息子の遺影と同じ顔の「俺たち」を見た老里親がギョッと顔を強張らせる。焼香を済ませた俺は里親に目礼をしてそそくさと式場を後にする。

 式場のはずれにある喫煙所に俺たちが集まってきた。黙って煙を吐き続ける。俺たちのロットは紙巻きを吸う最後の自律治具らしく(後輩ロットは、そもそも喫煙習慣を持たない)自然と

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セイント

 モグリの雀荘経営という商売柄、アクの強い人間は腐るほど目の当たりにしてきた。しかし完は別格だった。
 氷雨の夜、白シャツ姿の完は傘も差さずに私の店に現れた。常連の柿沼の紹介だと言うが、柿沼は廻銭を詰めきれないまま蒸発している。
 柿沼氏の穴埋めです。完はそう言って手に提げたコンビニ袋から百万の束を三つ掴んで私に手渡すと、濡れそぼった髪も拭かずに一人欠けのチェアに腰掛けた。卓を囲む先客たちが揃って

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「迦陵頻伽(かりょうびんが)の仔は西へ」

「迦陵頻伽(かりょうびんが)の仔は西へ」

 身の丈七尺の大柄。左肩の上には塵避けの外套を纏った少女。入唐後の二年半で良嗣が集めた衆目は数知れず、今も四人の男の視線を浴びている。

 左肩でオトが呟いた。
「別に辞めなくたって」
 二人は商隊と共に砂漠を征き、西域を目指していた。昨晩オトの寝具を捲った商人に、良嗣が鉄拳を振るうまでは。
「奴らは信用できん」
「割符はどうすんの」
 陽関の関所を通る術が無ければ、敦煌からの──否、海をも越えた

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神饌を供す #逆噴射小説大賞2023

神饌を供す #逆噴射小説大賞2023

 尾頭さちと尾頭さえの姉妹は巫女装束に身を包み、深々と平伏して待っていた。部屋の寒さに、吐く息が白く染まる。遠くで鳴り続ける鈴の音が、耳に届く唯一の音であった。
 彼女らの前には一本の包丁が置かれ、さらにその前には純白の布地が広げられている。布の上には、一糸まとわぬ姿の女性が寝かされていた。
 少女というのがふさわしい女性の、それは死体であった。

 鈴の音が消えた。姉妹の体がわずかにこわばる。

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黄金ザクロ

黄金ザクロ

 誰もいなかった。たった独りきりだった。
 ウゥゥー……ウゥー……。
 荒涼とした大地に、呻きにも似た何かが木霊していた。言い知れぬ焦燥感とともに空を見ると、天頂には眩い光があった。耳元には囁く声。誰も、いないはずなのに。

 見えるか? あの輝きが。ぴかぴかとしたあの光が。わかるだろう? 俺とお前が求めてやまなかったもの。ありとあらゆる犠牲を費やし得ようとしたもの。俺とお前の生と死。終わりにして

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『カバリとジャンには、夜がお似合い』

 彼の敵前逃亡は、小隊の運命には何の影響も与えなかった。路地の奥で殺された人数が、ただ七から六に減っただけだ。だがその夜は彼を、永遠に変えてしまった。

 路地を、まるで連なる川獺のように小隊は進んだ。最後尾の彼だけが、分かれ道の手前で立ち止まった。兵士たちは低い姿勢のまま暗がりへ消えてゆく。おれは捨石の、囮役を引き受けたのだという言い訳を彼は考えた。自分一人だけなら逃げられる可能性がある。彼には

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死闘裁判 -Trial by Combat-

死闘裁判 -Trial by Combat-

 法廷の中央で、検察官の須藤と対峙する。
 距離二メートル。
 裁判官の、被告人の、傍聴席の、検察席の、全ての視線が、俺と須藤の二人に集まっていた。

 半年前、足立区で起きた、中学校教諭一家殺害事件。
 被告人の沢木に対し、検察は死刑を求刑し、弁護人である俺は、沢木のアリバイや、不当な取り調べ、証拠の不明瞭な点を論拠に無罪を主張した。
 死刑と、無罪。
 互いの主張は真っ向から対立した。
 従っ

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「青き憤怒 赤き慈悲」

「青き憤怒 赤き慈悲」

 柔い背に刺棒を挿れる度、琉の華奢な身体は悶え、施術台を微かに揺らす。
 額の汗を拭い、俺は慎重に輪郭線を彫る。
 もう後戻りはできない。
 深呼吸。顔料の鈍い香りで気を静めると、十年来の教えが脳裏に蘇る。

「尋、邪念は敵だ。心が絵に表れる」

 師匠は姿を消し、人の背を切り刻む悪鬼へ堕ちた。
 発端は、俺の背が青く染まった日。



 一週間前。幾年も耐え忍び待ち望んだ独立の記念に、俺は自作

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