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逆噴射小説大賞2023 個人的に好きな作品

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バキラが首都にやってくる

バキラが首都にやってくる

「おーい少尉、しょーうい! デートに来たぞう!」
 時速500km超で飛行する機動艦の尻に突き刺さった大型砲弾、それを内側から突き破ったのは筋骨凄まじい巨女であった。
 銃撃で応えた三人の兵士を、数秒かけてそれぞれ蹴り、頭突き、こぶしの一撃で昏倒させると、顔面装甲にめり込んだ銃弾を指でほじくり返しながら鉄扉を前蹴りでこじ開ける。続く通路は機動艦の先端に向けて作られている。

「ガロフ少尉、あの女は

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ヒュドラを運ぶ

ヒュドラを運ぶ

 礼成江の水を飲んでしまったのは、康明を運び終わった時のことだった。
 泥の混じった水の匂いが、喉奥から鼻へ抜けていく。岸に掴まり咳き込んでいると、「母さん!」と昭一が、ひしと腕を掴んできた。
 岸に上がる。昭一はおんぶ紐を解き、康明を抱きかかえる。先程から泣き声一つ上げない。口元に手を当てると、微かな呼気が手のひらに触れる。しかし、目を閉じて、ぐったりとしている。
 急がなくては。まだ弘子と啓子

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Loki 'n' Roll

Loki 'n' Roll

 寿司はいろいろと食べ歩いた。
 小樽、築地、金沢、アナハイム、ニューヨーク。どれも忘れ難い思い出だ。
 しかし地元ニューポートの寿司屋、松原ほどの店はこの地球上に存在しない。特にメキシコ風の揚げ寿司は絶品だ。考えた奴はモールスやベルよりクリエイティブであり、特許を取るべき発明である。他方日本ではアロエ寿司に特許があるようだが、革新に疎く伝統を重んじる国ならではの保守的な特許である。

 さておき

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聖女、血の魔法、勇者。

聖女、血の魔法、勇者。

『……市内の中学校に通うKさんは全身の血液が抜かれた状態で発見され……』

「随分老けたね」
「は?」

 悪口でしかないそのセリフが自分宛てだと理解したのは、少女が泣きそうな笑顔で俺に抱きついて来たからだった。俺は妙なニュースを表示していたスマホを取り落としそうになって慌てる。

「ユキ……! ユキアキ……! やっと……!」
「だ、誰!? 俺は雪秋だけど……誰!?」
「12年も……かかったけど…

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真夜中の檻

真夜中の檻

 小型の護送車が横転していた。
 夜の山道のど真ん中だ 。あやうく激突しかけた。私は車を降りた。ボロのコートではひどく寒い。
 ヘッドライトに照らされた車体に近づいていく。前方が潰れていた。砕けたガラスが靴の下で鳴る。

「止まれ」と声がした。
 車の陰から腕が伸びている。手には銃、テーザーガンと一目でわかった。
「抵抗するな。いいか」
 私はあぁ、と答えた。

 姿を現したのは、長い黒髪の青年だ

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陰膳

陰膳

 おカツばあさんは朝の四時、まだ空のうす暗いうちに目を覚ます。
 よく研いだ菜切り包丁に木のまな板、鉄の鍋を取り出す。台所に葱を刻む音と鰹節の出汁の匂いが漂う。出来上がった味噌汁を、昨夜炊いた米の残りとともに小さな器に盛りつけて陰膳を整えたあと、彼女はようやく自分の食事にとりかかる。
 慎ましい朝食を終え、食器を片付けると、おカツばあさんは割烹着の上にくたびれた合羽を羽織って、のんびりと外へ出る。

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贖命のダイヤモンド

贖命のダイヤモンド

河南省開封市

 十六歳の傅小琛は、人もまばらな路上に竹籠を並べて西瓜を売っていた。色褪せた西瓜の売れ足は鈍く、茣蓙に座って地面の小石を数えていると、熊のような体格の中年男がフーの前で立ち止まった。
「你是傅小琛吗?」
 男は拙い発音でフーの名を口にした。
「ヤクザは日本に帰れ」
 日本語であしらうと、男は一瞬呆けた顔をしてから勝気な笑みを浮かべた。
「日本語うまいね。私がヤクザ?」
「見ればすぐ

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非合法無人傭兵

非合法無人傭兵

 まずカメラが回復する。
 青空と暗黒雲海。
 意識のタイムスタンプを確認。断絶は数秒間。
 身体ダメージ診断・軽微。武装・レーダー使用不可。カメラは生きている。
 友軍機反応、識別名『エフティー』。800m後下方。後輩の僚機。
 インパクト前に入っていた通信の復号完了。ミサオから。《準備完了。北倉庫の地下15階で。妨害警戒》
 現在通信機故障。
 ブロンソンはエフティーに向け友好的にアームを振る

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75年ぶりの挑戦者《チャレンジャー》

75年ぶりの挑戦者《チャレンジャー》

 エドモンド・ハンクマンは時間通りにやってこないスクールバスが大嫌いだった。
 待ち合わせに遅れるガールフレンドが大嫌いだった。
 指定日に届けないネット通販はアカウントを削除した。

 規則的なものが好きだった。
 水飲み鳥の動きを何時間も眺めていられた。
 仕組みを知ろうと父親の時計を分解したこともある。

 やがて彼は、求めるものが空にあることを知る。
 太陽、月、そして無数の星々。
 天文

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羽音

「わたしが死んだ時、蠅の羽音がした」
──エミリー・ディキンスン、465番の詩

 乾いた風が吹くと、まず崩れるのは眼球だという。

 私は目を細める。茫漠とした砂塵の彼方では、天衝く排気塔から煤煙が吐き出されている。
 昼夜を問わず稼働し続ける火葬場。熱と灰が無尽蔵に供給され、大気をさらに脱水していく。

 視線を移す。老人が死んだ幼子を抱いている。子の盲いた眼窩には黒い虚があるだけだ。

 も

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「D.O.D」#逆噴射小説大賞2023

「D.O.D」#逆噴射小説大賞2023

「酒だけ飲んで生きていけるって知ってるか? 必要な栄養を摂れていないからあちこちおかしくなるんだが、飲んで死ぬのと、飲まずに死ぬのと、どちらを選ぶかなんて考えるまでもないだろう?」

「ドリンク・オア・ダイ、飲むか死ぬか、て昔はよく言ったが、今は違う。ドリンク・オア・ドリンク。少し飲むか、多く飲むか。短い間飲むか、長時間飲み続けるか。『二日酔いを恐れるならば、三日三晩飲み続けなさい』と言った聖人も

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地球泥棒を追え!

地球泥棒を追え!

 扉を開けると月面だった。
 反射的に閉める。
 もう一度、恐る恐る開ける。
 黒い空、灰色の荒野、立ち尽くす星条旗。写真でしか知らなかった光景が、廊下の代わりに広がっていた。

「輪郭が、異様にはっきりしてる」
「空気が無いからだ。可視光を邪魔するものがないのさ」
「でも普通、生身で宇宙に晒されたらただじゃ済まないと思う」
「こちらの技術力の賜物だ。そもそも現在の地球の方が、余程普通からかけ離れ

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もしもプラズマキャノンがあったなら

もしもプラズマキャノンがあったなら、なんだって壊せるだろう。
もしもプラズマキャノンがあったなら、世界はどんなに色づいて見えるだろう。

ある雨上がりの日、田舎道を軽トラで走っていると、道端にプラズマキャノンが落ちていた。

プラズマキャノンと言っても、然程大げさなものでもない。惑星航行艦の迎撃火器や、新式戦車に使う、変哲も無い単装式収束プラズマキャノンである。

だからと言って、田舎道に転がって

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マキコの黒いサンドボックス

マキコの黒いサンドボックス

 企画班リードの棚橋が戦線離脱して3日目。だから会議もこんな調子だ。「ですからァ、Yボタンなんです」
「ロックオンはR3で決まりだ」
プログラム班・日向寺はまだ冷静。さすが堅物。

「バインド変えるだけっしょ? 何そんな渋ってンすか」
棚橋の相棒だった彼は、たぶん潰れるだろう。
仕方のないことだ。

「これが通ったらしまいにゃコアコードに手がでかねん。時期を考えろ。デバッグへの伝達も面倒だ」

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