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「D.O.D」#逆噴射小説大賞2023

「酒だけ飲んで生きていけるって知ってるか? 必要な栄養を摂れていないからあちこちおかしくなるんだが、飲んで死ぬのと、飲まずに死ぬのと、どちらを選ぶかなんて考えるまでもないだろう?」

「ドリンク・オア・ダイ、飲むか死ぬか、て昔はよく言ったが、今は違う。ドリンク・オア・ドリンク。少し飲むか、多く飲むか。短い間飲むか、長時間飲み続けるか。『二日酔いを恐れるならば、三日三晩飲み続けなさい』と言った聖人もいる。流れる汗が酒臭くなったり、話す言葉が酒まみれの戯言ばかりになったり、何を見ても何に触れても酒にしか思えなくなったら本物の酒飲みだ。酒飲みってのは人じゃなくて、酒そのものなんだ」

「人は食べた物でできあがってる。読んだ本で組み立てられている。触れ合った人間との関わりで構成されている。それら全てを酒に置き換えるとどうなる? 酒を食べて酒を読んで酒とだけ関わるわけだ。家族も友人も仕事も夢も希望も全て消え失せる。金もなくなるから必然的に一番安くてまずくて量の多い酒に辿り着くから悪酔いしかしない。飲み続ければ死ぬが、どうせ生まれた時から死に向かってきたんだ」

 私は酔っ払いの言葉を無視して酒瓶を割った。紙パックの中の酒を台所の流しにぶちまけた。

「俺に酒をやめさせてどうするつもりか知らんが、今さら戻れないし助からねえぞ。俺を更生させようとか昔の仕事に戻そうとか考えてるんだろうが、出ていってくれねえか。今捨てた酒を補充してからな」

 年老いて見える酔っ払いはまだ年齢的には老人ではない。取り返しのつかない仕事の失敗で妻と息子を失って以来酒に溺れた、まだ中年の凄腕の探偵、だった。酒で壊れた彼の頭から、もう一人の息子の記憶が抜け落ちている。私は酒の代わりに買ってきたミネラルウォーターを冷蔵庫に入れようとしたが、電源が切れた冷蔵庫の中は腐って茶色になったキャベツで満たされていた。そいつは人の頭にも似ていた。

【続く】

入院費用にあてさせていただきます。