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2024年に向けて 選択と集中 やり切る力

2024年に向けて 選択と集中 やり切る力

こんにちは、濱田です。

今年はいろいろと反省が多いので、noteで振り返りを書きます。
2023年、考えていたことを全然達成できない年になりました。
"うまくいきませんでした" ではなく、

「やりきれてませんでした」
「頑張れていませんでした」

です。
まだ、具体的に動き始めてから期間が短いですが、
2023年8月時点で、僕が考えていたことは主に下記の3つです。

それぞれ、今の状況と照らし

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(株)BeHot 一期目を終えて

(株)BeHot 一期目を終えて

こんにちは、濱田です。

最近は初めての決算があったり、
年収チャンネルに出演してデジタルタトゥーを残してしまったり、
サマスタに挑戦してみたりと充実した時間を過ごしていました。

そんな中で突然ですが、
10月から自分としては新しいことを始めます。
ということで、その時々の考えや想いを大事にしたほうがいいと思っているので、今後もnoteを更新していきます。

まず、2023年6月に初めて会社とし

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苦しかったときのことを思い出しに行く

苦しかったときのことを思い出しに行く

2022年9月21日-9月24日、
久しぶりに名古屋を訪問した。
なぜ急に名古屋を訪ねたのかというと、僕が仕事において勉強させていただいているファッション系インフルエンサーのMBさんが、生まれ育った故郷に帰ってみることをおすすめしていたからだ。
URL:https://r.voicy.jp/G4VWe7GMmeM

MBさんのVoicyを要約すると

<アクション>

幼い頃に生まれ育った故郷に帰

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独立2年目 法人化と今後について

独立2年目 法人化と今後について

2021年7月に独立してから一年が経ちました。

当初は貯金がほとんどない中でいきなり大赤字。
早々にカードローンを申し込み借金。
どうなることやらと思ったけど、なんとか自分一人食べていくには困らないくらいの状態を保てるようになりました。
それはスター銀行やCS-Cで多くの経験をさせていただいたことはもちろん、オンラインサロンや自学を通してスキル向上に努めつつ、さまざまなご縁に恵まれたからです。

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夢見た独立

夢見た独立

自分自身の振り返りのためにnoteを書いているんですが、2021年は自分の人生でいろいろと転機があったので今回も書きます。

2021年、僕としては一つ駒を進められた一年になりました。

2020年末、
株式会社CS-Cを2021年6月末に退職したい意を伝え、
業務時間外は独立に向けた種まき活動及び準備期間にしたい。

そのことを当時の上長や社長の椙原さんに伝えた。
会社から考えたら、そんなモチベ

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ベンチャーでの修行 その先へ

ベンチャーでの修行 その先へ

2018年11月、
僕はITベンチャー企業のWebマーケティングコンサルティング会社に入社した。

同期は10名。
当時の社員は約70名ほど。

これから、同様のペースで社員を採用して200名規模まで成長させるようだった。
僕は拡大期の一期生のような立ち位置。

自分の成長と結果次第で、多くのことを経験させてもらえるだろう。
そんな期待にワクワクしていた。

転職とともに札幌を離れて、住まいは東京

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札幌生活の終わり 転職し新たな道へ

札幌生活の終わり 転職し新たな道へ

札幌での銀行員生活、
正直、自分の会社での仕事は決して順調ではなかった。

僕は札幌支店で個人顧客向けのファイナンシャルアドバイザーとして、投信、外貨預金、保険商品の営業と相続関連の相談業務をしていた。

営業として2年目、3年目までは目標達成のギリギリラインを漂っていた。
4年目になったタイミングで社内評価のグレードが上がり、営業目標も大幅に上がった。
担当のお客様は変わらない中で、自分のスキル

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銀行員時代 札幌生活の始まり

銀行員時代 札幌生活の始まり

2015年4月、
僕は新卒で東京スター銀行に入社した。

当時、社会人になるにあたって僕はやる気に満ち溢れていた。

働くにも最初の印象が肝心だと考えていたため、内定者時代には集まる会があれば声を上げて二次会に誘導したり。
入社後の新人研修時代も、率先して発表者に立候補したりと精力的に取り組むようにした。
自分で言うのもなんだが、目立つ部類ではあったと思う。

しかし、

新人研修では講義が始まっ

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人生の夏休み 大学生活から就職まで

人生の夏休み 大学生活から就職まで

僕はAO入試を受けて合格し、明治学院大学に入学した。

附属高校だったため中京大学にそのまま進学するという選択肢もあったが、家族のことと生活の面から藤沢の実家に戻るというのが最優先だった。

ゆったりとした家族との生活へ。

入学前の2011年3月11日、東日本大震災が起きた。
入学式はなくなったが、サッカー部の練習は行われていた。

時間を持て余した僕は、自らアポを取り練習に参加した。
同期とは

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高校時代 大きな挫折と自分の無力感

高校時代 大きな挫折と自分の無力感

僕は努力が認められその成果もあり、
晴れて高校サッカーの名門高校である中京大中京高校に進学した。
父と兄は神奈川県藤沢市の自宅で、僕と母は名古屋で暮らす、
二重生活の始まりだ。

入学して早々、
チームのレベルの高さに圧倒された。

身体能力の高さが異常だ。

僕は、同じポジションのメンバーの中で一番足が遅かった
中学時代までは足が速い選手としてやってきたのに、そのような状況になるなんて今まで想像

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中学時代 腐らず名門校を目指した日々

中学時代 腐らず名門校を目指した日々

今でも思い出す。

神奈川県藤沢市へ引っ越す前に下見に来た時、海岸線の歩道橋から見た、広がる一面の海とその開放感。

こんなところに住めるのか。

サッカーにおいては、ガンバ大阪の紹介で横浜マリノスの練習に参加させてもらったけど、自分の実力不足で入ることができなかった。
小学6年生に進級後のタイミングでは、個別でセレクションをやってくれるところは少なく、そのまま地元の片瀬サッカースポーツ少年団に入

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小学生時代 ピークを迎えたサッカー少年

1992年4月、僕は愛知県名古屋市で生まれた。

今となっては名古屋で生まれてから幼稚園時代の記憶はあまりないが、とにかくじっとしていられない子供だった。
いつも外で怪我して泥だらけになりながら走り回っていた。

幼稚園の年中のタイミングで、大阪府豊中市に引っ越した。
通っていた幼稚園にはボールとゴールがあり、気付けばみんなとサッカーをしていた。

卒園と同時に友達と地元のサッカースクールに入るこ

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