サックスブルー (スギウラワタル)

ことばと写真と / 岡山県倉敷市在住

サックスブルー (スギウラワタル)

ことばと写真と / 岡山県倉敷市在住

記事一覧

水彩画

あおいが心療内科の復職プログラムに参加して2ヶ月ほどが経った頃、自分より若い女性が受講生として入ってきた。口数が少ない。週に一度フリートークタイムがあるのだけど…

ブレークダウン

夢見が悪かった。 メンタルが下限値ギリギリである。普段から中間より上に振れることはほとんどないが、それにしても、だ。 夢は悪い内容ではなかったが、一晩中見ていて…

家裁

離婚後、母は家庭裁判所に通っていた。どれくらいの期間どれくらいの回数かは小学校低学年だった自分の記憶ではあやふやだが、本人が言っていたから間違いはないだろう。 …

カラーコード#f5c9c4

あおいは色についてよく考える。中学校までは美術部に在籍していた。熱心ではなかったし上手でもなかったが、そういうことに好奇心だけは持っていた。高校で美術部を選択し…

広い空のある場所

土曜日の半日の授業を終えて単線の私鉄に乗ってあおいは帰宅する。駅を降り月ぎめの預り所から自転車に乗り運河に架かる橋を渡ると、小さな頃から住んでいる小学校区に入る…

鍾乳洞ハイ

おい、あおい、洞窟探検行ってみいひん? と声をかけてきたのはSさんだ。下宿の二階に住む二学年上の人で、浪人したあおいとは年齢ではひとつ違いだ。大学は枚方市内に…

点滴 in Heaven

Ⅰ. 結局それが遂行できなかったことに意味を見出そうとしても無駄だということは、あおいにもよくわかっている。 結果的に一年に及んだ休職期間を終えようとする昨年の…

オートバイ

あおいの生まれた街にも海はあった。両側を細長い半島で腕のように囲まれて南に外海からの入口が開いた小さな湾の、さらに奥まった入江の東側にある市が、それだった。海と…

【詩かもしれない】深淵

いつもは目線の高さで見る空を、何の気なしに首を90度上に曲げて見上げてみると、めまいがして、そのまま背後に倒れそうになる。底の知れない得体の知れない深さが一瞬、雲…

波の歌を聴け

久しぶりに海に行った。 振り返ったら前回来たのがおととしの9月末だったので、一年8ヶ月ぶりだ。 今日、仕事中に頭が回らなくなって、少し休んでいるときに、ふと海に…

ザトウクジラ

職場のパソコンの壁紙をちょくちょく変える。だいたいはネットで探してきた風景写真である。 北米大陸の砂漠 ウガンダのコーヒー畑 スコットランドのパインツリー 南洋の…

火曜日と金曜日

いつかぼくも死ぬ 想像が今はまだつかないけれど 確実にその日はやってくる 突然やってくることもある 目を背けるわけではないけれど その時をどうやって受け入れたらい…

かえこ

中2から中3にあがるときに、もともと通っていた小学校区に新たに中学校が新設されることになった。 それまでその小学校を卒業すると、運河の向こうの、市の中心部により…

青い一日

朝、家のエゴノキの白い花が満開になっていた 澄んだ青い空によく映えていた たぶん、今日は一日雲がなかったような気がする、日中はほとんど建物の中にいるから、たぶん…

【詩かもしれない】やっぱり三日月

三日月が見えると 見える頃になるとウキウキする 今日は正真正銘の三日月、旧暦三日の月である 夏に向かって日足がずいぶん延びてきたから、西の空に細い月が見えるのも…

【詩かもしれない】カゲロウ

この数日、暗くなるとカゲロウが大量に舞う 大量などというと彼ら(their/each)一匹一匹の命をカウントしていないようで気がひける 一級河川が流れ、住宅地には用水路が大…

水彩画

水彩画

あおいが心療内科の復職プログラムに参加して2ヶ月ほどが経った頃、自分より若い女性が受講生として入ってきた。口数が少ない。週に一度フリートークタイムがあるのだけど、その子は自分からはほとんど話さなかった。

あおいも含めて他の受講者はそういう場面では休職に至った理由だとか症状を話したりもしたのだが、その中で一番の古株になっていたあおいが話を振っても、その核心に近づくような言葉は出て来なかった。もちろ

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ブレークダウン

ブレークダウン

夢見が悪かった。

メンタルが下限値ギリギリである。普段から中間より上に振れることはほとんどないが、それにしても、だ。

夢は悪い内容ではなかったが、一晩中見ていてた。何度か睡眠の途中で気が付くと、あ、夢を見ていた、と思い出す。最終的に朝の四時半に目が覚めた時に明らかに落下しているのが自覚できた。その三十五分後に鳴るはずの目覚まし時計をもう十分遅らせて、抗不安薬を一錠飲んだ。朝方にうっかり飲むと心

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家裁

離婚後、母は家庭裁判所に通っていた。どれくらいの期間どれくらいの回数かは小学校低学年だった自分の記憶ではあやふやだが、本人が言っていたから間違いはないだろう。

どういった話をしていたのかも知らない。家裁での調停が必要なくらいだから多少は揉めたのかもしれない。親権は養育費は父親には定期的に会わせるのか。

母の不利になるようなことはなかったのか。そもそもの原因は父親の不始末にあるのだと一度だけ聞い

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カラーコード#f5c9c4

カラーコード#f5c9c4

あおいは色についてよく考える。中学校までは美術部に在籍していた。熱心ではなかったし上手でもなかったが、そういうことに好奇心だけは持っていた。高校で美術部を選択しなかったのは、部活動を選ぶ初日に美術室を探すのに校内を迷ったこと、高校生ともなればきっと絵が圧倒的にうまい連中に混ざってやっていけない自信があったこと、その迷いの結果として廊下をうろうろしているところを同級生に誘われて映研に入ってしまったこ

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広い空のある場所

広い空のある場所

土曜日の半日の授業を終えて単線の私鉄に乗ってあおいは帰宅する。駅を降り月ぎめの預り所から自転車に乗り運河に架かる橋を渡ると、小さな頃から住んでいる小学校区に入る。米の集積場があり、水田があり畑作地がある。昔この辺りで牛を飼っている小屋があった。いつの間にか目にしなくなったなあ。ほぼ海抜ゼロメートルの細い農道をペダルを漕いできみは進む。ぼくはそんなあおいの、きみの背中を追いかける。きみはまだこれから

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鍾乳洞ハイ

鍾乳洞ハイ

おい、あおい、洞窟探検行ってみいひん?

と声をかけてきたのはSさんだ。下宿の二階に住む二学年上の人で、浪人したあおいとは年齢ではひとつ違いだ。大学は枚方市内にあって下宿はそこから自転車で十分足らずの距離だった。アパート、ではなく下宿風情を色濃く残した遺産のような木造の建物だ。学内でも、大学からは京阪電車の最寄駅からは最も遠い部類だということも含めて、そこそこ知られた存在だった。

その洞窟、

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点滴 in Heaven

点滴 in Heaven

Ⅰ.

結局それが遂行できなかったことに意味を見出そうとしても無駄だということは、あおいにもよくわかっている。

結果的に一年に及んだ休職期間を終えようとする昨年の夏に、実家のあるH市まで母親の墓参りに行った。もっとも正しい表現は、その計画を立て、新幹線に乗り、乗り継いで最寄りのJR駅までは行った、ということだったなとあおいはその事実を定義する。

その計画の二週間前に、かかりつけのクリニック職員

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オートバイ

オートバイ

あおいの生まれた街にも海はあった。両側を細長い半島で腕のように囲まれて南に外海からの入口が開いた小さな湾の、さらに奥まった入江の東側にある市が、それだった。海といってもあおいの知る限り、大半は埋め立てられた地方都市にありがちな小規模な工業地区で、最南端のわずかな海岸線は大戦後に干拓地に造成されていて、その向こうにあるはずの海を見ようと思うと、干拓事業のために建設された、聳え立つ巨大なすり鉢状の防潮

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【詩かもしれない】深淵

【詩かもしれない】深淵

いつもは目線の高さで見る空を、何の気なしに首を90度上に曲げて見上げてみると、めまいがして、そのまま背後に倒れそうになる。底の知れない得体の知れない深さが一瞬、雲間から伺えるようで、背筋がヒヤリとする。高層ビルやタワーから街を見下ろす時。淀んだ淵の、あるいは自分の乗った船の下の海の深度を想像する時。それよりももっと遠い距離が頭上にある。夕闇が濃さを増すごとに、それは限りなく深くなり

放り出される

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波の歌を聴け

波の歌を聴け

久しぶりに海に行った。

振り返ったら前回来たのがおととしの9月末だったので、一年8ヶ月ぶりだ。

今日、仕事中に頭が回らなくなって、少し休んでいるときに、ふと海に行くことを思いついた。長らく砂浜を歩いていないということはわかっていた。その間休職していたからだ。車の運転がきつかったのだ。

午前中は雨が残っていて、午後になってもなかなか雲がはけていかなかった。海に行くなら晴れていたほうがいいような

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ザトウクジラ

ザトウクジラ

職場のパソコンの壁紙をちょくちょく変える。だいたいはネットで探してきた風景写真である。

北米大陸の砂漠
ウガンダのコーヒー畑
スコットランドのパインツリー
南洋のどこまでも澄んだ海
ステップ気候の草原
夕暮れの波打ち際
南米大陸の寂寞とした地平線

いつもそうやって(自分にとっては)世俗から離れた画像を選ぶ

今日はアラスカの海原で跳躍するザトウクジラをいくつか探して、壁紙とロック画面に設定した

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火曜日と金曜日

火曜日と金曜日

いつかぼくも死ぬ
想像が今はまだつかないけれど
確実にその日はやってくる

突然やってくることもある

目を背けるわけではないけれど
その時をどうやって受け入れたらいいかわからない

昔のことを時々思い出す
辛かったことばかりに目がいくことも多い

それでも
それなりにそうでもなかったこともあり、そんなに捨てたもんじゃなかったことに気づく



高校の卒業アルバムを持っていない

卒業して間もな

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かえこ

中2から中3にあがるときに、もともと通っていた小学校区に新たに中学校が新設されることになった。

それまでその小学校を卒業すると、運河の向こうの、市の中心部により近い中学校に通うことになっていた。そこにはぼくらからしたら都会っぽい子らがたくさんいて、ぼくらの小学校組の倍くらいはいて、だからクラスも9つもあった。

新しい中学校は、小学校がそのまま進級するだけの学校になり、つまらないだろうなと思った

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青い一日

青い一日

朝、家のエゴノキの白い花が満開になっていた

澄んだ青い空によく映えていた

たぶん、今日は一日雲がなかったような気がする、日中はほとんど建物の中にいるから、たぶん

夕方、青い空に浮かぶ白いものは月だけだった

センダンの高木の上の方に、小さな花がびっしりと咲いていた

枝と枝の間の向こうも真っ青な空が

緑と対比させるとさらに際立つように

やがて暗くなると月が明るさを増してきて

空の青が宇

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【詩かもしれない】やっぱり三日月

【詩かもしれない】やっぱり三日月

三日月が見えると
見える頃になるとウキウキする

今日は正真正銘の三日月、旧暦三日の月である

夏に向かって日足がずいぶん延びてきたから、西の空に細い月が見えるのも、ずいぶん遅い時間になってきた

今日はカレーライスを食べ終えた19時半、カメラを手にして外に出てみた

日没時刻はとうに過ぎ、でもまだ地平のあたりに太陽の名残がある

三日月が、目の高さより少し上に見えている

地球照もばっちり確認で

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【詩かもしれない】カゲロウ

【詩かもしれない】カゲロウ

この数日、暗くなるとカゲロウが大量に舞う

大量などというと彼ら(their/each)一匹一匹の命をカウントしていないようで気がひける

一級河川が流れ、住宅地には用水路が大小張り巡らされている

たまに大発生したカゲロウが道路の上を埋め尽くすように乱舞している

その大量のカゲロウは朝に見ると弱々しく草葉にすがりつき、命を終えようとしている

儚い命だけれど、一夜限りの命でもない

幼虫でいる

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