サックスブルー

基本的に『ぼく』のこと。 岡山県倉敷市。咀嚼に時間をかけるタイプ。

サックスブルー

基本的に『ぼく』のこと。 岡山県倉敷市。咀嚼に時間をかけるタイプ。

最近の記事

こいのぼり

大気の状態が不安定だと予報が言っていたから早めに夕方の散歩に出た。 毎年揚げている家のこいのぼりが左にたなびいていた。東からの風が日中の暑さを少しだけ和らげるように涼しさを含んでいた。 いつもそこで曲がる郵便ポストのある角にさしかかると、右手から男の子が歩いてきた。 こんにちは と大きな声ではないけれど、はっきりとした口調であいさつをしてきた。 こんにちは、と返す。 かわいい、とノンを見る。 ありがとう なんとなくその男の子がノンをかまいたそうにする素振りを見

    • 三度目の春

      事情があって昨日今日の週末はほとんど家にいた。外に出るのは買い物に行くくらいで、あとはノンの散歩か。 散歩で近所の堤防の上に立つと、対岸の丘の上にある大きな桜の木が薄いピンク色に染まっているのが、数日前からこちらからでもわかるようになった。間にあるのは下流域の一級河川と広い河川敷だ。 あそこまで道がまっすぐ続いていれば歩いて15分ほどだと思うが、事実は数百メートル下流にある長い橋を渡らないと向こう岸まで行くことはできない。地図アプリでは徒歩で35分ほどと表示される。 二

      • コーヒー繋がり

        暇だから他の部署の手伝いをした。 暇、というのは精神疾患を患っているぼくのことを慮って(だと思う)ぼくに重い仕事があてがわれていないからそういうのであって、何もすることが無い、という訳ではない。 手伝った仕事は元々のぼくの業務からはそんなに遠いことではなく、だからといって教えてもらわなくてもできる、というような簡単なものでもない。片手、あるいは両手の掌にのる大きさのものを手元で確認しながらパソコンの画面に表示されたエクセルに入力していく。その部署の責任者に要領を教えてもら

        • 雨樋

          とんとんとん と、小太鼓のような、バケツをひっくり返して底を木の棒で叩くような音がしていた。雨降りの日だった。 まだ父親と暮らしていた家の仏間だったから、それは小学校に上がる前のことだったと思う。 とんとんとん は、どこか恐ろしい音のようにも聞こえたし、リズミカルな遊びのようにも聞こえた。 母に尋ねると、あれはあまどいのおとだ、と教えてくれた。そう、あまどいのおと? 雨樋の音だというのはわかったし、雨樋がどういうものかは知っていたけれど、じゃあとんとんとんはどうい

          春の音がする

          不思議なもので、 春になると音の聞こえ方がそれまでと違ってくる 枚方にいた頃、二月だか三月だか、下宿の窓から聞こえてくる国道1号線バイパスを走る車の音が、春の湿り気と温度をふくんでいるのに気がついた 下宿とその道路との間には、家は少ないけれど少し距離があって、普段はそれほど気にならない音が、その時はそうやって部屋に入ってきた ああ、春なんだな、と、そう感じさせた 今、電気を消して寝ようと布団に潜ったら、家からは同じくらい離れたところにある山陽本線の鉄橋を渡る貨物列車

          声を届けたい

          きのう、岡山市のZINEイベントに出展した。そういうことをするのは初めてだし、栞とポストカードは昨年作ったけれど、ZINE、つまり冊子を作ること自体も初めてだった。 1月の中頃にたまたま出展募集を目にして、勢いで申し込んだら受理をされたので、そこから短期間でなんとかZINEの作成を間に合わせた。 構想だけは持っていたけど、タイトル、撮りためた写真から何を載せるか、文章やキャプションはどうするかは、ほとんどそこからのスタートだった。 雑にだけは作るまい、それと背表紙のある

          遠い場所

          最後に見たのがいつだったのか正確には覚えていないが、たぶん母親が亡くなった頃だと思う。小学校低学年まで父親と一緒に住んでいた家は、外観は変わることなく、まだそこにあった。両親の離婚後は全く別の人が入居していたらしい。築60年くらいにはなっていると思う和風建築。 その後に母と兄と一緒に移り住んだ家も結局は同じ学区で、近い。 時々中の様子を思い出したりもするし、実際に残っているのなら、とも思うのだが、それを見ることはもう叶わないのだろう。 そんな場所がある、と考えたら涙の一

          空に浮かぶは

          仕事から帰って、ノンと散歩に出る。 今朝は未明に雨が降ったみたいで、日中も気温が上がらなかった。 事務所棟は古くてエアコンの効きが悪い。ただでさえ週始め、おまけに先週の末にトラブルがあって体調が上がらないから、気分がいまいちだった。 夕方、駐車場を出るときにメールを確認したら注文が一件入っていて、喜んで、郵便局に寄ってスマートレターを購入した。 帰宅して散歩に出ると、空に細い月が浮かんでいた。旧暦の三日は一昨日くらいで、だから今日の月は五日月だ。そんな知識を半端に仕入

          84円切手

          午後遅くにローソンまで歩いた。 片道15分足らず。 休職期間中に歩きたい欲が無性に高まった時期があって、例えば倉敷の街まで歩いたら、バイパス高架下のおいしいパン屋さんまで歩いたら、など色々地図アプリで最短ルートを検索して実際に歩いてみたりしていた。 それぞれ一時間以上、30分前後だというのがわかって、でも実行すると写真を撮りながらだから、もっとたくさんかかっていたりしたけれど、それだけ余裕があった、休職中だけど貴重な時間だったんだと思う。 ローソンへの最短経路も、アプ

          苦めコーヒー

          ついこの間、東京まで行って息子には会ったばかりだけれど、この年末、帰省してくるのがやっぱり楽しみである。 関西の大学にいる時は正月だけでなく夏休みにも帰ってきたりしていたし、ここ岡山からは近いこともあってこちらから向こうに遊びに行くことも、年に一、二度あったのだけど、社会人になって東京に行って、距離が遠くなっただけでなく、ちょうどコロナもあったりして、直接会うことはずいぶん減った。 この十一月に行ったのは、息子が東京に暮らしてから初めてだった。せっかく行ったのに、二晩とも

          新聞配達

          町の縁を縦貫するバス路線の、その町の中心に最も近い停留所のそばに古びた雑貨屋があった。バス停の横に雑貨屋があったというより、雑貨屋の横に停留所を置いた、という様子だった。路線が通っていたその県道は、当時としては町で一番広い道幅で、黄色のセンターラインが引かれていて、雑貨屋はその県道と別の県道との信号交差点の角にあった。ぼくは毎日夕方の便で届く新聞の束を、その雑貨屋まで取りに行っていた。学区は東北から南西に長方形のような形をしており、東北半分はもう一人の女の人が受け持ち、南西を

          抗不安薬

          何かを考えていると不安になる。何も考えなくても不安になる。テレビから無秩序に流れてくる声や映像に、自分の体を預けていれば何も考えなくて済むかと思ったけれど、それも限界がくる。 朝晩2錠ずつ処方されている抗不安薬を、どうしてもの時には合間に1錠だけなら足してもいいと医師には言われている。時々朝晩2錠飲まなくてもいい日があって、そういうものが少し予備として残るから、それをその時飲む1錠に充てる。 抗不安薬は、気分を和らげはするが、根本的な解決にはならない。ぼくの処方されている

          カタログギフト

          およそ半年続いた心療内科の復職プログラムは、9月の初めに修了した。このプログラムは3.5段階で構成されていて、レベルアップする毎に通う曜日が増えていく。最初は週二日から始まり三日(レベル1.5)になり四日になり最終的に月曜日から金曜日まで、午前中のみとはいえ平日は毎日通うようになる。プラス、土曜日には診察もある。なかなかにハードではある。 昨年の8月から会社を休んでいたぼくが、今年の2月にそのプログラムに通い始めた当初は、参加者はぼくより若い男性が一人だけで、ぼくがレベル2

          カタログギフト

          give peace a chance

          暗くなってきた西の空に、月を見る だれかを想う 年下のひと 年上のひと 同年代のひと 女のひと 男のひと 迷っているひと 今いるひと 今はもういないひと これから出会うひと そばにいるひと 遠くにいるひと これから会うひと 会うことはない人々 砲弾の音に声をひそめるひと 矛盾に苦しむひと 全てのひとが安らかにこの月を見られる日が必ずくると信じている

          give peace a chance

          キンモクセイウォーク

          この秋はまだ金木犀の香りに出会っていない。SNSを見ていてもそろそろいくつかそんな便りが届いているというのに。 一年前の今頃はいたるところで金木犀が香っていた。 休職期間に入って2、3ヵ月が経った頃で、クリニックでの毎週の診察以外は特別な用事もなく、気持ちがわずかながら落ち着いてきたタイミングで季節的にちょうど過ごしやすくなってきたから、急に遠くまで歩きたい欲に駆られてきたのだ。それまでも徒歩で片道30分くらいの範囲に個人経営のおいしいパン屋さんが3軒あって、週に1~2度

          キンモクセイウォーク

          藁の匂いと群青色

          隣の農家さんに稲刈りに連れて行ってもらった。父親と住んでいた時の家の隣家だから小学校に上がる前、もしくは記憶としてはもっと初期の頃だ。うっすらと覚えている幼い頃の他の思い出をいくつか並べてもそれらの前後関係がわからない、それくらい初期の記憶。物心がつくかつかないか。 それが稲刈りそのものだったのか稲刈りがすっかり済んだあとの藁積みだったのかもあやふやで、ただ田んぼは軽トラックで10分くらい走ったところにあった。ぼくはその家の男の子二人と荷台に乗っていた。二人はぼくのひとつ上

          藁の匂いと群青色