サックスブルー

ことばと写真と / 写真:撮りたいものを素直に / ことば:湧き出るものを手ですくうよ…

サックスブルー

ことばと写真と / 写真:撮りたいものを素直に / ことば:湧き出るものを手ですくうように / 岡山県倉敷市在住

最近の記事

家裁

離婚後、母は家庭裁判所に通っていた。どれくらいの期間どれくらいの回数かは小学校低学年だった自分の記憶ではあやふやだが、本人が言っていたから間違いはないだろう。 どういった話をしていたのかも知らない。家裁での調停が必要なくらいだから多少は揉めたのかもしれない。親権は養育費は父親には定期的に会わせるのか。 母の不利になるようなことはなかったのか。そもそもの原因は父親の不始末にあるのだと一度だけ聞いたことがあるくらいで、それ以上のことは聞いていないし調停で何が決まったのかも聞い

    • カラーコード#f5c9c4

      あおいは色についてよく考える。中学校までは美術部に在籍していた。熱心ではなかったし上手でもなかったが、そういうことに好奇心だけは持っていた。高校で美術部を選択しなかったのは、部活動を選ぶ初日に美術室を探すのに校内を迷ったこと、高校生ともなればきっと絵が圧倒的にうまい連中に混ざってやっていけない自信があったこと、その迷いの結果として廊下をうろうろしているところを同級生に誘われて映研に入ってしまったこと、動きのある映画には強い興味はなかった、静止している絵の方が好きだった。そして

      • 広い空のある場所

        土曜日の半日の授業を終えて単線の私鉄に乗ってあおいは帰宅する。駅を降り月ぎめの預り所から自転車に乗り運河に架かる橋を渡ると、小さな頃から住んでいる小学校区に入る。米の集積場があり、水田があり畑作地がある。昔この辺りで牛を飼っている小屋があった。いつの間にか目にしなくなったなあ。ほぼ海抜ゼロメートルの細い農道をペダルを漕いできみは進む。ぼくはそんなあおいの、きみの背中を追いかける。きみはまだこれからたくさんのことを学ぶ。きみのことを揶揄する人間も現れるかもしれないし、もうそうい

        • 鍾乳洞ハイ

          おい、あおい、洞窟探検行ってみいひん? と声をかけてきたのはSさんだ。下宿の二階に住む二学年上の人で、浪人したあおいとは年齢ではひとつ違いだ。大学は枚方市内にあって下宿はそこから自転車で十分足らずの距離だった。アパート、ではなく下宿風情を色濃く残した遺産のような木造の建物だ。学内でも、大学からは京阪電車の最寄駅からは最も遠い部類だということも含めて、そこそこ知られた存在だった。 その洞窟、いうか鍾乳洞な、昼は普通に観光客相手に営業してんねんけど、夜は料金所だけ閉めて穴

          点滴 in Heaven

          Ⅰ. 結局それが遂行できなかったことに意味を見出そうとしても無駄だということは、あおいにもよくわかっている。 結果的に一年に及んだ休職期間を終えようとする昨年の夏に、実家のあるH市まで母親の墓参りに行った。もっとも正しい表現は、その計画を立て、新幹線に乗り、乗り継いで最寄りのJR駅までは行った、ということだったなとあおいはその事実を定義する。 その計画の二週間前に、かかりつけのクリニック職員である精神医療ソーシャルワーカーの女性と職場に赴き、直属の上司と人事担当の男性と

          オートバイ

          あおいの生まれた街にも海はあった。両側を細長い半島で腕のように囲まれて南に外海からの入口が開いた小さな湾の、さらに奥まった入江の東側にある市が、それだった。海といってもあおいの知る限り、大半は埋め立てられた地方都市にありがちな小規模な工業地区で、最南端のわずかな海岸線は大戦後に干拓地に造成されていて、その向こうにあるはずの海を見ようと思うと、干拓事業のために建設された、聳え立つ巨大なすり鉢状の防潮堤をよじ登らなければならなかった。 一方、入江の沿岸をおおむね南北に延びる埋立

          【詩かもしれない】深淵

          いつもは目線の高さで見る空を、何の気なしに首を90度上に曲げて見上げてみると、めまいがして、そのまま背後に倒れそうになる。底の知れない得体の知れない深さが一瞬、雲間から伺えるようで、背筋がヒヤリとする。高層ビルやタワーから街を見下ろす時。淀んだ淵の、あるいは自分の乗った船の下の海の深度を想像する時。それよりももっと遠い距離が頭上にある。夕闇が濃さを増すごとに、それは限りなく深くなり 放り出されるように沈んでゆく

          【詩かもしれない】深淵

          波の歌を聴け

          久しぶりに海に行った。 振り返ったら前回来たのがおととしの9月末だったので、一年8ヶ月ぶりだ。 今日、仕事中に頭が回らなくなって、少し休んでいるときに、ふと海に行くことを思いついた。長らく砂浜を歩いていないということはわかっていた。その間休職していたからだ。車の運転がきつかったのだ。 午前中は雨が残っていて、午後になってもなかなか雲がはけていかなかった。海に行くなら晴れていたほうがいいような気もしたが、こんな天気で気温も低ければ人も少ないだろう、それならゆっくりと波の音

          ザトウクジラ

          職場のパソコンの壁紙をちょくちょく変える。だいたいはネットで探してきた風景写真である。 北米大陸の砂漠 ウガンダのコーヒー畑 スコットランドのパインツリー 南洋のどこまでも澄んだ海 ステップ気候の草原 夕暮れの波打ち際 南米大陸の寂寞とした地平線 いつもそうやって(自分にとっては)世俗から離れた画像を選ぶ 今日はアラスカの海原で跳躍するザトウクジラをいくつか探して、壁紙とロック画面に設定した。 写真家の星野道夫のことばを、うろ覚えのまま記す。 今こうしてあわただしく

          火曜日と金曜日

          いつかぼくも死ぬ 想像が今はまだつかないけれど 確実にその日はやってくる 突然やってくることもある 目を背けるわけではないけれど その時をどうやって受け入れたらいいかわからない 昔のことを時々思い出す 辛かったことばかりに目がいくことも多い それでも それなりにそうでもなかったこともあり、そんなに捨てたもんじゃなかったことに気づく ◇ 高校の卒業アルバムを持っていない 卒業して間もない頃、他校に行った地元の同級生が ブルーんところの学校って、かわいい子が多かっ

          火曜日と金曜日

          かえこ

          中2から中3にあがるときに、もともと通っていた小学校区に新たに中学校が新設されることになった。 それまでその小学校を卒業すると、運河の向こうの、市の中心部により近い中学校に通うことになっていた。そこにはぼくらからしたら都会っぽい子らがたくさんいて、ぼくらの小学校組の倍くらいはいて、だからクラスも9つもあった。 新しい中学校は、小学校がそのまま進級するだけの学校になり、つまらないだろうなと思った。楽しいことと引き換えに辛いこともたくさんあった、そんな二年間だったけど仕方がな

          青い一日

          朝、家のエゴノキの白い花が満開になっていた 澄んだ青い空によく映えていた たぶん、今日は一日雲がなかったような気がする、日中はほとんど建物の中にいるから、たぶん 夕方、青い空に浮かぶ白いものは月だけだった センダンの高木の上の方に、小さな花がびっしりと咲いていた 枝と枝の間の向こうも真っ青な空が 緑と対比させるとさらに際立つように やがて暗くなると月が明るさを増してきて 空の青が宇宙の色のようになっていた

          【詩かもしれない】やっぱり三日月

          三日月が見えると 見える頃になるとウキウキする 今日は正真正銘の三日月、旧暦三日の月である 夏に向かって日足がずいぶん延びてきたから、西の空に細い月が見えるのも、ずいぶん遅い時間になってきた 今日はカレーライスを食べ終えた19時半、カメラを手にして外に出てみた 日没時刻はとうに過ぎ、でもまだ地平のあたりに太陽の名残がある 三日月が、目の高さより少し上に見えている 地球照もばっちり確認できる カメラの設定を合わせる カメラを持った肘を、堤防の階段に座った膝に固定し

          【詩かもしれない】やっぱり三日月

          【詩かもしれない】カゲロウ

          この数日、暗くなるとカゲロウが大量に舞う 大量などというと彼ら(their/each)一匹一匹の命をカウントしていないようで気がひける 一級河川が流れ、住宅地には用水路が大小張り巡らされている たまに大発生したカゲロウが道路の上を埋め尽くすように乱舞している その大量のカゲロウは朝に見ると弱々しく草葉にすがりつき、命を終えようとしている 儚い命だけれど、一夜限りの命でもない 幼虫でいるのは半年から一年、成虫になるのは交尾をするために 彼ら(they/them)に

          【詩かもしれない】カゲロウ

          【詩かもしれない】コマツヨイグサ

          河川敷のグラウンドは荒れている 雑草と呼ばれる植物が繁茂している 夕方になると コマツヨイグサが咲き始める 透明な黄色の花は夕方に咲き 朝に萎れる 夕方に咲くのだからどちらを向いていようとその時間がきたら咲くんだろうと思っていたら 荒れたグラウンドのそこかしこで開き始めたその花たちはみな 夕陽の方を向いていた どうでもいいことのようで 大切なことだと思った

          【詩かもしれない】コマツヨイグサ

          図星

          その人は黒くて長い髪を後ろで束ねていた 顔には少しそばかすがあったように思う それでいつも笑顔だった記憶しかない 保育園児のときにいた先生、保育士さん、当時は保母さん、その先生は結婚を期に仕事を辞めることになった 学区に幼稚園が無く保育園がその役割をはたしていて、ぼくは年長だったか年少だったか、六歳だったか五歳だったかそこまで細かいことはわからない 送別会のようなものをその先生の自宅で開くことになったのだと思う、ぼくは同じ仕事をしていた母に連れられてその場にいた