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波の歌を聴け


久しぶりに海に行った。

振り返ったら前回来たのがおととしの9月末だったので、一年8ヶ月ぶりだ。

今日、仕事中に頭が回らなくなって、少し休んでいるときに、ふと海に行くことを思いついた。長らく砂浜を歩いていないということはわかっていた。その間休職していたからだ。車の運転がきつかったのだ。

午前中は雨が残っていて、午後になってもなかなか雲がはけていかなかった。海に行くなら晴れていたほうがいいような気もしたが、こんな天気で気温も低ければ人も少ないだろう、それならゆっくりと波の音を聞くのにはうってつけだろう、タイムカードを打刻してから車に乗り、そのまま自宅とは反対の方へ向かった。

案の定、海水浴場の広い駐車場には軽のワンボックスが一台きり止まっているだけだ。ぼくは砂浜に降りる階段のすぐそばに自分の車を止めた。カメラとスマートフォンだけをかばんから取り出して外に出た。浜にもほとんど人はいなかった。空は相変わらず曇っていた。

職場を出る前に調べたら、ちょうどその時間が満潮のピークで、実際に砂浜が狭く感じられた。

満潮だから波の音は大きかった、とはいえ瀬戸内海だから波の音を聴くにはちょうどいいくらいだ。ぼくは西から東へ、波打ち際を歩いた。

海風が耳の横を通り抜ける。

波の不規則なリズム。

スニーカーが砂を押し固める感触。

どれもが一定ではなく複雑に織り重なる。足元には砕けた貝殻が、満潮時の潮位を示すようにずっと先まで弧を描く。体を屈めて波にカメラのレンズを向ける。気を抜くとカメラが海水を被ってしまう、そうならないように次に来る波を予測する。

小さなカニがいる。孵化したばかりだろうか。屈んでやっと気付くくらいだから歩きながらもう何匹か踏んでしまったかもしれない。申し訳ない。

クラゲもたくさん打ち上げられている。生きているのか死んでいるのかわからないが、大きな波が来ると、その引きで水の方へ戻っていく。

紫色の輪っかが透明な体?に透けている。写真を撮ろうとするとなぜか波に乗って去っていく。足音がわかるのかもしれない。感情があるのか無いのかその様子がおかしくて、つい声を出して笑ってしまった。おまえ、生きとるじゃろ!

気がつくと海水浴場東端の突堤が目の前に迫ってきたので元来た方へ引き返す。空には少しだけ青空が覗いていた。

復路も同じように波打ち際を歩いた。カニやクラゲと遊んでいると、駐車場になかなかたどり着かない。時計を見たらすでに一時間ほど経っていた。

沖のほうに青いコンテナ船が見えた。

そちらへカメラを向けていたら、駐車場あたりで二十歳過ぎくらいの男女のグループがはしゃいでいた。陽もかなり傾いてきていた。

引き上げるにはちょうどいい頃合いだと思った。




これがぼくの海だ



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