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「世界漂浪の記」 羽生隆 101選

101
50年遅れの同じ日付で毎日投稿されていた羽生隆さんの旅行記「世界世界漂浪の記」の中から、何度も読み返したい特に印象深い投稿を集めました。
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#わたしの旅行記

❨627❩1973.5.19.土.曇/「生命ある日に」塩瀬信子/ロサンゼルス:アメリカ合衆国

❨627❩1973.5.19.土.曇/「生命ある日に」塩瀬信子/ロサンゼルス:アメリカ合衆国

昨夜は、ポーカーを4人で一時間やった後(15¢負け)、一時間半、本を読んだ。

「生命ある日に」塩瀬信子 著(女学生の日記)。
名女短大の女性で、いまはもう故人。実に細かく人生を、自分を、他人を見つめ、そして生命と死とを深く考えている。

インテリ・タイプの女性だが、単なるインテリとは違う。どちらかと云えば、彼女も将来そうなりたいと望んでいた様だが、作家のような、鋭い考えを持っていたみたいだ。

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❨655❩1973.6.15.金.晴/人のふり見て我がふり直せ/ロサンゼルス:アメリカ合衆国

❨655❩1973.6.15.金.晴/人のふり見て我がふり直せ/ロサンゼルス:アメリカ合衆国

人を観る時、感情を入れてはいけないと思う。
カッとなる時は、ついそのまま、時が来るまでその時の考えを保ち続ける。

これ程、相方共、損はないと思う。
なぜなら、考えてみれば、腹が立ったり怒られたりするのは、視野が狭いからであって、 もし観方をもう一歩高く、広いワクから眺めてみるべきだ。

24才という歳、もう自分をコントロール(幾分)しながら、他人を観る習慣をつける事が大切だ。
全く今、しみじみこ

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❨668❩1973.6.28.木.曇→晴/人間の考える夢とは何なのか?/ロサンゼルス:アメリカ合衆国

❨668❩1973.6.28.木.曇→晴/人間の考える夢とは何なのか?/ロサンゼルス:アメリカ合衆国

昨日今日と、ボスが変わったけれど、いずれも俺の感覚から見て、良いと思える人だ。
例え時間が長くなっても、ヘルパーを多少なりとも気にかけながら使う人には、気にならない。

人間の夢とは何なのか?
幸せになる事と、人々は云うだろう。そして、幸せになる事が、どれ程手間がかかり、面倒臭い事も、おおよそ判っている。
ましてや、幸せなんてものは、永久に持ち続けるなんて事は、不可能だ。
結局、追いかけっこなの

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❨766❩1973.10.4.木.晴(58miles)/ロッキーの自然の素晴らしさ/パゴサ→ウルフ・クリーク→Del.horte:アメリカ合衆国

❨766❩1973.10.4.木.晴(58miles)/ロッキーの自然の素晴らしさ/パゴサ→ウルフ・クリーク→Del.horte:アメリカ合衆国

寒い筈だ。シモが降りていた。

出発は8時。昼1時から、山路を3時間歩く。ウルフ・クリーク (10850Feet) に着く。

裸になって自転車を押していると、通りすがりの車が手を振ったり、「乗れ」 と云ったりしてくれた。昨日から5台もそんな車がある。

峠付近で休んでいるオッサンの前を通ると、ウィスキーを飲ませてくれた。

峠では、おばさんが珍しがって、写真を一緒に撮らせてくれと云ったり、ポテト

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❨772❩1973.10.10.水.曇(夕方小雨)/親切なじいさん/アメリカ合衆国

❨772❩1973.10.10.水.曇(夕方小雨)/親切なじいさん/アメリカ合衆国

初めて一日中、長ズボンに上着で走る。

何んという寒い夜明けだったろう。これが外だったら、どうなっていたことか。
兎に角、バスの中で捨てた水が、数分後に凍っていた。

ほんのわずかの間 陽が射したが、めしを食い、8時半、走り出してから殆ど曇りっぱなし。
手袋をはめた手が、しばらく伸びない程、寒かった。

そんな中で、午後、パンク。
またあの草のトゲが原因だ。ガッデム!
一箇所と思ったら二箇所で、寒

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❨800❩1973.11.7.水.晴(34°)110miles/着いた!NYがキラキラ見えた。心底美れいだと思った/New York City:アメリカ合衆国

❨800❩1973.11.7.水.晴(34°)110miles/着いた!NYがキラキラ見えた。心底美れいだと思った/New York City:アメリカ合衆国

北米横断!ニューヨーク・シティ到着!

朝10時半頃、左ペダルが折れた。
ルート⑥は全く辺ぴな所で、車も滅多に通らない。ヒッチをあきらめ、片足で走り出す。小さな丘が続き、疲れた。
20miles(32km)で、milfordという町に入った。

ここからバス…と思ったが、4時間半もの待ち合わせがあり、ガッカリ!また走り始めた。20miles、Newtownの町に着く。
もう薄暗く、今日はニューヨー

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❨807❩1973.11.14.水.晴/New York 出発・一生忘れる事がないだろうな/ニューヨーク:アメリカ合衆国

❨807❩1973.11.14.水.晴/New York 出発・一生忘れる事がないだろうな/ニューヨーク:アメリカ合衆国

明日か明後日にここを発とうと考え乍ら、一日が惜しくなり、切符を買った後、自由の像を急いで遊覧船に乗って、見た。
デッカイのに驚いた。

帰ってすぐ、荷をまとめる。

スーザンに電話で伝えると、とんで仕事から 帰ってきた。およそ、アメリカの女の子とは思えない心遣いをしてくれた。

俺の今夜の為に、ドーナツと、俺の好きなチーズケーキを買って持たせてくれ、荷造りの手伝いをし、タクシーに乗る迄、一緒に来て

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❨818❩1973.11.25.日.晴/アルハンブラ宮殿とサクラモンテの丘へ行く/グラナダ:スペイン

❨818❩1973.11.25.日.晴/アルハンブラ宮殿とサクラモンテの丘へ行く/グラナダ:スペイン

グラナダは古い都だ。
アルハンブラ宮殿を見る(35ペセタ)。

宮殿は大理石造りで、柱や壁、天井のデザインにうっとりした。
4つに分かれており、中央の住居は、庭といい、壁のデザインといい、実に細かく、見事に作られてあった。

庭がまた、花や木が多く良かった。
庭園には、植木の囲いの中にバラが咲き、噴水があり、池には金魚が泳ぎ、美れいだった。
柱、その他のもの、全てがアラブ様式だという。

二階、三

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❨820❩1973.11.27.火.晴/モロッコ・タンジールの町とハッシシ/タンジール:モロッコ

❨820❩1973.11.27.火.晴/モロッコ・タンジールの町とハッシシ/タンジール:モロッコ

アルジェシラスより、フェリー(98ペセタ)に乗り、スペイン領 セウタまで渡る。
ジブラルタ海峽は、波もおだやかだった。
北アフリカ、モロッコに入る。暑くなった。

3時半のタンジール行きのバスに乗る。大型 56ペセタ。
ここのバスは、おとなしくしていると、 荷物代をボラれる。荷を上へ上げたというだけで、25ペセタ要求してきやがった。
人間56pstで荷物が25pstとは、頭に来た。
5ペセタ値切る

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❨825❩1973.12.2.月.晴/メディナで値切り合戦/マラケシ:モロッコ

❨825❩1973.12.2.月.晴/メディナで値切り合戦/マラケシ:モロッコ

ユースが9時で閉まるというので、5人揃って出る。センターまで2km、歩いて行く。
ホテルを探し、3.5まで値切った。

メジナ(中央市場)の中は、人でゴッタがえしている。人の意気と熱気でムンムンしている。真昼の太陽はクソ暑い。

広場には、へび使いやその他、変わったものが、昨日とは違って出ていた。俺は見るだけで浮き浮きしてくる。
色々な見せ物が広場一杯並んでいる。

彼等もやはり商売で、ただでばか

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❨826❩1973.12.3.月.晴/Oh! Marakeshi/マラケシュ:モロッコ

❨826❩1973.12.3.月.晴/Oh! Marakeshi/マラケシュ:モロッコ

昼前、洗濯。
昨日とは違ったマーケットの中を歩く。1km以上も続いていた。
シーノア(中国人)という声がよくかかる。「チノ」と呼ばれる程、頭には来ない。

カスバを奥の方までいってみた。
子供がよく目につく。所々、ばあさんじいさんが道端にうずくまっている姿が見られた。女も男も、めずらしそうに俺の顔を眺めながら通る。

チリーで会った、二人の男性に二年ぶりに再会。驚いた。世界は狭い。

Oh! Ma

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❨832❩1973.12.9.日.雨/フェズのカスバを歩く・働く子ども達/Fez:モロッコ

❨832❩1973.12.9.日.雨/フェズのカスバを歩く・働く子ども達/Fez:モロッコ

一日雨降り。3.50ディラハムのホテルを出、2.60の所へ移る。

朝からひどい雨降りで、石畳の道の両側は、小川に化していた。
子供が盛んに、勧誘に寄って来る。
雨の中を、シャツ一枚で震えながら飛び回っている。実に丈夫だ。

やっとホテルへ落ち着き、すぐ見物に出る。
メジナは、マラケシュとは少し感じが違い、カスバの中の細い道の両側に並んでいる。
ずっと坂になっている。

石畳(レンがの様な)、薄暗

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