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ねえ、忘れないでよ。

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ベーシストの想真と引きこもりの瑠衣。 ふたりは 思いもよらない出逢いを知って 思いもよらない別れを知る。 運命って信じますか? ねぇ、忘れないでよ。
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#連載小説

ねぇ、忘れないでよ。#31

どういうこと?
なんで?
そればかりが繰り返す。
幼子のように。

三人で彼の遺影を前にしていた。

シンラさんは我慢することも
できないようで声をあげて泣いていた。

トキオさんは静かに肩を震わせていた。

私は涙も出なかった。
怒りと哀しみが綯い交ぜになっていた。

なんで一言も言ってくれなかったの。
言ってくれたにしてもその意見に
賛同できなかったと思う。
想真くんが考えていたことは最後の最

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生きて、生きて、奏でた#30

「もしもし、母さん?うん、想真。げんきにやってるよ。母さんはどう?」

「元気そうな声ね。活躍をメディアとかで聞いているもの、そうよね。母さんも元気よ。父さんに会ったんでしょう?色々と驚かせてごめんね。話すタイミング探してるうちに想真どんどん大きくなっていくから、隠すつもりはなかったんだけど、結果的にそうなっちゃったね。」

「そんなこといいよ。母さんはずっと僕の母さんだよ。これはなにがあっても変

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アセロラとグレープフルーツは恋の味#29

時折、揺れる車内。心も揺れていた。

私は大人しく座っている。
助手はしてないけれど、助手席に。

ソウマくんの脳内のマップを頼りに
風の通り道を駆け抜ける。

助手席って元々はエンジンをかけてあげたり
する人をそう呼ぶようになった人のための席
だった気がする。免許とかそういう概念その頃
あったのかな?
なんてどうでもいいようなことが浮かぶ。

「たまにはさ、気晴らしでもいかない?」

そんな

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失うまで気付けなかったこと#26

守りたいものが出来れば出来る程に。
僕等は強くもなれるし、弱くもなる。
僕にとっての未来への約束。それはこのメンバーで奏でる瞬間、
作詞作曲の時間、レコーディングの時間、メンバーは
言わずもがな、そして何よりルイの存在。

シンラの笑顔にどれだけ救われていたんだろう。
世界で一番自分が不幸だと思い込んでいた。
きっとどこかいつもそんな顔して街を歩いていた。
でもいつかのシンラが言ってたように僕等は

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酸いも甘いもみんながいたから#25

怖い。すごく怖い。
心が震える。凍る。
シンラさんの今後。私たちの今後。
どうなっていくのか。予想が出来ない。
ソウマ君が戻ってきたことは無論喜ぶべきことなんだと思う。
だけどそれはシンラさんの窮地が引き換えで。
だから素直に喜べないのが実情だったりして。

ギターを笑顔で描き鳴らす。
歌うことに全力で。
レコーディングに他の追随も許さない。
いつだってどんな時だって引っ張ってくれていた。
深夜で

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理想と現実と真実と#09

~please noise~

「ソウマらしいと言えばソウマらしいよな。
あんなに嫌がってた髪も切って染めて
積年の想いが積もったアクセサリーまで捨ててまるで
人生最後の日ってわけじゃあるまいし。」

「ある種の決別、禊のカタチなんだろ、それが。」

「そうそう。だからソウマらしいんだって。
あのマンションの存在もそういうことしてたから
ずっと言えなかったわけで。多分さ、世間一般とズレてるんだよな

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天使の歌声#08

懸命に頭を下げた。

「お前の音に対する心のコンパスってそんなもんだったんだな。
呆れたよ。見たことも何も知らないそいつのため?
そいつのためだけに奏でたい?」

シンラも僕も本気だった。
トキオはブラックコーヒーをすすりながら、ただ聞いていた。

「そこにひとりでもいるなら全力で、鳴らす。それが僕たちの
演り方じゃなかったのか?」

「それはそうだ。だけど俺たちであって、ソウマのソロでの話じゃな

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想いと生きていく#07

電話もしているとなると流石に特定の誰かまでは
いかなくても
架空のだれかには限界があった。
そして誰になればいいのかもわからなかった。
スタジオで働いているとかじゃなく、もっと抽象的な
表現の方が好ましかったのかもしれない。

興味の対象はいつだって [音] だけ。

だけ、と言えば語弊があるけど。
僕からすると声も一種の音で、自分の耳に触る音(声色)が
受けつけない場合は友達でいるのもきつい。

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大人になるということ#06

当然のことながら提携レーベルから
大バッシングを食らった。
「俺たちの音楽。俺たちの信条。今回のシングルの宣伝に関して
自費で負担してます。何か問題ありますか?」
シンラはいつも通り強気な発言を投げる。
ここはパートナーシップを結んだレーベルの【理事室】だ。
でも音に一片に対して触れられた
シンラは、僕たちは、そんなことどうでも
良かったんだと思う。

「自分たちのしたこと分かっているのかね?

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サブリミナルレター#05

3stシングル「恋文」は結果的に言うと惨敗だった。

でも大袈裟な言い方だが世界同時時刻ジャックは
異例の試みとして大きな反響を呼んだ。

FC加入者数およそ12万人。

ミリオンセールスを記録したこともある僕たちだけどその1割。

反響と言っても良くも悪くもと言ったところだ。

【Moon Raver はファンを捨てた。】
と囃したてるメディア。

スタッフからは
匿名掲示板でも似たような書き込

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黒の月がみえる頃に#04

それから例の人とのやりとりは続いていてメンバーにはアプリで架空の人物を演じていることは話してなかった。話す必要性も感じていなかった。

相手は瑠衣(ルイ)という名前らしい。なんとなく響きがいいなと感じた。
話していくうちになんとなく察したことは、高校は高校でも通信とか
夜間学校に通っているのではないかと思った。
おそらく、バイトもしていない。趣味という趣味もないような気がする。
返事を返すとすぐに

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リミテッドジャック#03

二人の妥協案はもうこの生活に限界が来たら海外にでも移住する。となったらしい。僕がチャットに夢中になっている間に気がつけば二人で次のシングルについて話し合っていた。スタ練に遅れてくる程の僕だから大体話し合いには相槌程度の参加しかしない。二人の総意に対して判を押すような役目を担っているのかもしれない。決して音楽への熱量が二人より希薄だとかそういう訳じゃない。ただ僕たちは自然とこうなっただけの話だ。

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普通の人になりたい#02

そのアプリを開いた。いや開いてしまった。

友達リクエスト?なんだこれ。
相手の性別も分からない。

性差がどうってわけじゃないけど。

とりあえず承認してみた。
なんだこのアプリ、フォレストポリス??

直訳で多分、警察の森?森の街?なんだろうこれ。

携帯をスリープにしてスタジオに向かう。

ただ時間を潰したくて楽器を流し見しに下北沢に来ていただけだった。

まあこの近くに頻繁に利用しているス

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忘れていることを忘れていた#01

人が行き交う。タクシーが往来する。

人の数だけ言語、性別、食文化、趣味、嗜好、価値観、性格、座右の銘。

人について知ろうと思ったら枚挙に暇がない。

こんなに急いでこの人たちはどこから来て、どこへ行くんだろう。

よくそんなことを考える。

東京という街は全国からなぜか人が集まってしまう。

夢や目標や憧れ。なんとなく上京したんだって

言ってみたくてなんて人もいる。

僕もそのうちの一人。

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