想いと生きていく#07

電話もしているとなると流石に特定の誰かまでは
いかなくても
架空のだれかには限界があった。
そして誰になればいいのかもわからなかった。
スタジオで働いているとかじゃなく、もっと抽象的な
表現の方が好ましかったのかもしれない。

興味の対象はいつだって [音] だけ。

だけ、と言えば語弊があるけど。
僕からすると声も一種の音で、自分の耳に触る音(声色)が
受けつけない場合は友達でいるのもきつい。

どんなにいい人でも、その場合たったそれだけの理由で
接点を保つのはしんどい。

瑠衣の声の方こそ透明感があった。
彼女が褒めてくれた僕の声なんてありふれたものだ。

月の夜、以降も連絡はとっていた。
どんなに忙しい人間でも最低一日三回くらいは
他愛もない会話くらいできるものだ。
僕にとっては歯磨きの時間がそれだった。

職種的にははっきり言って自由業とも言える。
コンビニで自分の為だけの食料を目が欲しがって
買いすぎたなと少し後悔するが、仮にCD一枚500円で
三枚買ってもらったら、2日くらいはその
食料で過ごせる。

空が白む頃、片手にそれなりのコンビニ袋を提げ
そんな後悔や反省が占める脳内の外側が痛いのを
どうしてか、とも考えていた。

首から頭全体が頭重というかなんというか。

「お仕事、頑張りすぎなんじゃないですか?」

ルイと通話しながら人気のない道を選び帰路を探していた。

「そうなのかな。大したことしてないんだけど。」

「なんか時折、聞こえる気がするんです。助けてくれって。
どこか
最近のソウマくんは感じ取られまいと、押し殺していて、無理をしている。
そんな感じがするんです。」

確かに、ここ数週間か、数日か、時間の感覚がマヒしていた。
オーバーワークのせい?僕の仕事は少し変わっている。
休みにしようと思えばいくらでも出来て、忙しくするのも簡単なことで。
アーティストってきっと売れている、売れていないに問わず波は大きい。
仕事の大小に問わず、そこに対する導火線が濡れているなら
本当に動けないときもある。
ここ最近は薬をいくら飲んでも効かず、ラムネのように口に放っては
また放り、気絶するのを待っていた。
待ってるとは言っても、その時まで絶え間なく仕事をしている。
Moon Raver のメンバーにも話していないこともそれなりにあった。
ルイとの通話中も別回線での通話応対やクライアントとのメール、
音づくりだったり。無償、有償、僕にはそこは関係ない。
気持ちが向かえば、必要としてくれているなら、走る。
もう休まないと、と思っているのに心と脳と身体が一致しない。

「ソウマくんのそういう姿勢、嫌いじゃないです。尊敬しています。
でもね、あなたがいるから、いま私はここにいる。いられるんです。
お仕事だから、好きなことだから、頑張る。
ソウマくんはいつも、僕にできることをしてるだけだよ。
僕にしかできないことがしたいんだ。そう言います。
いましていることの90パーセントも、もしかしたら1パーセントも
私は知らないと思います。休むよ。大丈夫だから。って言っていても
その声の後ろには休むことができなくて困っているんだ。
って聞こえます。
まだ私たち、未成年ですよ。世間から見て子供です。
最近コーヒードリップしてますか?」

「してない。」

「そのくらいの時間、自分にあげましょうよ。ソウマくんの
仕事をしている姿、電話応対ひとつとっても、
背伸びしている訳じゃなく、もう子供の域を
私と出会う前から越えてる気がします。きっと。
チャットや今みたいに通話だけでも感じるんです。思うんです。」

「まだまだ時間はありますよ。勝手な願いかもしれないけど
難しいのかもしれないけど、、、。」

ルイの声が途切れた。

いつも電話のBGMになっている甘いクラシックの音だけが
聴こえる。

「ルイ?聞こえる?ルイ。」

「お仕事の量を調節してください。じゃないと
ソウマ、、ソウマくん、壊れちゃいそうで、怖くて、怖くて。」

「わかった。分かったから、そんな声で言うなよ。」

「私なんて必要ないのかも知れない。でも、
大好きなことしてるソウマくんのこと応援したいんです。
私に出来ることは何か、ないのかなって考えてしまうんです。
ご飯もまともに食べてないのくらい解ります。シャワー浴びるのも
忘れて仕事してるのも解ります。そこまで真摯に音に対して
質実実直なあなたはバカです。失礼な言い方も訂正しません。

もしこれで
嫌われて最後になってもいいです。」


「うん。」

「もっと自分のことも大切にしてあげてよ、、、。
 月が眠る頃にはたまには寝てよ。
考えることが考え続けることが私たちに与えられた
唯一の神様の罪って言うなら
その罪を受け入れて休んでよ。私、そんなにバカじゃないよ、
子供じゃないよ、あれからソウマくんに何が出来るか、出会ってから
知っていく毎日で考えたよ、、。」

「うん。」


「想うことくらいしかできないよ、

 でも想うことくらい許してよ。

あいたいよ。でもそんなの私のワガママだよ。

いま言ってることもエゴだって分かってる。



でもそれこそが、想うことが
私とソウマくんが、世界中の人が生を受けた
理由なんじゃないの、、。」

そこで音は消えた。


サングラスを外し、ハイブーツで踏み潰して
ネクタイを緩めて
いつも持っているマリアナ色のボトルのミネラルウォーターを
頭から被った。


僕は決めた。

自分の為にだけに奏でる日々を
誰かの為に奏でる日々に

笑顔で手を振ろう。


この子のために
ルイのためだけに

奏でたい。

きっとこれもワガママでエゴだ。

でもこれが僕の想いだ。



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