マガジンのカバー画像

ショートステイ

130
クリエイター・リンク集「バスを待つ間に触れられるものを探しています」
運営しているクリエイター

#短編小説

海へとつづく国道で

海へとつづく国道で

遅くまで仕事をした日、わたしはときどき少し遠回りして国道を歩いた。

色とりどりの光を放つ大きなトラックや、風だけを残してあっという間に見えなくなるバイク。犬と一緒に夜の散歩をするご老人、ファーストフードから出てきて自転車にまたがる塾帰りの中学生。

まばらな街灯と星明かりの下で、みんな夜に半分姿を隠されている。誰かの気配を存分に感じるのに、誰も彼も干渉はしあわない。それぞれの人生が一瞬だけ交わる

もっとみる
高架橋の向こうを目指して

高架橋の向こうを目指して

 高架橋のすぐ下の遊歩道を、わたしはずっと歩き続けている。
 橋桁と橋桁の間はコンクリートでふさがれ、反対側へ渡れないようになっていた。
 わたしは、どうにかして向こう側へ行きたかった。どんな町並みが広がっているのだろう。どういった人たちが暮らしているのだろう。その全てを知りたいと願った。

 高架橋に貼り付くようにして、赤い屋根の保育園が建っている。どうも見覚えがあると思ったら、子供の頃に通って

もっとみる
仲間を探す

仲間を探す

 仲間が欲しくなったので問屋へ行ってみた。
 それは昭和の頃に作られた古い橋の下にひっそりと建っていた。レンガ造りの小さな建物で、ピザを焼く竈と言われても納得できそうだ。
 全体が蔦やなんかでめちゃくちゃに覆われ、近くには幅の広い川が流れている。流れも速い。ネットの情報によると、大河ドラマなんかでたまに使われるらしい。

 赤いドアは薄汚れている。誰もここを掃除しようだなんて思ったりしないのだ。ガ

もっとみる
【小説】ロックンローラーと故郷の詩

【小説】ロックンローラーと故郷の詩

ある朝タカシは、ノドの痛みとともに目を覚ました。

「今年の風邪はノドからか…」

タカシはすぐに風邪を引いたのだと悟った。

「ロックンローラーで良かったぜ」

ロックで飯を食っているタカシには、定時出社の必要がない。平日の朝から病院へ行ける。

タカシは裸のままベッドから起き上がった。ロックンローラーなので、いつも裸で寝ている。

そのまま素肌に革ジャンを羽織り、ヘッドフォンを装着。タカシはい

もっとみる
懐かしい街

懐かしい街

 積み木を並べたようにカラフルな家々、リノリウムのようなつるっとした道路、なんだかとても懐かしい。
「どこかで見たような町なんだけどなぁ」クルマ1台来ない辻の真ん中に立って、わたしはうーんと考えた。

 等間隔に並ぶ電柱の上には、もれなく水色のポリバケツが載せられている。けれど、電線だけはどこにも見当たらない。
「ははあ、すべて地中ケーブルか、それとも無線送信式電源を使っているんだな。新興の電力会

もっとみる
待ち合せ

待ち合せ

 自販機から、3メートル50センチ離れた、

 カーブミラーの真下が、

 わたしたちの、いつもの座標点だ。

 わたしは、君に「会おう」と云われれば、

 12秒以内に、そのポイントに到達できる。

 だけれども、君もおんなじくらいの速度なので、

 いつも、毎度、重なってしまう。

 そして、視界が真っ暗になる。

 人の中身って、案外黒っぽくて、静かだ。

 その、居心地の良さに、いつも酔っ

もっとみる
羽毛

羽毛

 翼が生えた。

 まさに、天使のような、純白で、ふわふわと気持ちの良さそうな、羽毛だ。

 行きたかった場所がたくさんある。

 さっと飛んでいって、さっと帰ってこよう。

 いろいろな場所を、見て回ろう。

 そう思い立って、まさに、立ち上がったのはいいのだけれど、

 翼が重い。

 そう、これが、この世のものでないように、重いのである。

 たしかに、人間に翼が生えるという事態、自体が、

もっとみる
背表紙

背表紙

選ばれなくてもいいので、目で追ってください。

ただ、整然と並べられた、背を、

目で撫でてくださればそれで結構です。

できれば、ゆっくりと、ゆっくりと。

開いて見なくてもいいので、思い描いてください。

あなたが、読みたい物語を、

丁寧に想像して、味わって見てください。

タイトルを覚えてくださればそれで結構です。

できれば、たっぷりと、たっぷりと。

【ショートショート】忙しい1日

【ショートショート】忙しい1日

今日は本当に忙しい1日だった。

朝起きて、学校に遅刻しそうだったもんで、走って学校に向かっていると、
曲がり角でパンをくわえた女の子とぶつかって、口論になって、

学校に着くと、先生が「今日は転校生がいます」と言って、紹介されたのが、まさかのさっきの女の子で、しかも僕の隣の席で、

休み時間にその子と話してたら、急にその子が、「あなたは選ばれし勇者なの」と言ってきて、

どうやらその女の子は、パ

もっとみる
キュリオシティ

キュリオシティ

火星探査ほどわくわくした気持ちを持てるものは、今の私に他に無い。

あの荒れた赤土の地表を駆け抜けるローバーたちは、生まれ故郷を去り、

全くの新天地で、自分たちの足跡を大地に刻む快感を感じているのだろうか。

信じられないくらい、平たくてずっと続く平原。

系内でいちばんの、高々とそびえ立つ巨山。

ぱっくりと大地を分かつ暗黒の渓谷。

私たちがいけないばかりに、彼らが代わりに見つけてきてくれる

もっとみる
恋文が届きました

恋文が届きました

恋文が届いた。
夜明けの5時に。

郵便受けの底が カタンとなって
私の浅い眠りをさました。

毛布をかぶり
はだしのつま先を こすりあわせて
私は
玄関のやわらかい光の中に立つ。

腰をまげ
投げ入れられた封筒を
指先だけを使って拾うために。

それは
独り言のように四角い。
宛先がない。

端を用心深くちぎる。

それから
かさかさ、と音を立てて
白くたたまれた
優しい言葉をひらいていく。

もっとみる