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読み捨てられる雑誌の1ページに載るような言葉を書いていきます。 https://twitter.com/TorideA

最近の記事

10.7

 女子高生の頃、詩の全国コンクールで入賞したことがある。秘かに夢中になっていた国語教師に告白の気持ちをこめて書いた詩を、コンクールに出すよう勧められたのだ。  放課後の教室に残され、わたしの机を挟んで座る。教師の背後から西日が指し、その顔は逆光になって表情が読めない。二人きり。それだけで、ときめいた。 ―添田(そえだ)、表現したいのは、怖れだよ、な? ―はい。 ―たとえば……ここだけど……「畏怖」より「震え」のほうが伝わるんじゃないか? ―……そうですか。 ―ほら、この翼の比

    • 背浮きのこつ

      その夏は例年にないほどの猛暑で、容赦なく強い日差しがわたしたちを連日あぶった。わたしは小学校4年生で、髪は男子のように短くしていた。茶色く癖のある髪は自然とゆるくカールして、細面のわたしの顔を優しく縁取った。大人からショートヘアが似合うわね、と褒められると、はずかしくて俯(うつむ)いていたが、何より洗いっぱなしで楽なのが気に入っていた。養母をことさらわずらわせなくて済むから。  夏ごとに友達と競うように肌を焼いた。膨らみはじめた胸はまだ小さい。思い返すと、その夏までわた

      • 夕暮れに「あかとんぼ」が流れる町

        こどもだった。 小さな頭で選んでいた。 あのみちと このみちを 川沿いの土手の まじりあった 雑草のにおい。 ホームと呼ばれる場所に 居場所はなくても 選択肢は いくつもあった。 がんこだと 人に疎まれるほうと 臆病だと 自分を疎むほうと。 いつも 風の吹いている場所。 楽しい夢だけを 選べないように 退屈な それより 最悪な 身もだえするだけの 時間を だれもが 与えられている。 気がつけば 幸せの等しさではなくて 不幸の等しさに癒される そんな 人

        • 罰ゲームは静かに

          二人だけの放課後 生成りのカーテンを大きく揺らして 夏の風が教室の空気をまぜる。 床に伸びた友達のまっすぐな脚。 彼女は同性のわたしににっこり微笑んで 乱れたスカートの裾を直す。 見下ろすわたしはとまどいながら 一体、どんな顔をしているのだろう。 一日中、 熱と湿気で蒸された プラスティックタイルの床は 仰向けで横たわる彼女の背中の 重みを受け止めて その白い制服を汚し続けている。 欲望を伴わないキスを彼女に与えるのは 大人の男に心を奪われた わたしに科せられた罰ゲー

          線香花火のしずく

          二人同時に火をつけると したたるように ぶらさがる 赤いしずく 足元を照らすほど明るくはなく 浴衣の襟足をなでる かすかな風にさえ 今にも落ちそうに揺れている  あぶないよ 風をさえぎろうとあなたが動いて 二人の額が触れ合いそうなほど近い。 うつむいて 互いの顔は見えない 待っているのは 開花のささやき 擦過音のような  ちょっと、やめて  落ちちゃうよ 開花前の ふたつの赤いしずくを あなたはそっと寄せて 大きな 一つのしずくにしてしまう。 繋がっている ほ

          線香花火のしずく

          あるはずのない記憶

          大きすぎるブックエンドに はさまれた 少なすぎる思い出みたいに 不安定に寄り添って ふたり 古いラヴソングを聴いていた。 生まれる前の あるはずのない 懐かしい記憶を ゆすぶられながら。 たった ひとりのためだとしても だれかのために生まれてきたのなら たしかな、意味がある。 そんな風に 安心したがる日々があって。 かすれた弱い 高まりのない連なりでも 音は 匂いのように しっかり 体の中にしみこんでくる。 ふたり 投げ出された脚の 並んでいる爪の 遠い と

          あるはずのない記憶

          はちみつの透明度と粘度

          透明なビンに閉じ込められた かたちのない想い。 いつもかたく口を閉ざして。 匂いさえ もらさない。 光をあびて 昼間の夢にも 誰かを思ったりしないのは 当たり前になるくらい ずっとひとりだったから。 汚れた他人の指で かき混ぜられるなんて ごめん。 そんな柔らかな内側は 欲しくない。 欲しいのは遠くの思考。 文字になった感情。 ただ距離をとる 弱い生き物の防衛本能を借りて ゆるぎないかたさの 自分という幻を守る。 だれかが 助けてくれるわけじゃない。 いつ

          はちみつの透明度と粘度

          羽ばたきで力を得る

          鳥は飛行機には憧れない。 あんなぶざまな飛び方には。 羽ばたかない翼は 欲しくない。 ひとが プールの壁を蹴って 進む時のように ひろげた翼で 地面を大きく叩けば 私の体は さえぎるもののない空へと 空気をかき分けながら  舞い上がる。 ひとつ 羽ばたくたびに ほどかれて 静かに遠ざかっていく。 ずっと あなたを待っていた 地上のあの場所が もう、小さくて見えない。 胸の筋肉を震わせて 高く低く 世界との距離を 思いのままにあやつって 右に旋回し 左に旋回し

          羽ばたきで力を得る

          よく泣き上戸と言われます

          ベッドでも 人の3倍くらいの速さで話すその人は イタイノ?と 小さな子供に尋ねるように 初めて声の表情を抑えた。 噛み締めていた奥歯をゆるめて 鼻にかかる涙声で答える。 ううん。 だから やめないで。 夜とは違う 夏の部屋の暗さに目は慣れて あなたも ようやく わたしが 涙を流し続けていたことに 気づいたはずだ。 静かな部屋に流れ出す あえぎのような嗚咽。 わたしたちは 新しい音楽を聴くように 耳をすませ それを聴いている。 聴きながら 奏でて。 だから やめな

          よく泣き上戸と言われます

          朝日の中で翼をたたむ

          ざざざ、と 大きな音をたてて カーテンを開く。 溢れる朝日にそなえて 目を細めて。 シャワーで 汗を洗い流すように 朝の光で洗い流すのは 夢でクウを切った翼に 付着した暗い オリのようなもの。 昨日の夜の忘れたい夢。 それは 飛行ではなくて 落下、で。 タタマレ。 私の肩甲骨の上に 翼は幾重にも重く オリ。 タタマレ。 私はうまく飛ぶことも 歩くこともできない。 アイジョウ トカ イウ。 自由への翼が 私の夢の中では 自由への足枷となる。 助走すら つ

          朝日の中で翼をたたむ

          昔の恋人に会いました

          季節の変わり目の ぼんやりとした風が吹き 記憶の中の甘い香りが わたしを嬲る。 あからさまに ときめくのだから みじめだ。 普段 思い出すこともない昔の恋人は ほんの少しだけ幸せじゃないときに 目の前にあらわれる。 どんな偶然か どんな皮肉か たとえ遠く離れていても わたしが わたしであるかぎり この人の支配から 逃れてはいなかった、と心から知る。 隣の人なんてどうだっていい。 ただ 彼の気をひきたい。 しつこすぎて 冷たく追い払われるまで 誰かに懲りないと笑

          昔の恋人に会いました

          七夕の夜、君に会う

          帰宅の会社員たちの混雑をぬけて 駅前のロータリーへと出ると 懐かしさがこみあげてくる。 変わらない町並み。 星空に ぼんやり明るいレストランの看板。 君の家に通った道の途中の。 今から行くよ。 君はあわてて 元気だった、の挨拶もそこそこに マンションの下で待ってて 必ず行くから待ってて 僕は歩き出した。 君の頼むとおり せいいっぱい ゆっくり歩いて 駅から20分。 もう着いたよ。 携帯を閉じると同時に はにかむ浴衣姿の君が 中から現れた。 髪を上げて 紺の浴衣

          七夕の夜、君に会う

          裏切りと償い

          わたしの裏切りについて 問いただされ あなたの望む理由を選んだ。 理性的で 残酷で わたしの罪になる理由を。 衝動では弱い。 運命では大げさすぎる。 結局 わたしは 飢え、と言い あなたは 嗜好、と ののしるのだろう。 ここで 音楽。 見つめ合うふたり。 わたしは はぎとられ さらされる。 泣かない。 どんなに 乱暴に扱われようとも あなたを見届けるために 澄んだ瞳を保つ。 自分が与えた苦しみを まのあたりにすることで わたしの罪が 少しは償われるのだと ど

          裏切りと償い

          汗ばむ初夏に

          空が青くって 雲が白くって 風が強くって 汗がにじむ。 そんな日。 うんざりなんかしたくない。 あなたにも。 自分にも。 色あせた壁紙になったあなたを置いて 裸足で部屋を飛び出したけれど 道は焼けて こまかい破片だらけで危険。 だけど、 だから、そうしたかった。 いつもの自分で いたくない日もある。 汗ばんだTシャツを 肌から引き剥がすように 時々は 着心地の悪くなった 自分をはがして 違う自分に着替えたい。 どれが 本当、でも 嘘、でもなく 選ぶのは 私で

          汗ばむ初夏に

          エゴイストとかいう

          何が欲しいのかもわからずに 君を欲しがっていた。 ただ そばにいて欲しい、と。 悲しい顔をさせているのは 間違いなく僕なのに ずっと笑顔で話しかけていた。 少しずつ後ずさる君を 追い詰めるみたいに。 叩かれるのと同じように腫れて 跡になる言葉。 そんな皮肉な言葉しか思いつかない。 音楽を流してと言う 君を無視して 静かな部屋に ただむき出しのかすれた声が響く。 響き続ける。

          エゴイストとかいう

          手にあまる余白

          暗黙の了解。 まるで何かの罰のように あなたは ひとつしか言葉をくれない。 わたしも 素直にもっとと 欲しがれないほど 子どもで。 ―愛している。 あなたがくれたのは 答えだという たったこの一言だけ。 それ以上に何が要るの。 わたしの前に開かれたページの 大きすぎる余白を受け入れることが 秘密に満ちた大人の恋の 守るべき作法ですか。 洗練を装うあなたがさらす白い部分に 傲慢さをなじる汚い言葉を 何度でも書きなぐる。 わたしの輪郭をなぞり 従順さを強いるその唇

          手にあまる余白