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七夕の夜、君に会う

帰宅の会社員たちの混雑をぬけて
駅前のロータリーへと出ると
懐かしさがこみあげてくる。

変わらない町並み。
星空に ぼんやり明るいレストランの看板。
君の家に通った道の途中の。

今から行くよ。

君はあわてて
元気だった、の挨拶もそこそこに
マンションの下で待ってて
必ず行くから待ってて

僕は歩き出した。

君の頼むとおり
せいいっぱい ゆっくり歩いて
駅から20分。

もう着いたよ。

携帯を閉じると同時に
はにかむ浴衣姿の君が
中から現れた。

髪を上げて
紺の浴衣には鮮やかな朝顔。
ビーチサンダルからのぞく
ピンクの小さな爪まで綺麗だった。

別れのときの、じゃなくて
出会いのときの、方の公園に向かう。

夜の公園は空が広い。
星だって降るようだ。

公園に入るなり
君は駆け出して ブランコに乗る。

浴衣の裾も気にせず
こどもみたいに笑う。

その笑顔が
前に後に
遠く近く
揺れているのを眺めていたら

いつの間にか笑顔は消えて
君はまっすぐ
僕を見つめていた。

静かにブランコは止まって
君が立ち上がる。

ただいま。

僕が君だったら
謝ってなんか欲しくないから
ただそう言った。

近づいてくる君に
何か聞かれる前に。

君は駆け寄って
僕にしがみついて

お帰りなさい。

かすれた声。

うつむく君の
石鹸の匂いの白いうなじに
小さなホクロが二つ
織姫と彦星のように
離れて並んでいる。

七夕の夜。
必然的な再会。

短冊には書けなかった
我儘な願いをこめて
その小さな黒い星に
僕たちの影を重ね

そっと
あたたかい
唇をおしつける。

いとおしくて。


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