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読んだ本の感想を書いています。 本を読むことが好きだが、特に、例えば公園の木陰のベンチ…

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読んだ本の感想を書いています。 本を読むことが好きだが、特に、例えば公園の木陰のベンチでの読書は格別に気持ちよく感じます。

記事一覧

「スイート・マイホーム」神津凛子

 本書は、第13回小説現代長編新人賞受賞作。ジャンルはホラー小説というのかミステリーというのか。いずれにせよ、あまりこのジャンルは読まないのだが、2023年に映画化さ…

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8か月前

「ひなた」吉田修一

 前回に続き、吉田修一の少し古い作品を取り上げる。本書は2003年から2004年にかけて「JJ」に連載されたものだ。全16回の連載という枠があらかじめ決まっていたとのこと…

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9か月前
2

「静かな爆弾」吉田修一

 今回は、吉田修一の少し古い作品を取り上げる。本書は2008年の発行で、2006年に中央公論に連載されたものをまとめたものである。  主人公は、30をちょっと過ぎたあたり…

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9か月前
1

「金閣寺の燃やし方」酒井順子

 著者・酒井順子が本書を書いたのは、三島由紀夫「金閣寺」と水上勉「五番町夕霧楼」が金閣寺放火という同じ事件をモデルにしていたという事実を知ったのがきっかけとのこ…

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9か月前
4

「真珠とダイヤモンド」桐野夏生

 本書は2021年から2022年に「サンデー毎日」に連載されたものである。ちょうどコロナ禍の時期であり、週刊誌連載であれば同時並行的にコロナを機に改めてあらわになる社会…

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10か月前
5

「キリエのうた」岩井俊二

 ルカはキリエ、マオリはイッコ。本書の二人の主人公は、いずれも二つの名前を持っている。  人はどんな時に二つ目の名前を持とうとするのだろうと考えた。  まず、過去…

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11か月前
4

「差別の教室」藤原章生

 「いじめや無視は差別である」  本書の冒頭部分にあるこの記述を見て、え、そうなの?と思った。さらに読み進めていくと、他にも著者の「差別」という言葉の使い方、意…

「楡家の人びと 第二・三部」北杜夫

 第一部では、院長・基一郎の死に私は不意を突かれ、そのあっけない終わり方がますます第二部以降の楡一家、楡病院の行方に対する私の関心を高めたのだった。  そのよう…

1

「楡家の人びと 第一部」北杜夫

 本書は著者・北杜夫の一家の物語をモデルにした、3部に渡る大作である。当初は全部を読み終えての感想を記そうと思っていたのだが、第一部だけでも非常に読み応えがあっ…

5

「コメンテーター」奥田英朗

 奥田英朗は面白い。  もちろん、奥田英朗「の小説」は面白い、という意味だが、トンデモ精神科医・伊良部シリーズ17年ぶり(!)の新作という本書を読んで、改めて感じ…

4

「門」夏目漱石

 「門」もやはり初めて読んだ時よりも、今回の方が面白かった。私は常に一読ではきちんと読み込むことができず、それはそれで面白かったとしても、二度三度と読むたびに面…

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「ただの人にならない『定年の壁』のこわしかた」田中靖浩

 現在、公認会計士として会計経営分野のコンサルティングをしている著者は、最初は外資系コンサルティング会社で働いていた。20代半ばで身体を壊して長期入院し、その後も…

2

「ゴリラ裁判の日」須藤古都離

 本書は2022年メフィスト賞(講談社)受賞作。といってもメフィスト賞の存在は知らず、タイトルに惹かれて読んでみた。  読む前は、ゴリラが受ける裁判という設定を通し…

4

「方舟」夕木春央

 本書は2023年本屋大賞にノミネートした作品である(残念ながら大賞は逃した)。著者はインタビューで、「ミステリー好きに向けて書いたものなので、本屋大賞という幅広い…

1

「起死回生東スポ餃子の奇跡」岡田五知信

 本書はスポーツ新聞の「東スポ」が餃子の開発・販売を始めるに至った経緯とその取り組みを、中心人物へのインタビューを交えて紹介したものだ。  2021年10月に、まずは…

2

「それから」夏目漱石

 「それから」を読むのも、もう三度目か四度目になる。今まで読んでいて気づかなかったというか、記憶に残っていなかったことがあり、改めて楽しく読めた。  代助の三千…

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「スイート・マイホーム」神津凛子

「スイート・マイホーム」神津凛子

 本書は、第13回小説現代長編新人賞受賞作。ジャンルはホラー小説というのかミステリーというのか。いずれにせよ、あまりこのジャンルは読まないのだが、2023年に映画化されたということで、手に取ってみた。
 長野に住む夫婦と乳児ひとりの三人家族が今はアパート暮らしだが、念願のマイホームを購入することになる。この新居を舞台に、奇妙な、悲惨な出来事が起きていく、というのが本書の概要である。
 著者のインタ

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「ひなた」吉田修一

「ひなた」吉田修一

 前回に続き、吉田修一の少し古い作品を取り上げる。本書は2003年から2004年にかけて「JJ」に連載されたものだ。全16回の連載という枠があらかじめ決まっていたとのことで、春・夏・秋・冬という4章の中に4人の登場人物の話がそれぞれ展開されるという構成になっている。ちなみに連載時は「キャラメル・ポップコーン」というタイトルだったそうだ。これは第一話の中のワンシーンから取ったと思われるが、確かに改題

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「静かな爆弾」吉田修一

「静かな爆弾」吉田修一

 今回は、吉田修一の少し古い作品を取り上げる。本書は2008年の発行で、2006年に中央公論に連載されたものをまとめたものである。
 主人公は、30をちょっと過ぎたあたりの「俺」。仕事はドキュメンタリーの制作をしていたが、バラエティ担当に異動になり、そのことを不本意に思っているらしい。そして、今もドキュメンタリー制作に関わり続けている。社内的には「兼業」ということになっているようだが、ある種“放置

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「金閣寺の燃やし方」酒井順子

「金閣寺の燃やし方」酒井順子

 著者・酒井順子が本書を書いたのは、三島由紀夫「金閣寺」と水上勉「五番町夕霧楼」が金閣寺放火という同じ事件をモデルにしていたという事実を知ったのがきっかけとのこと。酒井順子にとってこれは「驚愕の」事実であったらしい。こうして、全く個性の異なる二人の作家は、金閣寺を通じて、酒井順子の中でつながることとなった。
 私はというと、水上勉のことはほとんど知らず、「五番町夕霧楼」という名は――酒井順子と同様

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「真珠とダイヤモンド」桐野夏生

「真珠とダイヤモンド」桐野夏生

 本書は2021年から2022年に「サンデー毎日」に連載されたものである。ちょうどコロナ禍の時期であり、週刊誌連載であれば同時並行的にコロナを機に改めてあらわになる社会の不可思議なものを浮き彫りにする小説を書くこともできたであろうが、本書は30年ちょっと前の、いわゆるバブル経済のピーク前後が舞台となっている。
 主人公は1986年に証券会社に入社した同期二人の女性だ。同期といっても、一人は高卒、も

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「キリエのうた」岩井俊二

「キリエのうた」岩井俊二

 ルカはキリエ、マオリはイッコ。本書の二人の主人公は、いずれも二つの名前を持っている。
 人はどんな時に二つ目の名前を持とうとするのだろうと考えた。
 まず、過去を忘れたい時、それまでの人生をリセットしたい時に、新たな名前で再出発するということがある。この場合、前の名前に付随した人生の記憶を無かったものにしたいという気持ちが強い。
 別のパターンとしては、もうひとつの「今」を生きるための名前として

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「差別の教室」藤原章生

「差別の教室」藤原章生

 「いじめや無視は差別である」
 本書の冒頭部分にあるこの記述を見て、え、そうなの?と思った。さらに読み進めていくと、他にも著者の「差別」という言葉の使い方、意味の持たせ方になんとなく違和感を覚える箇所が、何度か出てきた。「差別」ということに対する自分の理解が他の人と(著者と)意外と異なっていることに気づいた。
 著者は自分の体験を紹介して「これは差別だった」「自分は明らかに〇〇を差別していた」な

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「楡家の人びと 第二・三部」北杜夫

「楡家の人びと 第二・三部」北杜夫

 第一部では、院長・基一郎の死に私は不意を突かれ、そのあっけない終わり方がますます第二部以降の楡一家、楡病院の行方に対する私の関心を高めたのだった。
 そのような期待を持って第二部を読み進めた。予想としては基一郎に代わって徹吉が院長となり、あるいはそこに龍子も存在感をさらに増して、新たな楡病院の物語が語られていくというものだった。しかし、そうではなかった。つまり、本書は病院の物語というものではなく

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「楡家の人びと 第一部」北杜夫

「楡家の人びと 第一部」北杜夫

 本書は著者・北杜夫の一家の物語をモデルにした、3部に渡る大作である。当初は全部を読み終えての感想を記そうと思っていたのだが、第一部だけでも非常に読み応えがあったので、第一部単独で書くことにした。
 舞台は東京・青山の病院で、実際に著者の祖父が明治末に開業したものである。関東大震災で大きな被害に遭い、さらには翌年、火事で全焼してしまったというが、この事実は小説においても踏襲されており、その後、本書

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「コメンテーター」奥田英朗

「コメンテーター」奥田英朗

 奥田英朗は面白い。
 もちろん、奥田英朗「の小説」は面白い、という意味だが、トンデモ精神科医・伊良部シリーズ17年ぶり(!)の新作という本書を読んで、改めて感じたことだ。
 本書は表題作の他4編、計5編の短編で構成されており、ひとつは2007年、あとの4編は2021年~2022年の間にすべて「オール讀物」に掲載された作品である。
 奥田作品にはこの伊良部シリーズの他にも短編があり、それらはいずれ

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「門」夏目漱石

「門」夏目漱石

 「門」もやはり初めて読んだ時よりも、今回の方が面白かった。私は常に一読ではきちんと読み込むことができず、それはそれで面白かったとしても、二度三度と読むたびに面白さが積み重なっていくことが多い。
 夏目漱石の登場人物というと「高等遊民」が印象的だが、「門」の主人公・宗助は役所勤めである。この宗助が職業だけではなく、普通の、庶民的というか非凡さは感じられない気質を有している点が、私にとってはとても共

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「ただの人にならない『定年の壁』のこわしかた」田中靖浩

「ただの人にならない『定年の壁』のこわしかた」田中靖浩

 現在、公認会計士として会計経営分野のコンサルティングをしている著者は、最初は外資系コンサルティング会社で働いていた。20代半ばで身体を壊して長期入院し、その後も何度も入退院を繰り返してしまうようになり、会社を辞めることになったとのこと。独立後しばらくは事務所を大きくしようと試みたが、人を雇う重圧に耐えきれなかったため、「雇われない」だけでなく「雇わない」ということも選択したという点は一般人――私

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「ゴリラ裁判の日」須藤古都離

「ゴリラ裁判の日」須藤古都離

 本書は2022年メフィスト賞(講談社)受賞作。といってもメフィスト賞の存在は知らず、タイトルに惹かれて読んでみた。
 読む前は、ゴリラが受ける裁判という設定を通して、日頃私たちが持っている固定観念、偏見といったものをあぶり出していくのだろうと思い、その理屈のやり取りが裁判所の中で激しく展開されていく、いわゆる法廷ものの小説だと思っていた。
 展開に関して、その予想は外れた。本書の各章にはタイトル

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「方舟」夕木春央

「方舟」夕木春央

 本書は2023年本屋大賞にノミネートした作品である(残念ながら大賞は逃した)。著者はインタビューで、「ミステリー好きに向けて書いたものなので、本屋大賞という幅広い読者に読んでもらえる賞にノミネートされたのは望外の喜び」と語っている。(好書好日 2023.04.12 https://book.asahi.com/article/14876905
 もちろんミステリー好きからも、「2022年週刊文

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「起死回生東スポ餃子の奇跡」岡田五知信

「起死回生東スポ餃子の奇跡」岡田五知信

 本書はスポーツ新聞の「東スポ」が餃子の開発・販売を始めるに至った経緯とその取り組みを、中心人物へのインタビューを交えて紹介したものだ。
 2021年10月に、まずは業務用として販売を開始し、このユニークな――というか、なぜ?と誰もが言ってしまいそうな――取り組みをテレビやその他メディアが取り上げ話題になったという。しかし、私は全く知らなかった。もしや早々に撤退しているのではと思い、ネットを見てみ

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「それから」夏目漱石

「それから」夏目漱石

 「それから」を読むのも、もう三度目か四度目になる。今まで読んでいて気づかなかったというか、記憶に残っていなかったことがあり、改めて楽しく読めた。
 代助の三千代への愛情がここまではっきりと書かれていたことは、新鮮だった。三千代に告白して、すっきりとしている状況にある代助は、次に家族に伝えなければいけない、そして平岡にも、とある。どうしてこの順番なのか? 家族よりも平岡に伝えるのが先ではないのか?

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