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「楡家の人びと 第一部」北杜夫

 本書は著者・北杜夫の一家の物語をモデルにした、3部に渡る大作である。当初は全部を読み終えての感想を記そうと思っていたのだが、第一部だけでも非常に読み応えがあったので、第一部単独で書くことにした。
 舞台は東京・青山の病院で、実際に著者の祖父が明治末に開業したものである。関東大震災で大きな被害に遭い、さらには翌年、火事で全焼してしまったというが、この事実は小説においても踏襲されており、その後、本書の主人公である院長の楡基一郎――前述の祖父がモデルである――が病院再建に向けて動き出し、大正から昭和に時代が移る、というところで第一部は終わる。
 残りページが少なくなってきた段階で、次の第二部も楽しみだという思いを持ちながら、明らかに私は平和的に、油断して読み進めていた。そして、想定していなかった事態を突然目にして、驚きとため息を合わせ持って第一部を読み終えたのだった。
 本書は雑誌「新潮」に1962年1月 - 12月にかけて第一部が連載された。その後、第二部が連載を再開したのが1963年9月とのことで(wikipediaより)、当時の読者も続きが気になり、この数か月間が待ち遠しかったのでは、と想像する。
 第一部では、院長・楡基一郎、妻のひさ、長女・龍子、次女・聖子、三女・桃子、龍子の夫・徹吉、院代・勝俣、その他数多くの人物が登場するが、それぞれの描写が皆巧みであり、即座に各キャラクターを頭の中に思い描くことができた。雑念にとらわれることなく楡家のドラマに気持ちが入っていった。
 中でも、院長・基一郎のキャラクターは秀逸に感じた。精神科医である基一郎の、その診察手腕はユニークであり、時として「どうも首を傾けざるを得ない」ように映る。しかし結果としては「まっとうな診察、正当な理論的な説明よりも、ずっと患者たちはこのカイゼル髭を生やした小男の医者を信用し、また癒りも早いのである」。この他にも、病院の内外装に対する大胆なというか、一種異様なセンスの発揮ぶりなどからも、奥田英朗の小説の主人公「トンデモ精神科医・伊良部」を思い出してしまった。
 タイムズには「奇人ぞろいの病院経営者一家の運命をたどる現代の叙事詩」と紹介されたとのことで(朝日新聞より)、やはり個性の強い登場人物たちと、そこから生み出されるドラマの面白さが発表当時も注目されたことが伺える。
 第二部は、昭和の新たな時代の病院とそれを取り巻く人々の姿を、どのように描いていくのだろうか。とにかく楽しみである。人間臭い物語の今後に期待である。


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