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329.アナログって、人の心の言葉なんだね!

1. 嘘と誤魔化し、脅しの世界


 私たち日本人は争いごとが嫌いな平和主義者?なの、
かもしれないけれど、反面、脅しにはとても弱い人種だよね。

これも不思議ですね。

世の中を俯瞰的になって注意して見ると、私たちの周りは嘘と誤魔化しと脅しばかりが、横行していることがわかる気がする。

まず、テレビや新聞を見るとほとんどが、嘘と誤魔化しと脅かしだということを感じるようになった。(567報道のおかげ?)
小説や映画、ドラマなどは見ている人は、それらの姿は脚色されているためすべては真実だと思わないと思うけど、コマーシャルなどはすべて嘘と誤魔化しと脅しの世界(フィクション)だということがわかる。

洗濯剤や洗剤などのコマーシャルは新品同様の商品を取り扱い、きれいになったように見せかける。

食べ物は、美味しそうな演出(少しでも不味そうなら放送はできない)し、化粧品やファッションなどは、美しいモデルさんか、親しみやすい俳優さんを選ぶ。(テレビで紹介される他へ物は全部美味しい?不味いといえない!)

健康食品なども同じだね、元気で人気のあるスポーツ選手を起用する。
まさにすべてが演出だとわかるはずなんだけど、日々、同じ場面を見続けていると、演出のはずなんだけど信じ込んでしまう。

カメラワークもプロの専門家が撮影し、その商品の魅力を引き出す。
女優さんの写真などは、さらに現物(本人)とは随分とかけ離れるくらい美しく撮影する。(あ~自分も美しくなれる?)

そう、すべては計算され尽くしているからね。

本来であれば、実際の商品よりあまりにも違いのあるものは「不正表示」となる。
また、「必ず痩せる」などと表示しているダイエット食品なども「人を欺き誤解させる」という〈軽犯罪法〉や〈不正防止保護法〉違反となるわけなのだから、詐欺に近い行為といえるかもしれないね。

また同時に〈不当表示〉(実際よりも優れているという表示)なども横行している。(知的財産権等の説明特集でないのでここまでで省きます)

企業はより商品を買わせたいために、ありとあらゆる様々な手法を用いてマインドコントロール(洗脳支配)をしているのがわかる。(特にネット広告は規制が不十分なためトラブルは続出だね)
 
こうなると人は誰でも劣等感や否定感、罪悪感、判断力さえ失ってしまう怖れが出てくる。

でも、どうして?

劣等感や否定感、罪悪感って、〈自信の不足〉〈知識の不足〉によって〈恐怖心〉にまで発展するものだからね。
つまり、知らないということで、恐がる必要がないことでも怖がってしまそう。すると、支配する側からみればコントロールしやすくなるんだ。

そう、人間って、恐怖心を与えられると自動的に従ってしまう習性があるらしい。

©NPО japan copyright association Hiroaki

2.  日常茶飯事の洗脳支配

私たちは、嫌だと思っていても何かしらに、誰かしらにコントロールされていることを認めなければならないかもね。

まさに567などは、その悪い実験例のような気がする。その恐怖心の煽りによって、マスコミやメデイアに洗脳支配されているんだもの。

以前も話した通り、日本では年間約120万人が亡くなり、月当たり約10万人の方々がこの世を去っているのに、567は、わずか数万人の死者数で日本中の機能が止まり、私たちの自由が奪われた。
本来であれば暴動が起きてもおかしくはないと思うのだけど、国や都の指示におとなしく従う。(そうでない人も大勢いるけれどね)

マスコミやメデイアが束になり一斉にこの567を報道する。
私たちは毎日毎日、感染者数と死者数をまるで天気予報のように聞き続けていく。
今日は雨、明日は強風、暴風、花粉や黄砂、そして水分補給、熱中症と、これでもか、これでもかと放送を垂れ流し続ける。
確かに必要な情報かもしれないけれど、最終的には、一体誰が得するの?

それは新聞や雑誌の購読者数だったり、視聴者数、つまり視聴率は安心を与えるよりも、不安や恐怖を与える方が圧倒的に増えるんだものね。

テレビコマーシャルのほとんどは自社の利益というように形は違うけど、結果はお金儲けの手段であることは間違いはないよね。誰かが苦しめば、誰かが儲かるこの世界。

私たちはこのように精神を振り回され続ける運命なの?
 
このようなことは、当たり前のことで、私たちの身の回りに常に起きている日常茶飯事なものだという評論家もいた。
 
例えば、わかりやすく言うと、
親の言うことを聞かない子どもに対して、
お母さんは「いうことを聞かないとあとで困るわよ!」「そんなことしていると罰が当たるよ!」「身体を壊すよ!」と恐怖心や不安を与えて言うことを聞かそうとする。
学校の先生でさえ「遊んでいたら希望としている学校には入れないぞ!」「今のままでは大学に入れない」と脅かす。

このように、何かしらの不安や恐怖心を与えて、
自分の思う通りに支配しようとしている。(良い場合は否定できないけど)

 
「マニピュレーター(潜在的攻撃性パーソナリティ)」という言葉がある。(アメリカの心理学者ジョージ・サイモンが考えた言葉)

これは、一見、優しそうな言葉に聞こえるけれど、
本性は「自分の望みを果たすために、攻撃意図を隠しながら相手を操って支配していく」人のことをいうのだという。

これは、相手の心を、
ずる賢く支配(厄介者)しようとする者たちのことだそう。

このような人物は、仕事場やクライアント、友人関係などの身近にもいるよね。むずかしいのは、うわべが優しいためなかなか見抜けないのが特徴かも。
彼らは、時には優しく、時には理不尽な態度を示し、相手を混乱させながら、マニピュレーターは心を意のままに操っていくのだそうだ。
 
まさに、テレビのコメンテータなどは、イケメンや女優さんを起用して、視聴者を混乱させる役目を果たしている。

また、私たちの身近な医師や専門家などにも多く、
「この薬を飲まないと後で大変なことになる」
「治療を続けないと死ぬかもしれない」
「信用できなければ他の病院に行ったら」などと脅かしながら、
私たちを専門的な言葉で威嚇しコントロールする。

coucouさんからいわせれば、別に否定しているわけではないけれど、そんなに脅かさなくとも優しく話してくれてもいいのに、と感じるのだけど、危機感迫る酷い言い方をする医師が多い。
 
さらに身近で、
「あの人があなたの悪口や批判をしてたよ!」
「あなた、評判が悪いね」
「あなたのことを良く思っていないみたい!」
、と親切心なのかわざわざ忠告してくれる人がいる。
すると、誰でもその言葉が気になりはじめ不安に陥ってしまう。
 
「あなたはお祈りが足りないのよ!」
「信じないと罰が当たるよ!」
「ほら、私の言ったとおりでしょ!」
「あのときに言うことを聞かなかったからよ!」
「私のいう通りなら問題は起らなかったのに…」
、このような人に否定する助言や宗教などは「自分の思う通りに相手を動かしたい」という利益のためのマニピュレーターといえるかもしれないね。


©NPО japan copyright association Hiroaki

3.  身近なマインドコントロール


マインドコントロールって、「他人を思いのままに操ること」英語の「mind control」に由来している言葉で、直訳すれば「心の制御」というらしい。

マインドコントロールとは、一般的には「洗脳」と認識されているようだね。すなわち、言葉や態度、行動によって他人から心を操られている状態のこと。
もちろん、そのすべてが悪い言葉ではないけれど、誰かが目的の達成のため、他人を動かそうとするのは当然の行為のこととされている。
でもね、マインドコントロールって言葉は、ネガティブなニュアンスが含まれていることがわかる。

その理由は、あくまでも自分の利益のため、他人を思いのままにしていることを指すからだ。
そして、マインドコントロールは加害者側、被害者側に自覚がないケースすらありえる。そして、その問題の根が深く、解決にまで時間がかかる場合がある。このために生涯、目覚めない場合もあるし、あるとき突然気が付くこともある。

さらに身近な例で言えば、親が子に言うことを無理やり聞かせようとするのも一種のマインドコントロールだね。
好きな人が自分から離れられないよう、嘘をついて束縛するのもマインドコントルールとなる。

「宗教」や「ブラック企業」の中にも、マインドコントロールにあてはまるところはたくさんある。
第三者から見て、「もう辞めるべきだ」と思えるような過酷な状況でもなかなか退職者が出ないのは、従業員の心が経営者に支配されている場合もある。

このようにマインドコントロールというのは他人事ではなく特別な世界でもない。だけど、いつまでもそのままというわけにはいかないと思う。
それに振り回されない方法は、「正しい知識」と「疑い」「警戒」する覚悟が必要になるんだ。

覚悟がないと疑えない。

マインドコントロールの一番コントロールしやすい状態とは、
「恐怖や感情」「罪悪感」をコントロールし、洗脳しようとする手法。
支配者は、その人が抱えているネガティブな感情を見抜いて刺激するようにする、怖いね。


多くの人は、「自分だけは洗脳などされるわけがない」と思っているけれど、実際は、約1億3000万人の人々は567に怯えてた。わずかな死者数なのに、肝心な年間1,384,544人の死者数が目に入りらなくなった。

つまり、正しい知識や正しい情報(自らが疑い調査する)が足りないからね。
このように、マインドコントロールの被害に遭った人には、同じような思いとなり、注意しているのに心を支配されてしまうのは、巧妙な支配者(マス・メデイアのコントロール)ほど思考の仕組みに精通しているといえる気がする。

実際は嫌われる場合が多いのだけれど、
「あのときにあれだけ面倒をみたのに」
「あれだけ尽くしたのに」
「あんなにしてあげたのに」などというのも、恩を着せながら相手を思う通りにしたいと思わず出てしまう発言のひとつだと思う。

私たちは誰でも簡単に洗脳されて生きているのだけれど、正しい思い込み、真実ならば救われるのだけど、嘘やまやかしでは人は救われないように思う。

逆に、それさえも気づかせない、洗脳にしてくれれば良いのだけどね。


©NPО japan copyright association Hiroaki


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coucouさんです。みなさん、ごきげんよう!

最近のcoucouさんはね、テレビと新聞を見なくなった。
ちょっとしたニュースならばスマホで知りたいことだけを知ればいいし、さらに知りたければ、ネットで知りたい情報だけ調べればいい。

その代わりがみんなのnote記事を見るようになり、最近になってやっとコメントを出せるようになった。(コメントが怖いという洗脳が少し取れた?)

それはね、スキだけでは収まらなくなってきたんだ。

その反面、好きな本を読む時間と本を書く時間が無くなった。

そう、何かを得れば、何かを失って当たり前だね。
与えられている時間って同じなんだもの。

でも、目や手が塞がれても、耳がある。
note記事などを書いている時は音楽や、ラジオを聞くようになった。
考えてみると、ラジオは高校生のときのオールナイトニッポン以来かもね。

でも、久々のラジオもいい。
目と手は塞がれていても、得意のながらができる。

その中で聞こえる言葉の数々の中にも素敵な言葉が埋もれている。
瞬間に耳にする言葉なのだけれど、心に響く言葉もある。

これって、noteの世界も同じだね。
文の全体よりも、わずか一文につい、反応(共感)してしまう。
(ラジオもnote記事もアナログだね、だって「人の心の言葉」だもの)

例えば、本も同じ。
長い小説でもわずか数行、数十行の中の言葉に涙が出るときもあるし、
学ぶこともある。

街に出て、商業施設に貼られているポスターの言葉に心を動かされたり、観光地の美しい景色を見たら行きたくなるような懐かしさなども感じてしまう。

お年寄りをみると、coucouさんの父や母に見えたり、若いお父さんが、幼い女の子を嬉しそうに抱きかかえている姿を見たら、自然と涙が出てしまったり、テレビなどの映像の世界、選ぶことのできない情報の世界から離れてみるだけでこんなにも景色が変わってしまうことに驚く。

それだけ今まで、いかにcoucouさんがテレビっ子だったか、コントロールしやすい人だったんだよ。


そう、coucouさんを幸せに洗脳してほしい…。



本日も、みんな、
幸せな一日でありますように~
ありがとう~



※coucouさん電子書籍〈~人生を奇跡を呼ぶ方法~「ONE」〉全4巻好評発売中!note記事には書ききれない物語満載。お時間がありましたらお読みくださいね。下記↓YRLで目次内容等を見てください。

人生を楽しく明るく!幸せになるための物語。
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