マガジンのカバー画像

「ファミリア」全23話

23
ケイト・クーパーは左頬に火傷痕のある十二歳の少女だ。母のジェシカ、飼い犬のチク・タクと共にフィラデルフィアのアパートで暮らしている。ある日見かけた車の衝突事故で、お気に入りのスト…
運営しているクリエイター

#死の使い

「ファミリア」第一話

「ファミリア」第一話

プロローグ 澄み切った十月の青空の下、わたしたちはサウスフィラデルフィアにあるとある教会の墓地に立っている。

 墓石に彫られた名前はジェシカ・クーパー。
 大好きなお母さんの名前だ。

 教会の鐘の音が晴れやかに響くと、それに驚いた鳥たちが一斉に青空の中へと飛び立っていく。
「ワン! ワン!」
 威嚇めいた鳴き声を上げて一匹の小さな犬が飛び出すと、わたしの隣で車椅子に座るマギーおばさんが笑いなが

もっとみる
「ファミリア」第二話

「ファミリア」第二話

第一部Cate Cooper

(1)

 けたたましい音でアナログな目覚まし時計が朝を知らせると、まず驚いてベッドから飛び起きるのは、わたしの弟分で小型の雑種犬「チク・タク」
 普段、滅多に吠えることのない彼が、唯一小さな牙を剥き出して吠えるのは、この同じくチク・タク鳴る彼のジリリリいう激しいアラームに対してだけだった。
 チク・タクなんてすごくおかしな名前だけど、由来は別に、彼が時計のアラーム

もっとみる
「ファミリア」第九話

「ファミリア」第九話

Cate Cooper(8)

 やがて、白衣を着た先生と看護師が部屋を出ていくと同時に、一つのことを悟った。あのおばあさんは死んでしまったんだということを。
 しばらくお母さんの手を握ったまま、わたしはジムが仕事を終えるのを待っていたけど、一向に戻ってくる気配はなかった。
 心配になって、光が漏れるカーテンの側まで行ってみたけど、カーテンの中には、亡くなったおばあさんと、おばあさんの手を握って何

もっとみる
「ファミリア」第十話

「ファミリア」第十話

Cate Cooper(9)

 どれくらいおばさんに寄り添っていただろう。気づけば病院の中は随分と落ち着きを取り戻していた。
「そう言えば、レイナーさんはどこへ行ったのかしらね?」
「写真の町の情報を集めているのよ。町の名前はアーモット」
 おばさんは驚いて目を丸くした。
「なぜ、あなたが町の名前を知っているの? 誰に、その町の名前を聞いたの?」
 わたしはマギーおばさんの向かいの椅子に座り直す

もっとみる
「ファミリア」第十一話

「ファミリア」第十一話

Cate Cooper

(10)

 エレベーターで地下駐車場まで降りると、既に車を手配したレイナーさんがホールの出口付近で待ち構えていた。
「さぁ、車に乗って、あなたのアパートまで案内してちょうだい」
 レイナーさんは頻りに腕時計を気にしている。さっきまで手元にずっと抱えていたバインダーはなかった。
 彼女に促されるまま、黙って助手席に乗り込む。車は地下駐車場を出ると、サウスブロード通りを北に

もっとみる
「ファミリア」第十二話

「ファミリア」第十二話

Cate Cooper
(11)

 死後の世界ってのはどんなだろう? せっかく死神なんて人が傍にいたんだからちゃんと聞いておけば良かった。そんなことを考えてるうちに、わたしの意識は遠退いていった。
 なんだか、とても短い夢を見ているような感覚だ。
 満天に輝く星空と、このフィラデルフィアの天の川の間をフワフワと潜り抜けて、わたしはいつの間にかジムに抱えられてお母さんのいるICUに連れて来られてい

もっとみる
「ファミリア」第十三話

「ファミリア」第十三話

第二部Jim
(1)

 このフィラデルフィアと呼ばれる街が、激しい大雨に見舞われた日のことだった。凄まじい落雷や雨風の中を、一台の車が街の北を目指していた。
 車を走らせるのは、この街で絵描きとして仕事をする男。
 私は、彼が描くユニークな動物の絵がとても好きだった。実際の動物と比較すれば、それらはすべてひどくデフォルメされているのだが、なぜか皆生き生きとした表情をしている。
 中でも特に気に入

もっとみる
「ファミリア」第十四話

「ファミリア」第十四話

Jim
(2)

 ヴァレリー・クーパーの魂が肉体から離れたのは、その翌日の午前中のことだった。扉を殴りつけるような音が部屋の中に響くと、彼女は慌てて椅子から転げ落ちた。
「ジェシカ‼ いるんだろ⁉ 出て来いよ!」
 扉の向こうでは、男が叫びながら扉を殴りつけている。
「ジェシカ! 昨日は悪かったよ! 仕事が上手く行かずにムシャクシャしてたんだ! なぁ⁉ 外に出て来て俺と話をしてくれ‼」
 どうや

もっとみる
「ファミリア」第十五話

「ファミリア」第十五話

Jim
(3)

 アニーから受け取ったリストの名前はロベルト・ハモンド。スプリングガーデンと呼ばれるエリアに住んでいる三歳になったばかりの男児の名前だった。
 彼には健康的な両親と六歳離れた姉がいる。たった三年という短い期間で死を迎えるということは、病気が原因か、それとも不慮の事故によるものか?
 どちらにしろ、彼の寿命が残り僅かなのは間違いない。
 私は、彼等の住まいの中に入り、ロベルトの側で

もっとみる
「ファミリア」第十六話

「ファミリア」第十六話

Jim
(4)

 それは私が気に入っていた絵描きの、その中でも私が最も好きだったフラミンゴのイラストだった。――それに気づいたとき、私は彼女に言い知れぬ親近感を覚え、自分に課せられた掟のことなどすっかり忘れ去った。絵描きについて彼女が知っていることをすべて聞きたいと思わず口をついた。
「その絵描きのことで何か知ってることがあるなら、私に教えてくれないか?」
 彼女は目を丸くし、ひどく戸惑う様子を

もっとみる
「ファミリア」第十七話

「ファミリア」第十七話

Jim
(5)

 ロベルトと父親が色鮮やかなテントの露店に並び始めたとき、私は一つの事柄に気が付いた。それは、私と同じ同僚たちの存在だった。
 皆、それぞれターゲットから少し距離を置いていたが、見る限り、このテントに向かって、少なくとも三人の同僚の存在を私は確認していた。
 こういった場合に想定できるのは、このテントをきっかけに起こる突発的な大きな事故か、もしくはこのテントに向かって起こる突発的

もっとみる
「ファミリア」第十八話

「ファミリア」第十八話

Jim
(6)

「ロベルト!!」
 すっかり変わり果てた息子をきつくその腕に抱きしめる父親の姿を私は直視することができず、目を背けたままその場に立っていた。
 ルカの魂を冥界に送ったアニーが戻ってくると、「ジム! まだ此処にいたの?」とすっかり呆れた様子で言った。
「すまない、彼をなかなか説得できなくて……」
「ジム。説得など無用よ。一体どうしたと言うの? あなたらしくもない」
 アニーの反応は

もっとみる
「ファミリア」第十九話

「ファミリア」第十九話

Jim
(7)

 ジョーは、命の尽きた妻に向かって愛を告げ続ける。
「なあ? 君たちにとって、『愛』とは一体何だ?」
 横に立つサマンサに私が訊ねると、彼女は「人間みたいなことを考えるのね」と笑いながら答えた。
「愛って、それ以上先がなく、そして、最果てもない。そんな絶対的なものだとわたしは思うわ。神のようにね」
 そして、ジョーの背中側へ進み出ると、彼を包み込むような仕草をして言った。
「ジョ

もっとみる
「ファミリア」第二十話

「ファミリア」第二十話

Jim
(8)

「いや、肉体の死は決定事項だ。たとえ彼女がドニーから逃げおおせても、また別の事柄で、彼女は命を失っただろう」
 私は彼女の質問に答え、そして彼女の返答を待つ。
 彼女は本当に優しい人間だ。今、この瞬間もケイトの頭の中では様々な憶測が飛び交い、私の問いに答えるべく最も相応しい答えを探しているのだろう。
 そう考えると、私は彼女の優しさに言葉では言い表せない胸の熱さを感じていた。

もっとみる