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【短編】『ポルターダイスト』(完結編)

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ポルターダイスト(完結編)


 僕はポルターダイスト現象の発生する理屈を知ったのはいいものの、アカネさんとそれを見ることができないことにどうも気落ちせざるをえなかった。当日までもう1週間を切っていた。オカルト研究同好会と書かれた部屋を通り過ぎた時に、ふと彼女と初めて会った時のことを思い出した。彼女は他の不良の男たちの横で床に寝そべり、いかにも不良っぽい人だと思った。久々に誰もいない空間で思い出に浸りたいと思いドアを開けると、そこには不良の男が一人窓に寄りかかって紙の筒から煙をふかしていた。

「おい、なに勝手に開けてんだ!バレんだろ!」

僕は、なぜかドアを閉めると同時に部屋の中へと入ってしまった。

「なんか用か?」

「あ、いや」

「そういやおまえこの前ここでこそこそなんかやってたろ?」

「あ、すみません。研究を少しやっていて」

「あ、あのポルターガイストってやつか?」

「は、はい」

「おまえ、暇だろ?もう少し聞かせろよその話」

この不良男は前にも僕の研究について詳しく聞きたがったのを思い出した。断ることもできず彼に僕の発見譚を話した。

「お前やっぱり普通じゃねえな」

「そんなことないです」

「俺らみたいなヤンキーはよ、世の中がつまらなくてしょうがねえんだ。だからお前みたいになんかに没頭できる奴が羨ましいぜ。まあかといって手伝ってやろうとは思わねえけどな」

不良男の口からそのような言葉が出てくるのが意外だった。僕はこの男のことを何も知らないんだと思った。

「何かに興味を持てるってのは大事なことだと思うぜ。俺はそれが見つからなかったからこうして休み時間にタバコ吸ってるけどよ」

と男は軽く笑った。すると僕の方をむいて言葉を切った。

「お前はなんで研究なんかやるんだ?」

「え、いや、興味があるからですかね」

「そうか。その気持ち、大事にしろよな。俺みたいになったらおしまいだぜ」

一瞬、ただの不良が何を偉そうなことを言っているんだと腹が立ったが、同時に自分にもどこか思い当たる節があるように感じられた。しかしすぐにそれは自分のことではないとわかった。アカネさんだった。アカネさんは僕の研究に興味を持って協力までしてくれた。それはただの親切心からだったか、もしく好奇心からだったのか、彼女ははっきりとは言わなかったが、僕は彼女の持つ才能と研究に対する熱意を信じていた。不良の言葉を聞いて僕は初めて彼女の立場になって考えることができた。そもそもその好奇心を捨てたことが不良のせいだと思っていたが、どうやら何か違う理由があるように思えた。彼女の過去を僕は何も知らない。どういう経緯であの不良グループとつるみ始めたのかも知らない。けれど僕と一緒にいた彼女は少なくとも彼女の一部で、偽りではないことは知っていた。僕は、もう一度彼女に話そうと思った。僕は男に一言声をかけてすぐに教室へと向かった。

 教室には昼休みのせいかアカネさんと他数人しかいなかった。僕はアカネさんの隣まで来て他の生徒に聞こえても構わないという覚悟で声をかけた。

「この前はあんなこと言ってごめん。君のこと何も考えてなかった」

彼女は今まで通り僕に対して沈黙を貫いていた。

「お願いがあるんだ。21日の明け方、静岡の沼津でポルターダイスト現象が起こる。僕は君と一緒にそれを見たい。品川駅から5時すぎの東海道線に乗るつもりだ。朝5時に品川駅の時計台の前で君を待ってる。きっと来てくれることを願ってる」

僕は最後まで話終えると徐々に恥ずかしさがこみ上げてきて彼女の返答を待たずにそのまま教室を立ち去った。

 21日当日、僕は早朝から品川駅に向かった。彼女が来てくれるかどうか不安を抱きながら時計台の前で待った。しかし8時を過ぎても一向にアカネさんは現れなかった。僕は彼女のことを諦めて急いで東海道線へと乗り込んだ。車内には朝早いせいか人気が少なかった。電車に乗り込むと、ゆっくりとホームが遠ざかっていくとともに僕は眠気に襲われた。気づくとすでに小田原を通り越していた。僕は一人真っ暗な太平洋に映る自分の姿とすぐ隣にいる女性の姿をぼんやりと眺めながら電車に揺られた。途端に彼女が僕の隣に座っていることに気が付き目が覚めた。

「アカネさん!乗ってたんだ」

彼女は僕の方に視線を向けることはなく、あくまで停戦状態とでもいうようにただ僕の話だけを聞いていた。

「いいんだ何も話さなくて。君が来てくれただけで嬉しいんだ」

僕たちは無言のまま沼津へと向かった。駅に着くとすでにあたりは明るくなっていた。空には月と太陽が今すぐにも重なろうとしていた。

「アカネさん、実は言わなきゃいけないことがあるんだ。ここまで呼んでおいて申し訳ないんだけど、無重力の場所をまだ特定できてないんだ。でも日食の日のちょうど月と太陽に面している中心部ってことだけはわかったんだ。仕組みを説明すると長くなるんだけど」

すると彼女は少し顎を低くして床を見つめた。

「とりあえず、港まで行ってみよう」

僕たちは無言で空を眺めながら港まで歩いた。

 とうとう日食は始まってしまった。場所を特定することに悔しさを覚えたが、誰もいない防波堤に二人で座って日食を見ているこの時間が何よりも大切なものに思えた。

「アカネさん、あの時、不良に洗脳されてるなんて言ってごめん」

彼女はしばらく黙り込んでいると日食を眺めながら小さく答えた。

「いいの、ほんとのことだから」

僕は、彼女が口を聞いてくれたことに驚いた。と同時にこのままなんとか会話を続けたいと思った。

「いや、君は彼らのことを大事に思ってるんだ。それはいいことだよ」

「ありがとう、でも私もリョウくんにちゃんと謝らなきゃ」

「どうして?」

「ずっと無視しちゃってごめん。私、自信が持てなくて。リョウくんていい人だから、一緒にいるとなんだか自分がどんどん洗われていってしまって、最後にはなにも残らないんじゃないかって」

「そんなことないよ。君は出会った時からずっと外見も中身もきれいだ」

彼女の横顔は赤く染まっていた。それが日食のせいなのか照れているせいなのかは見分けがつかなかった。

「ほんとは、研究なんてどうだって良かったんだ。僕はただ、君と一緒にいるのが楽しかったんだ」

彼女が再び黙り込んだのを横目で見ながら少し微笑ましく思った。しばらくの間、日食の美しさに二人で圧倒されていると、ふと彼女の方から僕に話しかけた。

「私、実はリョウくんのこと好きなの」

それを耳にするや否や、僕は一瞬心臓が宙に浮いたのを感じた。


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